21 仲間探し3
†ネリエ†
決闘は二対二。
氏族内で連携しない虎には不利な条件だ。
今までどうしていたのか。
聞くと、マティガスはとんでもないことを言い出した。
――――手近に頼れる者がいないときは、一人で出向くのです。
二対二の決闘に一人で行く。
――――そりゃ勝てるわけがない。
ネリエは呆れた。
情報収集以前に虎は氏族として問題がある。
いくら個人主義と言っても限度が必要だ。
虎を片っ端から集めて説教したい気持ちになるが、ぐっと堪える。
今は直近の決闘が課題だ。
一対一だと思ってティグレを推薦したが、向こうが二人ならこちらも二人いなければならない。
マティガスは……、難しいだろう。
武官だがティグレと釣り合いが取れない。
足手まといになる確率が高い。
もう一人を手配して、可能な限りの準備を調える。
決闘の日はすぐにやってきた。
†
決闘当日。
ネリエは郊外に足を運んだ。
緩やかな丘陵にぽつんと立つ櫓がある。
遠見台と呼ばれ、戦国の頃に建てられたものだ。
今では使われておらず、雨ざらしにされ傾いていた。
周囲は見渡す限りの草原。
遠方に飛空要塞が見える。
決闘の相手は先に到着しており、櫓の柱に背を預けていた。
犬氏族の二人組。
年齢はかなり若い。
人間で言えば、二十代前半だろう。
いずれも背が高く、筋肉が自慢と言わんばかりの薄着だった。
「逃げたかと思ったぞ、マティガス」
犬は不躾な口調で言う。
対するマティガスも重々しく答えた。
「……武官が決闘を避けるわけがなかろう」
「口だけは達者だな。例のものは持ってきたのか?」
「ここにある」
マティガスは懐から茶器を取り出した。
高級な布に包まれ、香木の箱に納められていた。
「こっちはこれだ」
犬が取り出したのは銀貨だ。
遠目に見ても相当な金額とわかる。
あれと釣り合うとすると、茶器はかなりの一品なのだろう。
賭金に双方が合意したところで、犬がネリエを見た。
「それで、そっちの二人は誰だ? 泣きついて助っ人を出してもらったのか?」
犬がネリエを睨む。
口調が乱暴なままなのは、ネリエが翼を隠しているため皇族とわからないからだろう。
「助っ人じゃないわ。代理決闘者よ」
「代理?」
「マティガスの代わりにあたしとこのティグレで戦うわ」
「はぁ?」
犬たちは顔を見合わせて、
「わはははは! 虎ってのは小娘まで駆り出すのか?」
「落ちたものだ。これでは決闘になどならぬではないか!」
犬は散々に笑い転げる。
すでに勝ったつもりなのか、茶器の使い道を話していた。
仕舞いには掛け金を上乗せするからネリエを好きにする権利をよこせ、とも言い出した。
ネリエとしては、構わない。
笑いたい者が笑うのは自由だ。
無論、彼らが勝てるのであればの話だが。
不安になったのかマティガスがつぶやく。
「ほ、本当に大丈夫なんでしょうか……」
「安心しなさい。この決闘であたしが負けることはあり得ないわ」
犬の片方が耳ざとく言葉を拾う。
「どこの令嬢かは知らんが、凄まじい自信だな。よほど俺たちの強さを知らないらしい」
「あんたたちこそ、決闘の規則を知らないのかしら。霊術は使えないのよ?」
「無論だ。霊術は使用禁止。それ以外の武器で戦わねばならん。故に肉体の強さが勝敗に直結する。残念だが、そこの虎もお嬢ちゃんも、俺たちより力があるとは思えんね」
「ふぅん、じゃあ、そうなんじゃない? あんたの中ではね」
「……わははは! 威勢のよい女だ。実力を示してやるしかないようだな」
十分に挑発すると、犬は牙を剥き出しにして笑った。
すでに戦う気は満々で、自分たちの過ちにも気づいていない。
そう確信してからネリエは言った。
「そこまで自信があるのなら、掛け金を上乗せするのはどう?」
顎で指示を出すと、ティグレが懐から包みを出した。
そこには犬が提示した銀貨の五倍の銀が乗っていた。
「……おいおい、正気か?」
「親父にでも頼んで用意したのか?」
「負けたら怒られるぞ?」
「まぁ、俺たちとしては上乗せは構わんが」
「じゃあ、決まりね。最後に一つ。もしあたしたちが勝っても、あんたたちはあたしたちの手の内を他言することを禁ずる。それで構わない?」
「なんでもいい、さっさとやろう」
「そう。なら、好きになさい。……地獄を見せてあげるわ」
ネリエは笑う。
その笑みは実に楽しそうなのだが、犬たちは最後まで気づかなかった。
決闘の掟は次の通りだ。
一つ、霊術を使わぬこと。
二つ、互いが納得する条件であること。
三つ、相手の命を奪わぬこと。
四つ、霊術以外の武器は好きに使ってよい。
ネリエは犬と二十トルメの距離を取った。
決闘を始めるには遠すぎる距離だが、犬は何も言わなかった。
いや、あるいは弓という可能性は視野に入っていたかもしれない。
離れた方が都合がいいのか、と探りを入れる場面もあった。
だが、彼らにとって二十トルメは距離のうちに入らない。
一息で詰められる間合いだ。
犬たちの武器は槍。
マティガスが剣の使い手という情報を受けての槍だろう。
剣と槍では間合いが違う。
間合いは長い方が有利だ。
「両者構えて……」
立会人のマティガスが双方の顔を見る。
十分な間を開けて、腕を振り下ろした。
「……初めッ!」
「「うぉぉおぉおおぉおおお!」」
犬は大声を上げながら突っ込んできた。
気迫と速度でネリエをビビらせ、押し切るつもりだ。
あっという間に距離が詰まる。
だが、どれほど速く走ろうとも、彼らは先手を取れない。
なぜなら――――。
ネリエは背中に吊るしていた自動小銃を腰だめに構えた。
お気に入りの自動小銃の中でも特にごつい、弾帯式の一丁だ。
決闘の掟、その四。
霊術以外の武器は好きに使ってよい。
この条項で束縛するのは霊術だけ。
つまり、それ以外は、たとえ重火器であろうと使用に制限はないのだ……!
「さぁ、お遊戯の時間よ――――!!」
引き金を引く。
爆音と共に鉛弾が吐き出される。
有効射程は千二百トルメ。
毎秒七百を超える鉛弾が不可視の速度で飛ぶ。
ごく一部の超人を除けば、来るとわかっていても防げない。
「「うあぁあぁあぁあああ……!」」
千を超える弾が飛び、何割かが犬に当たった。
時間にして瞬く数回分。
それだけの時間で犬は倒れた。
起き上がる気力も失っていた。
「ふぅ、なんとか殺さずに調整できたわね!」
倒れた犬を精神的に追い詰める。
実際、一瞬で数百発も弾を出すため、天上人であっても致命傷となりやすい。
即死でなければ霊術で蘇生できるので、大して気にはしていないが。
「しょ、勝負あり……」
マティガス呆然としつつ、決着を宣言する。
それから慌ただしく医者を呼びに走っていった。
「それを初見の相手に使うのは、反則だと思うっすけどねぇ……」
「なによ、規則は守ってるわよ?」
「決闘って、そういうのじゃないと思うんすけど」
「ふん、勝てばいいのよ、勝てば!」
うっかり皇女の仮面をかぶり忘れるも、それはもうどうでもよかった。
満足感で胸がいっぱいだ。
「いいことをすると気持ちがよいわね!」
「やぁ、絶対、動くものを撃ちたいだけでしょ?」
ティグレに本心を言い当てられる。
その通りだ。
もっと自動小銃を使う機会が欲しい。