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20 仲間探し2


    †ネリエ†


 後日。

 マーカの調査結果が出た。

 彼女の調査は異様に詳しく、虎氏族の内情を赤裸々に暴いていた。


 まず、天上人には氏族という枠組みがある。

 氏族は血縁であるため、派閥よりも根源的だ。

 龍の一族で言う御三家に近い。

 逆に御三家の血縁は派閥そのものだ。


 御三家のどこにつくかが派閥。

 龍の一族以外の血縁が氏族。

 そして、通常、氏族の一員は同じ派閥につく。


 たとえば、獅子氏族は昔から焔龍(オハート)についている。

 犬氏族は飛竜(カランギタン)だったが、最近、蛇龍(イサン・アハス)に鞍替えした。

 そんな感じだ。


 もちろん、例外もいる。

 虎だ。


 虎は氏族内に派閥が乱立する。

 分断状態と言ってもいい。

 なぜかと言えば、ティグレの言う通り、横のつながりが希薄なためだ。

 虎は個人志向が強い。

 隣人の名前すら知らないのもよくある話だという。


 そんなだから、氏族としてのまとまりは弱い。

 虎氏族が苦境に立たされる要因もそこにあるようだった。


 助けたら仲間になる、という話も案外、的を射ているのかもしれない。



「ここね……」

「みたいっすねぇ」


 ネリエはティグレを連れ、天上街に降りていた。

 向かう先は、皇城で武術指南役を務める男の家だ。

 虎氏族の序列第三位というから、位階は高い。


 マーカの調査では、虎氏族の実質的な頂点はこの男だという。

 実質的というのは、序列一位と二位が仕事をしないためだ。

 一位はもちろん十二天将で、あの呑んだくれの虎だ。


 彼に聞けば、事情がわかると踏んで、ネリエは直接屋敷を訪ねたのだが……。


「人のこと言えないっすけど、廃墟っすかね?」

「まさか……。いるはずよ」


 屋敷自体は大きい。

 しかし、手入れはされていない。

 庭は雑草だらけで、屋根は腐りかけの部分がある。

 縁側の障子も締め切られ、居住者の気配がなかった。


 勇気を出して門扉を叩く。

 そのとき、屋敷の中から怒鳴り声が聞こえてきた。


「いやぁ! それを持っていかれたらうちは……!」

「うるさい、売られた喧嘩を買わずして何が武官か! これは賭けるぞ!」

「やめてください、うぅぅ……!」


 不穏な会話だ。

 何やらものが飛び交う音までする。


「非常事態っすねぇ」

「わかってるなら行きなさい」


 ティグレに指示を出し、屋敷に踏み込ませる。

 家主には申し訳ないが、訪問の理由を考える手間が省けた。


 屋敷を歩き回って、ようやく人のいる部屋を見つけた。

 屋敷にふさわしくない小さな茶の間だ。

 ちゃぶ台に食器棚と生活に必要なものが揃っている。

 生活感の密度が高い。

 まるで一部屋で生活が完結してるかのようだ。


「何があったのですか?」


 ネリエが到着したとき、ティグレは男を取り押さえていた。

 人間で言えば五十代の男だ。

 羽交い締めにされているが、闘志は衰えず、鼻息が荒い。

 視線の先には泣きながら茶器を抱く女がいた。


「あ、あんたらはなんなんだ!? 人の家に勝手に上がり込んで!」

「ネリエと申します。表にまで声が聞こえたため、異常を感じてやってきた次第です」

「……だ、第二皇女様でしたか! こ、これはとんだお見苦しいところを……! 皇族様とは知らず……、何卒、何卒……!」


 名乗っただけで男は頭を下げ始めた。

 他人の家に押し入るのは皇族でも違法だが、時には勢いが大切なこともある。

 ひとまず、この場は権力で押し切ることにした。



 ティグレに茶の間を片付けさせ、ネリエは男から話を聞いた。

 男はマティガスと名乗った。

 声は低く落ち着いた話し方だった。

 先程は取り乱していたが、役位が高いだけあって威厳が滲む。


「先程は申し訳ございませんでした。まさか皇族様がこのような場所にいらっしゃるとは思わず……」

「それは構いません。一体、何が原因で奥方と喧嘩をなさったのですか」

「いえ、それは……」


 マティガスは言いよどむ。

 視線をさまよわせてから、


「皇族様にお話するようなことでは……」

「お力になれるかもしれませんよ」

「お、お力添えなど恐れ多く……」

「私の執事ティグレは虎氏族の出自です。もし氏族でお困りのことがあれば、私も他人事ではありません」


 マティガスははっとした表情になり、


「氏族のことを、ご存知でしたか」

「えぇ。御三家でも話題に上っています」

「そうでしたか……」


 マティガスは諦めたように肩を落とした。

 ……そして、ポツポツと語り始めた。


 曰く、虎の凋落は犬氏族と獅子氏族に原因がある。

 虎、犬、獅子は太古の昔より不仲で有名だった。

 特に犬と獅子の確執は凄まじく、マナロを激高させたほどだ。


 しかし、ここ二百年では虎がやり玉に挙げられていた。

 犬も獅子も徒党を組む氏族だ。

 他方で虎は氏族内の連携が弱い。

 そこにつけ入る隙があった。


 犬と獅子は虎を弱らせる方針を立てた。

 片方が虎を食い物にすれば、もう片方が黙っていない。

 彼らは力関係が崩れることを、何より恐れるためだ。


 そのため、犬が虎を騙して資産を奪えば、獅子も同じように虎にたかる。

 負の連鎖が起こっていた。


 虎氏族が身内で助け合えば、対抗もできただろう。

 しかし、氏族内の連携は最後までできず、虎は個別で狩られ、破産する者が相次いだ。

 最近では有力者の多くが住む家を失い、隠居生活をしているという。


 かくいうマティガスも私財のほとんどを失っていた。

 この家にある最後の値打ち物が妻が抱える茶器だ。

 彼はこれを売り払い、次なる戦いに備えようというのだ。


「戦いとは具体的になんですか?」

「決闘です。虎はこれで弱体化を余儀なくされたのです」


 決闘。

 事前に双方が誓約を立て、勝敗に従って内容を履行することだ。

 命を賭けない場合、霊術は禁止で、剣や武の腕前を競う形になる。


「まさか財産を賭けて決闘を?」

「いかにも……。虎は犬や獅子相手に負け続けているのです」


 無論、決闘で財産すべてが奪われるわけではない。

 商戦に負けたとか、製品の質で勝てないとか、理由はある。

 だが、虎は昔から武官が多い。


 武官は挑まれた決闘を断れない。

 断ることは死以上の恥だからだ。


「なぜ決闘で勝てないのですか?」

「奴らは裏で連携しているのです。一度戦った相手の情報を氏族内で共有し、対策を講じてくる……。いかに強い虎でも、いずれは負けます。一度負ければ地獄の始まりです。相手はこちらのことを知り尽くし、しかし、こちらは相手のことをまるで知らない状態で戦わなければならないのです」


 それは負けるだろう。

 身体能力は犬も虎も獅子も大差はない。

 よほどの技がない限り、情報を握られたら終わりだ。


 素直に考えれば、相手と同じことをすればいい。

 虎も氏族内で情報共有を……。

 と考えたところで気づいた。


「虎は内部で協力しあえなかったのですね……」

「……はい」


 マティガスの言葉には苦しさが滲んでいた。

 困窮すれども手は取り合わず。

 虎氏族に伝わる格言だそうだ。

 何事も一人でやり遂げて一人前。

 他人を頼る者は二流。

 そんな文化が完全に裏目に出ていた。


 自業自得だ。

 虎氏族は滅ぶべくして滅ぶのだ。

 そうとも言える。


 しかし、口には出せなかった。

 部屋の隅でマティガスの奥さんがすすり泣いていた。

 彼女は茶器を抱きしめ、涙をこぼす。


 彼女にとって茶器は大切なものなのだろう。

 ひょっとしたら思い入れのある品かもしれない。


 それを夫は決闘のために売ろうとしている。

 必ず負ける決闘だ。

 だが、マティガスに逃げ道はない。


 決闘を断れば死よりつらい恥が待つ。

 武官の任は解かれるだろう。

 決闘を受けても断っても家に未来がない。


「その茶器は大切なものなんですよね?」


 ネリエは奥方に聞いた。

 彼女ははっと顔を上げて、


「もちろんです。死んだ息子の……、形見です」

「息子さんはどうして……?」

「決闘で破産しました。死をもって償うと……」

「……そうでしたか」


 ――――なら、仕方ないな。


 ネリエは気持ちを切り替える。

 話を聞くに、虎氏族は仲間として価値が低い。

 放っておいても自滅する氏族だ。

 しかも、横の連携が取れない。

 犬や獅子の方がよほど魅力的だろう。


 しかしだ。

 ここまで聞いて引き下がるわけにもいかない。


「話はわかりました。その決闘は私がなんとかしましょう」

「……え、えぇ!? 皇女様がですか!?」

「決闘の代理は認められているはずです。私が手配します」


「えぇ……、それ、自分が行くんすよね?」


 察しのよいティグレが不満げに言う。


「当然です。あなたがいかなくて誰が行くのですか」

「まぁいいっすけど……」


 話は決まった。

 ティグレはマナロの元側近。

 それ以前は北方の大海賊だ。

 陸の上でも負けることはないだろう。


「し、しかし、皇女様、問題が一つ」


 マティガスが思い出したように、切り出した。


「なんですか?」

「決闘は二対二なのです」

「はい?」


--------


 名前:ネリエ・ワーラ・アングハリ

 仲間:十人(ティグレ、ヒヌカ、セイジ、ミキ、ノリコ、その他ソテイラの奴隷たち)

 派閥:二十五人

 所持金:銀貨七十枚(実家からの送金)



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