19 仲間探し1
†ネリエ†
炎ノ儀は滞りなく終わり、皇城にも落ち着きが戻ってきた。
この頃になるとネリエの立ち位置も安定してきたのか、派閥会議に仲間が増えた。
「本日からよろしくお願いいたします。ネリエお嬢様」
畳に額をこすりつける女性。
年齢はネリエの倍くらい。
焔龍の分家筋で二児の母。
背後には取り巻きと思しき女性らを三人連れていた。
社交界の中心にいるような年代だけに、彼女たちの加入はありがたい。
焔龍は今まで音沙汰がなかったものの、メリリから手紙を送ったところ、すぐに彼女が派遣された。
ネリエを気にはかけていたようだ。
「今まで連絡もせず、誠に申し訳ございませんでした……」
「何か事情があったのですか?」
「……えぇ、実は」
尋ねると、本家の令嬢が皇城に囚われていると話してくれた。
表向きは就学のためとされるが、皇帝の手元にあるという意味では幽閉だ。
ネリエを支援すれば、娘がどうなるかは知らんぞ? という、ドラコーン派からの圧力だった。
跡継ぎとネリエを天秤にかけ、本家は静観を選んだようだ。
「しかし、ネリエ様からあのような手紙が届いたため、本家も腹を決めたようです」
「あのような手紙……?」
「えぇ、あそこまでお怒りだとは存じ上げなかったのです。お許しください……」
女性陣が平伏する。
恐縮されてしまって恐縮だが、ネリエは手紙の内容を知らない。
メリリに一任したからだ。
横目でメリリの顔を見ると、愛らしく微笑んでいた。
……一体、何を書いたのだろう。
「許します。その代わり質問にお答えください」
「なんなりと」
「あなた方がここへ来たことによって、本家の令嬢に危険が迫ることはありますか?」
「いえ、すでに危険は去りました。その節も感謝してもしきれず……」
女性は涙ながらに語るが、ネリエには理解できない。
……何のことだろう?
そう思っていると、女性は説明をしてくれた。
「ティグレ様が颯爽と現れ、サーヌ様を救ったと聞いたときには、焔龍一同、ネリエ様に仕えねばならぬと、そう決意したのです……」
背後に立つティグレを見上げる。
ティグレは春画本を出して、さっと顔を隠した。
こいつめ、また主人に何も言わずに……。
「女性の集まりで春画本なんか読まないでくれる?」
「……っす」
あとで褒美を用意してやろう。
ネリエは頭の片隅に刻み込む。
「わたくしの身内からも一人ご紹介してもよろしくて?」
焔龍の挨拶が一段落すると、マーカが飛竜の女性を連れてきた。
先頭に立つのは四十近い女性だ。
総勢五名で年齢は近い。
「初めてお目にかかります。ネリエ様にお力添えがしたい一心でこちらへ参りました」
飛竜の分家筋。
元々、反蛇龍で結託した小規模派閥だったという。
ネリエの登場とマーカの説得により、派閥ごと移る決意をしたそうだ。
「マーカとは親しいのですか?」
「マーカ様とは社交界で何度かお会いしておりますが、お心を開いていただけたかはわかりません」
距離感は単なる知り合いといったところか。
その状態からよくマーカに声をかけようと思ったな、と感心する。
「わたくしの母ですわ」
「……え、そうなのですか?」
母なのに娘と社交界で何度か会っただけ、なのか……。
いや、そんなものだろう。
自分のときもそうだった。
他にも何件か挨拶が続いた。
ネリエは一人一人に労いの言葉をかけ、顔と名前を覚えていった。
全員の挨拶が済むと、派閥会議を始める。
仲間が増え、会議は活発になった。
次なる手を募集すると、年配の女性陣から次々と意見が出る。
社交界を知り尽くす古参だけに指摘は鋭く、やり口が汚い。
ネリエも搦め手が好きという自負はあるが、社交界は上を行く。
汚すぎて目眩がする。
「仲間を増やすと言えど、今の段階で不穏分子を取り込むつもりはありません。正攻法で取り入れる層を取り切りたいと思うのですが……」
「でしたら、ネリエ様にしかできないことをしていただけないでしょうか?」
口を挟むと、女性陣からそう言われた。
「私にしか務まらぬこととはなんでしょう?」
「十二天将の勧誘です。真紅ノ盃をお持ちである以上、心強い味方となるはずです」
十二天将。
その響きをすっかり忘れていた。
確かに仲間にできれば見返りは大きい。
仲間にできれば、だが。
皇帝と戦うなら、避けては通れぬ道だ。
「……わかりました。検討します」
マーカとメリリだけを連れ、外に出る。
十二天将の実情は派閥内でも広めたくない。
ネリエが舐められていると知ったら、……空中分解にもなりかねない。
「お二人には正直に伝えますが、十二天将は曲者ぞろいです。仲間になるかはわかりません」
「噂は聞いておりますわ。盃の名で命じても従わないんですの?」
「盃を大切に思っている者は三名います。羊、牛、獅子です。他は盃に忠誠は誓えないと明言しました」
マーカは目を丸くする。
十二天将と盃の逸話は、それほど有名なのだ。
「状況は理解しましたわ。つまり、自力で十二天将を引き入れなければならないと」
「……そうですが、気乗りはしませんでした」
制御できない仲間は危険だ。
だから、無理に誘わなかった。
「周囲はそう思いませんわよ」
「そうですよね……」
盃がある。
つまり、十二天将が仲間。
事情を知らぬ者は、自然とそう考える。
仲間でないと言うと、なぜ? と首を傾げる。
逐一、説明するのも面倒だし、不仲を邪推されるのも困る。
「仲間にできれば損はないわけですし、真面目に検討なさってはいかが?」
「……わかりました。お二人から見て声を掛けるなら誰と思いますか?」
十二天将のうち三人は陰ながら支えると言ってくれた。
残るは、虎、猿、鳥、猪、鼠、兎、蟲、蛇、犬だ。
「クネホ様はぁ、もう身内じゃないのぉ?」
「そう考えてよいとわたくしも思いますわ」
「そうなのですか……?」
身内も何も、服飾職人を紹介してもらっただけだ。
「他にこれといった会話もありませんでしたが……」
「でもぉ、自分の職人を派閥以外に紹介するなんて、あり得ないよぉ?」
紹介した。
つまり、派閥に入る意志がある?
深読みし過ぎだ、とネリエは思うが、この手の意思表示は普通らしい。
社交界は難しい。
「残る方々ですと、まず蟲は論外ですわね」
蟲の十二天将はショーグナにいない。
南方の島に住むためだ。
「蛇はぁ、怖いから、あたしぃ、嫌い~」
「でしたら、わたくしは鼠が嫌いですわね」
「犬は私が嫌われているため、望みがありません」
更に篩にかけていく。
残ったのは、猪、虎、猿、鳥だ。
「虎がよろしいのではなくて? 執事につてがあるでしょう?」
「そう言えば、そうですね」
ティグレは虎族で血筋もよい。
顔見知りがいると期待して、ティグレに打診する。
しかし、回答は後ろ向きだった。
「や、自分、知り合いとかいないっすから」
「なんでよ」
「虎って個人行動が多いんすよ。友達とかでつるまないんで」
種族の性質だ、とティグレは言う。
「けど、虎は今、窮地に立たされてるっぽいんすよね。助けたら仲間になるんじゃないすか?」
いい加減な情報を寄越すが、ないよりはマシだろう。
ティグレと話した結果をマーカとメリリに伝える。
すると、マーカが額に手を当てて、
「聞いたことがございますわ。虎氏族が勢いを弱めていると……」
「弱っているところにつけ込んでぇ、仲間にするのはありかもぉ」
「では、調べていただけますか?」
「えぇ、お任せなさいませ」
話の方向は決まった。
まずは、二人の調査を待って、それから行動だ。