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17 勇者ノ日1


    †ジン†


 勇者ノ日。

 帝都で行われる祭り。

 祭りは七日間に渡って続き、毎晩異なる催し物がある。


 初日の夜は、白無垢に身を包んだ巫女が大通り(ガリエ)を練り歩き、人々に祈りを捧げる。

 天上街の大霊殿を出発地点として、下町の大広場(カガナパン)までを歩く。

 この時間帯、人間は大通り(ガリエ)に立ち入り禁止だ。


 その間、人間は裏通りで縁日を開く。

 狭い通りの両側に木箱で作られた露店が並ぶ。

 品物は装飾具と食べ物が多い。

 人でごった返す様は、村の祭りとは全然違う。

 いかにも都会という雰囲気だった。


 祭りの初日、ジンはヒヌカと縁日を歩いた。

 二人で歩くのは久しぶりだ。

 カルはミトの家に滞在している。

 帝都にいる陰の者の子孫に里のことを説明するらしい。


 祭りにはミトもついて来たがった。

 しかし、徹夜続きがたたったのか、体調を崩して家で寝ている。

 何でも、踊り子の衣装を縫え、という無茶な注文が来たそうだ。

 針子は大変だ。


「いろんなものが売ってるんだね」


 裏通りは場所によって品が違った。

 元々、布を売る店だと、切れ端を利用した小道具。

 材木店なら端材で作った小物などだ。


「何かひとつ買ってやるぞ?」

「本当? やった! だったら、あれがいいかな」


 ヒヌカが手にとったのは髪飾りだった。

 尖らせた木にガラス細工が添えられている。

 篝火にかざすと桃色の光を反射する。


「うわ、でもすごい値段……」

「気にすんな。これ、一つくれよ」

「……いいの?」

「今までほったらかしにしてた分だ」


「あはは、そう言えってカルくんに言われたのかな?」

「……よくわかったな」


 髪飾りを買ってヒヌカに手渡す。

 それから、屋台で串焼き肉を食べた。


 見上げれば、二階も盛り上がっていた。

 あちらは天上人の集まりだ。

 やっていることは人間と同じ。

 酒を飲み、飯を食い、仲間内で騒いでいる。


 人間との距離はいかんともしがたい。

 祭りでも両者の境界ははっきりしていた。


「ジンは七日目まで時間があるんだよね? 何か一緒に出し物が見られるといいね」

「うーん、どうだろうな」


 時間が厳しいわけではない。

 出し物は基本的に天上人向けなのだ。


 祭りの二日目は賛美歌。

 大広場(カガナパン)で聖歌隊が合唱する。


 三日目は演舞。

 大霊殿前で巫女が舞を披露する。


 というように、出し物は人間の入れない場所が中心だ。

 ちなみに昼間は、人間も大通り(ガリエ)を使える。

 大道芸人が集まり、芸を披露するそうだが、こちらは祭りとは関係ない。


「人間街で出し物はないの?」

「なんだったかな……。説教するって言ってたな」

「もしかして説法?」

「それだ!」


 人間街には霊殿から聖職者見習いが派遣される。

 そして、人間街の子供を集め、マナロ戦記の読み聞かせをするのだ。

 子供には参加義務があり、浮浪者でもない限りは参加する。

 故に人間街では、まっとうな人間であるほど、マナロ戦記が浸透している。


 奴隷待遇に疑問を持たないのもこのためだ。

 正直、やめさせようかとも思ったか、聖職者見習いに話をしても根本的な解決にはならない。

 指示を出しているのは上の奴らだ。

 そちらと話をしなければならないし、それはエリカの役割だ。


 今回は見て見ぬ振りをする。

 そう言うと、ジンも成長したね、とヒヌカに褒められた。

 ……昔とは違う、と言いたいが、ヒヌカと比べると子供なのは事実だ。

 甘んじて頭を撫でられる。


「明日はどうしよっか?」


 縁日を見終えると、人間街の方に移動した。

 人通りの少ない場所で、ヒヌカとあれこれ計画を練る。

 帝都の地図も買ってみた。

 人間用の店にないので、奴隷のふりをして天上人の店で買った。

 慣れてくると帝都は面白い。


 あっという間に時間が過ぎていった。


    †


 七日目の夜が来た。


 夕方を過ぎた頃から街の騒がしさが引いていく。

 酒を出していた店が次々に閉まり、屋台も消えた。

 最終日の夜。

 炎ノ儀を執り行う準備だった。


 ソテイラは天上街の入り口で待っていた。

 純白の着物姿だ。

 単色だが装飾には金糸が使われ、夜目にも豪華だとわかる。


 待機させていた車に乗り込み、天上街へ向かう。

 ヒヌカとは、そこで別れた。

 見えなくなるまで手を振ってくれた。


「これから何をするかは理解しているな?」

「炎を出せばいいんだろ?」


 炎ノ儀には青い炎が必要だ。

 天上人に用意できないためジンが炎を提供する。

 そういう約束だった。


「無論だ。だが、式典の流れは理解しておいた方がよいだろう」


 曰く、炎ノ儀はマナロが始めた儀式であるそうだ。

 炎は専用の台座で運ばれる。

 これを持つのは霊導師と四人の司教だ。

 彼らは炎を目隠ししたまま運ぶ。


 皇城を出た炎は天上街を出て、大広場《カガナパン》まで向かう。

 そして、再び天上街へ戻り、大霊殿へと納められる。

 歩くだけで二刻(約一時間)もかかる長旅だ。


 この間、下町では音を発することが禁じられる。

 天上人は大通り(ガリエ)沿いにひざまずき炎ノ儀が終わるのを待たねばならない。

 無論、炎を見るのも禁止だ。

 万が一にも見てしまったら即刻死刑だ。

 炎はそれだけ神聖なものなのだ。


「炎ノ儀は五年に一度執り行われる。今年は炎がなければ開催が危ぶまれた」

「でも、あるんだからできるわけだ」


 ジンは手のひらに炎を作る。

 車の中が青く照らされた。


「人間が提供すれば、の話だがな。それがなければ皇帝ドラコーンの権威に傷がつくだろう」


 ソテイラは意味ありげに言った。

 傷がつくからなんだというのか。

 ジンが黙っていると、ソテイラは続けた。


「お前の友は皇位を獲ろうとしているはずだ。皇帝の権威に傷がつくのは益となるだろう」


 逆に炎を提供すれば、現皇帝の地盤は固まり、第二皇女は不利な立場となる……。

 炎を渡すのか?

 ソテイラはそう聞いているのだ。


 ……なんのために?

 ソテイラは、皇帝の味方のはずだ。


「お前、皇帝の味方じゃないのか?」

「味方ではあった。彼が即位したのも私の功績によるところが大きい」

「なら、俺が今、炎を渡すのをやめるって言ったらどうする?」


 ソテイラは答えない。

 窓の外を眺めるばかりだ。


 その仕草は、……ジンを無視しているようにも見えた。

 無視。見えない存在。

 そう振る舞っているという暗示……。

 今、ジンが反対側の扉を開けて飛び出したら……。


 ソテイラは追って来ないかもしれない。

 炎は皇帝に渡らず、ネリエの助けとなる。

 その方が、よいのではないか……?


「間もなく大霊殿だ。炎はそこで受け渡すことになっている」


 ソテイラは真顔で言った。

 逃げるなら今。

 そうとも取れる発言だが……。


 結局、ジンは逃げなかった。

 炎を提供すると切り株の誓い(ダヤミ・パナータ)で約束したからだ。

 いかなる理由があれ、反故にはできない。


「到着したぞ」


 連れて行かれたのは大霊殿の裏手だ。

 帝都の大霊殿だけあって規模は破格だ。

 入り口は東西南北に四ヶ所。

 礼拝堂は大小合わせて五ヶ所。


 うち一つが最大の大きさを誇り、大聖堂とも呼ばれる。

 高さは百トルメを越え、収容人数は千とも二千とも言われる。

 大聖堂の横道を抜け、裏手に回る。


 四方を柵で囲われた別館があった。

 他の礼拝堂に比べても、扱いが別格で、その一角だけ地面に石が敷かれていた。


「あれ、何だ?」

「あれは墓所だ。マナロ様が眠っておられる」


 なるほど、だから豪華なのか。

 ソテイラが持ってきた燭台に火をつけた。

 油の匂いが立ち上る。


「ここで待て」


 ソテイラはジンを置いて大聖堂に戻った。

 見つかるなと言われても、見通しの良い場所だ。

 柱の陰に身を寄せるしかなかった。


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