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12 女郎宿2

編集の都合で長くなりました 2019/01/05


 搬入口の調査は地道な作業だ。

 注連縄を一つ一つ確認して、轍がないから調べる。

 一度調べたところを記録するため、地図も作った。

 調査のためには地図が必要で、地図のためには測量が必要だった。

 紐を用意して大まかな距離を取る。

 大変な仕事だ。


 作業は昼間、小隊の皆と行う。

 表向きは収容所の内情を把握するため。

 とは言え、脱走に使うのは皆、気づいているだろう。

 黙っているのは全員に利のある話だからだ。


 しかし、作業があまりに地味過ぎた。

 一人、二人と離脱者が出る。

 正直、ジンも途中で投げ出したかった。


 十日かけて結界のほんの一部しか調べられなかった。

 気が狂いそうになった。

 これが向き不向きか、とジンは思った。

 カルの忍耐力が羨ましい。



 地図を作るのには偉い時間がかかった。

 季節はすでに夏。

 作業時間にして、八十日ほどだろうか。

 苦労しただけあって、得られたものも大きい。


 結界の張られた範囲を表すと、ひと目で収容所の構造がわかる。


 結界は真円を描いておらず、楕円形になっている。

 更に収容所の位置も楕円の中心になかった。


 つまり、収容所から結界までの距離は方向によって違う。

 一番近いのは女郎宿(ターロー)がある方向だ。

 驚くべきことに徒歩半刻(十五分)で結界にたどり着く。

 反対に逆方向は八刻(四時間)も歩かねばならない。


 肝心の結界の切れ目だが、これも無事発見した。

 女郎宿(ターロー)の裏手だ。


 結界は基本的に楕円形だが、ある地点で急激に角度を変える。

 楕円に箸を差し込んだかのように凹んだ部分があるのだ。


 凹みの先端にあるのが女郎宿(ターロー)だ。

 意図的に作られた凹みとすれば、この凹みの正体は通路に違いなかった。

 ……つまり、女郎宿(ターロー)には隠し通路がある。


 今まで女郎宿(ターロー)に入ったことはなかった。

 が、こうなってくると話は違う。


「けど、その、調べに行くとなったら、……するんでしょ?」

「けどなぁ……。女郎宿(ターロー)に行って、しなかったら怪しまれるだろ?」


 ヒヌカのことはある。

 だが、拘っていると脱走はできない。

 いや、やはり行くべきではないか……?

 ものすごい葛藤が生まれる。


「不潔だよ! やっぱり行っちゃダメ!」


 カルが怒鳴った。

 そんな議論があって、結局、忍び込むことになった。


 下準備として、男たちから情報を集めた。

 女郎宿(ターロー)にはどんな女がいるのか。

 建物の作りはどうか。

 男たちは怪訝な顔をしつつも、初めて行くが怖いので知りたいと言うと、快く教えてくれた。


「ジンよ、お前は鬼のように強いが、そっちの方はからっきしだったんだな!」


 皆ここぞとばかりにからかってきた。

 適当にあしらって要点を聞き出す。


女郎宿(ターロー)ってのは何人もの女がいる。料金は一律銀一粒だが、指名料を払って好みの女を選んだ方がいい」

「女郎にも人気ってのがあってな、人気のある奴は指名料を払っても先約がいることがある。そういうときは、その日、女郎宿へ行く奴と予め交渉しておくんだ」


 指名料は最高額で給金の三ヶ月分だという。

 普通の女郎だと、一月分の給金で月に四回会えるから、差は十二倍にもなる。


 そして、仲間内の交渉においても銀を使う。

 金がいくらあっても足りない。


 もちろん、ジンの目的は女郎ではない。

 建物に用事があるのだ。

 銀一粒で用が足りる。


「ところで、銀一粒ってどれくらいの価値があるんだ?」


 気になって、カルに聞いた。

 月々にもらえる銀は一人あたり四粒。

 外の世界では、これで何が買えるのか。


「大したものは買えないかなぁ。……麺を食べるのにも銀五粒はいるし」

「飯も食えないのか!?」

「うーん、いい機会だから貨幣の勉強をしようか」


 カルは地面に絵を描いてくれた。

 まず、バサ皇国の貨幣は三つの単位がある。

 小さい方から、(ブン)ショウ()(テン)だ。


 文が銀粒、章は丸い硬貨、典は小判だ。

 硬貨は穴の空いた板で、小判は穴の空いていない板のことらしい。

 百文で一章、百章で一典だ。


 話を収容所に戻すと、銀粒が四つだ。

 この給金が高いか安いかは不明だ。

 奴隷に給金を出す天上人がどのくらいいるのかがわからないからだ。


 いずれにしても、一ヶ月働いて一食にもならないのは安い気がする。


女郎宿(ターロー)の入場券みたいなものだからね。外とは使い方が違うんだよ」

「それはそうだろうけど……。外で使うんだよな?」

「うん。ないよりはいいからね」


 けれど、今の話だと大したことのない額だ。

 バサ皇国の暦はバランガと同じで一年を十二に区切る。

 一年働いて、麺が何杯か食える程度だ。


「麺が十杯食べられたら、五日も潜伏できるんだよ!」


 カルは力説するが、ジンとしては、麺が食えたからなんだ、という気持ちだ。

 刀とかが買えるのかと思っていた。


「刀なんて無理だよ。人間に売ってくれないし、何章もするんだよ?」

「……そうか」


 残念だ。

 脱走貯金で溜め込み、金持ち気分だったのだが……。

 眼の前が暗くなった気がする。


 でも、頑張ろう、とジンは思う。

 何事も途中でやめるのはよくないからだ。


    †看守†


 ディーグラ・ムルソーは思案する。


 ムルソーは人間の脱走を許したことはない。

 天上人と人間の能力差は絶対的だからだ。

 彼自身、自分の能力に自信があった。


 しかし、最近ではその自信も揺らいでいた。

 原因は春頃に起こった脱走事件だ。


 十人が別々の方向へ逃げる。

 これは単純だが効果的な作戦だった。


 理由は看守が一人しかいないからだ。

 いかに人間の五倍の速さで走れても、結界の端から端まで走るのは時間がかかる。


 結界が人数と場所を告げるのは通過した一瞬だけだ。

 その後の行動はわからない。

 通過したあと進路を変えられるのが最もつらい。


 ムルソーは臭いと足跡で追うしかなくなる。

 それを十人相手に。

 一晩で捕まえるのは絶望的だろう。


 脱走した十人が賢い人間だったらムルソーにもお手上げだった。

 だが、今回は全員が愚かにも気配を隠さず走っていたので捕まえられた。


 朝礼ではさも余裕な素振りを見せた。

 内心では次の対策を考えていた。


 今まで咎人同士が結託することはなかった。

 しかし、最近は咎人の繋がりが強まっている。


 元々、横の繋がりを断つために、看守は食糧を絞っていた。

 食が乏しければ人間は凶暴になる。

 自分のことで手一杯で共闘という考えが失せるためだ。


 ……食の問題を自力で解決したとでもいうのか。

 昼の間に何かを食べている、とか。

 わからない。


 何にせよ、対策がいる。

 昨年は女郎を使って情報を集めた。

 しかし、人間どもは学習し、女郎に心を許さなくなった。

 次なる作戦が必要だ。


 もっと直接的な抑止力がいい。

 何かうまい策はないものか。


 しばらく考え、一つの案を思いつく。

 その方法なら、咎人は二度と脱走など起こせなくなる。

 我ながらよい発想だとムルソーは得意げになる。


    †


 女郎宿(ターロー)へ行く準備が整った。

 次の機会に行こうかと思ったある日、事件が起こった。


 収容所に見知った奴がやって来たのだ。



「諸君、紹介しよう! 収容所は先日より新たな仲間を迎えている! 俺の目の届かない場所を監視する任を負った人間だ! 以後、どんな小さなことでも暴き立ててくれるだろう! さぁ、出てくるんだ。咎人どもに挨拶を!」


 その日、看守は夕礼で体制変更を告げた。

 咎人の監視役を増やすのだという。


 看守の手招きで後ろに控えていた女が前に出てくる。

 鼻水が出るほど美しい女だった。

 年の頃はジンと同じくらい。

 はにかみでもすれば男どもの心を鷲掴みに違いなかった。

 が、今は何の表情も浮かべていない。


 いや、そんなことはどうでもよかった。


「――――嘘だろ」


 ジンは女を見て凍りついていた。

 指一本動かせなかった。

 看守の手先となってジンを、咎人を監視するのは…………。


「ヒヌカです。本日より、わたしは監視者として皆様と生活をします。わたしの目の前で行われることはすべて看守様の耳に入ると考えてください。脱走の意図のある者、秩序を乱す者を罰することもあります。よろしくお願いします」


 声を聞いて確信した。

 あれはヒヌカだ。

 間違いなく本人だ……。


 ――――なんでこんなところにいるんだよ。


 ヒヌカは少し背が伸びていた。

 大人の顔になっていた。

 目立った怪我もなかった。


 よかったとジンは思う。

 なのに、素直に喜べない。

 ヒヌカが看守の隣にいるからだ。


 ヒヌカは天上人の手先として収容所にやってきた。

 なぜそちら側にヒヌカがいるのか。

 なぜそんなにも無表情なのか。

 今まで何をしていたのか。

 疑問が頭を巡る。


「ではヒヌカよ。本日の成果を発表せよ!」

「かしこまりました」


 看守の命令でヒヌカが前に出る。

 その手には巨大な風呂敷があった。

 広げられた中身は、後列からでは見えない。

 前列にいた連中がヒエッと叫ぶのは聞こえた。


「これらは咎人の寝室から発見された不審なものです」


 後列にいた連中が見える位置に動き出す。

 ジンとカルもその流れに乗った。

 風呂敷には紙や布が包まれていた。


 看守がそのうちの一つを手に取る。


「ほぅほぅ! これは脱走の計画書だな? どこから紙など手に入れたのか!」

「女郎の油取り紙を流用したのでしょう。女郎とつながっている者がいるかと」

「なるほど! 監視者は賢い! さて、これは誰の荷物だろうか!?」


 看守が咎人を見回す。

 当然、皆、沈黙する。

 自分がやりました、と名乗り出る者はいない。


 ……荷物を漁りやがったのか、と誰かがつぶやく。


 今まで宿舎は聖域だった。

 天上人である看守は人間の部屋に入らない。

 いくら監視する義務があると言えど、人間の部屋は汚いからだ。

 天上人であるが故の制約が宿舎を守っていた。


 だから、皆、脱走計画書などを宿舎に置いていた。

 しかし、その聖域が侵された。

 人間の監視者によって。


「今日のところは証拠不十分として見逃そう! しかし、これで監視者の恐ろしさを思い知っただろう! 脱走などは考えぬことだな!」


 看守はそう言って、咎人を解散させた。

 今日は誰も殺されずに済んだ。

 しかし、次はそうもいかないだろう。


 咎人は全員が思い知った。

 あの女は敵だ。

 本当に俺たちを殺す気だ、と。



「あの人、ジンの知り合いなの?」


 その日の夜、カルが声をかけてきた。


「……あぁ、幼馴染だ」


 ジンはあの日のことを説明した。

 自分が命を救われたこと。

 ヒヌカが天上人に捕まりそうになったこと。

 生きていてくれと祈っていたこと。


「そうだったんだ……。どうして看守の手先なんかをしてるんだろうね……」

「わからねぇ、あんなことをする奴じゃなかったんだ……」


 生まれ故郷を天上人に燃やされ、家族とも離れ離れになった。

 看守の手下になるわけがないのだ。


 憎いとは思わなかったのか。

 復讐だとかそんな気持ちはなかったのか。


 怒っても、悲しくても、笑顔をやめようとはしない奴だった。

 監視をする以上、収容所がどんな場所かは知っているはずだ。

 数日に一度、何らかの形で人が死ぬ。

 場合によっては、看守に殺される。


 ヒヌカがやっているのは、その手助けだ。

 間接的に人を殺していると言ってもいい。


 その悪辣な行為がヒヌカと重ならない。


「話をしてみるしかないよ! 何か理由があるのかもしれないし! ね?」


 カルが一生懸命、励ましてくれる。

 少し元気が出た。

 とにかく、話すところからだ。




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