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16 攻めの一手3


    †マンダ・ドドン†


 宰相マンダ・ドドンは、ここ数日、ネリエの動向を追っていた。

 お茶会を開いたという連絡があったのが十日前。

 飛竜(カランギタン)のはぐれものを取り込み、以降、勢力拡大を図っているという。


 反イサン・アハスの連中も集まりつつあり、反旗を翻すかもしれない。

 密偵はそう告げていた。

 無論、マンダも手は打っている。


 生家焔龍(オハート)はマンダが圧力で封じた。

 未だネリエに接触もできていないだろう。

 となれば、ネリエが中立派に活路を見出すのは明らかだった。


 マンダが側近に上り詰めたのは、偏に誰よりも賢いからだ。

 賢いと言っても、マンダが得意なのは、他者の心理を読むことだ。

 特に焦り、怒り、憎しみ。

 そうした感情を読み取ることがうまかった。


 故にマンダは政敵と争う際に策謀を好む。

 どんなに優れた人物でも、負の感情に呑まれれば、愚者と同じだ。

 相手に負の感情を植え付け、行動を操る。

 これが彼の常勝手段だ。


 しかし、今回は話が違った。

 ネリエには力がない。

 弱者は踏み潰すだけでいい。

 マンダは策謀を好む以上に無駄が嫌いだ。


 よってマンダはドラコーンに暗殺を提案した。

 さっさと殺してしまえ、と。


 ドラコーンを説き伏せるのには二日かかった。

 承認を得ると同時に暗殺者を手配。

 決行日と手段をじっくりと煮詰めていった……。


 そして、いよいよ四日後に暗殺が実行されると決まったその日、ドラコーンの下に使者が現れた。

 ティグレ・マタリーニ。

 ネリエの執事を務める男だった。



 翌日。

 ネリエの登城許可が降り、ドラコーンとの面会が実現した。


 執事ティグレの要望はこうだ。

 ネリエが姉として(・・・・)ドラコーンに挨拶をする。


 通常、皇帝への面会は容易に許可されない。

 あらゆる奏上は宰相を通して行われるのが常だからだ。

 ただ一つ、例外はある。

 皇帝が望んだ場合だ。


 ドラコーンは気まぐれだ。

 姉と会う最後の機会だから、と言っていた。

 事実その通りだ。

 最後の挨拶くらいは許すべきだろう。


 そして、面会はマンダにも利があった。

 先日、ネリエがしでかした皇帝への侮蔑。

 あれの謝罪をさせるのだ。


 皇城ではネリエの侮蔑は未解決案件となっている。

 皇帝への侮蔑は極大の罪だ。

 放置したままネリエが死ねば、皇帝への侮蔑を放置した宰相と誹謗される恐れがあった。

 面会は過去を清算する最後の機会だ。



 面会当日。

 ネリエはティグレを連れてやって来た。


 護衛は一人。

 先日と同じ着物。

 困窮具合が透けて見える。


 今回、親族には声をかけていない。

 要件が姉弟の面会という点もある。

 威圧感を出すために十人ほど従者を連れてきただけだ。


「さて、どのようなご用件でしょうか? ネリエ元第二皇女?」


 マンダが問うと、ネリエは涼しい顔で言った。


「えぇ、実はドラコーン様に見ていただきたいものがありまして」

「はて何でしょうかな? 念の為、私が改めさせていただきますが」

「それには及びませんわ。物ではありませんので」


 物ではない……?

 言われてみれば、ネリエもティグレも荷物を持っていない。

 一体、何を見せるつもりなのか……。


 マンダが困惑していると、ネリエは着物の帯に手をかけた。

 彼女はその場で服を脱ぎ出した。


「な、何をなさるおつもりか!?」


 着物を脱ぎ捨てたネリエは…………、下に別の衣装を身に着けていた。

 踊り子の衣装。

 肩から上がむき出しで、腹部にも布がない。

 胸が強調されるような切れ込み。

 下半身は透ける素材で太ももが丸見えだった。


 マンダは固まる。

 言葉など出るはずもない。

 いかに賢い者であっても、……こんなことは想像できない。


 謁見の間に娼婦のような格好で乗り込んで来る……?

 あり得ない。

 常識を外れすぎている……!


 ……マンダは注意しなければならなかった。

 ネリエの蛮行を。

 だが、頭が回らなかった。

 呆然としてしまった。


 そのわずかな間で、ネリエは皇帝に言葉を送る。


「ドラコーン様、私の舞を見ていただけますか?」

「む、無論だ! 披露してみろ!」


 ドラコーンはネリエに夢中だ。

 視線が胸と太ももを行き来している。


「では、ご覧ください」


 ネリエは舞った。

 音楽も歌もない。

 しかし、中々見事だった。


 種族は違えど、マンダもその色香に引き込まれそうになる。

 そして、はたと気づいた。


 ――――これが目的だったのか!


 慌てて振り返るが手遅れだった。

 ドラコーンは鼻の下を伸ばしきっていた。

 今すぐネリエに飛びつこうと、前のめりになっている。


 それを承知でネリエの方から近づいていく。

 ドラコーンが飛びかかると、ひらりと身をよじってかわす。

 そんなやり取りが続く。


 皇帝の心が奪われている。

 ネリエは……、女の武器を使ったのだ……!


 色香と美貌で皇帝を籠絡する気だ。

 まずい。

 それはさすがにまずい……!


「此度の面会は中止だ! 舞など聞いておらぬぞ! 者共、ネリエ様にお帰り願え!」


 従者に命じてネリエを下がらせる。

 しかし、それもわずかに遅かった。

 ネリエはドラコーンに流し目を送り、


「ドラコーン様、私、暗殺者に狙われているんですの。守ってくださりますか?」


 その問は――――。

 血の気が引いた。

 答えを言わせてはならない。

 口を封じなければ。


 だが、皇帝の口をどうやって……?

 迷いが生じる。

 それもまた、致命的な隙だった……。


「む、無論だ。マンダ、ネリエを守るのだぞ。暗殺者に殺されない(・・・・・)ようにな」


 マンダはうなだれる。

 本音を言えば、返事などしたくない。

 聞かなかったことにしたい。


 だが、それは許されない。

 バサ皇国における皇帝の言葉は、法を上書きするからだ。

 皇帝が守れと言ったなら、マンダはその通りにする義務がある。


 暗殺は当然、中止だ。

 いや、それだけではない。


 マンダは、あらゆる危険からネリエをネリエを守らねばならない。

 なぜなら、殺されないように守れ、と皇帝が命じたからだ。

 これでもしネリエに何かあれば、処分されるのはマンダだ。


 ――――この娘……! ドラコーン様の即位を認めぬなどと言っておきながら、……皇位を利用するとは……!


 憎しみを込めた視線を送ると、ネリエも気づいているのか微笑みを返してきた。

 悔し紛れに畳を踏みつける。


 ――――次に会ったときは覚えていろ。


 マンダは心の中で呪詛を吐く。

 こうしてネリエとドラコーンの面会はつつがなく(・・・・・)終わった。


    †ネリエ†


 敵の権威を籠絡し、暗殺そのものを封じる。

 我ながら完璧な策だった。

 

 正面からぶつかるんじゃないんでしたっけ? とティグレに聞かれたが、何事も柔軟性が大切だ。


 マーカとメリリにも首尾よくいったことを報告する。

 喜ばれるかと思ったが、二人とも呆れていた。


「確かにすごい発想ですわ。やり方としては効果的でしょう。けれど……」

「皇帝陛下の前で脱ぐなんて、常識なさすぎてぇ、あたしぃ、引くかもぉ……」

「同感ですわね。わたくし、この派閥でやっていけるか自信がなくなりましたわ」

「あなた方に言われると傷つくのですが……」


 おかしい……。

 どこから見ても最善だったはずなのに。


「それより、次は最大の山場でしてよ。準備はできてるんですの?」

「山場? 何かありましたっけ?」

「しっかりしてくださいまし。五日後に祭りが始まるんじゃありませんの」


 勇者ノ日。

 無論、覚えてはいる。


 皇族も参加する重大な行事だ。

 しかも、今年の祭りは炎ノ儀が行われる。

 青い炎を持たないドラコーンでは、炎ノ儀は執り行えないはず……。


 ドラコーン派はどうするつもりなのか。

 情報を集めなければ。


 また忙しくなる。

 二人にはまだまだ苦労をかけそうだった。


    †ドラコーン†


 ――――早く、早くあの女をものにしたい。


 時間帯は深夜。

 場所は彼の寝室だった。


 布団には四人の美女が同衾し、彼に寄り添っていた。

 しかし、今のドラコーンには、どれもこれも飽きた女だった。


 ネリエの肢体が頭から離れない。

 彼は龍族の女を抱いたことがなかった。

 同族は結婚してからでなければ、同衾が許されぬためだ。


 成人まであと一年。

 だが、ドラコーンの欲は、そこまで気長ではなかった。

 目をつぶれば、ネリエの舞が脳裏に浮かぶ。


 なんと美しい舞だったか……。

 美貌もさることながら、肉付きのよい肢体はまるで芸術だった。

 今すぐにアレをものにしたい。

 もうそのことしか考えられない。


 ドラコーンは幼い頃から不自由なく育てられた。

 望んだものは何でも手に入った。


 女も、食物も、他者の命でさえ。

 彼が望めば周囲の者は速やかに動いた。

 彼の命令が履行されないことなどなく、また、後回しにされることもなかった。


 唯一の例外はマナロ。

 ……あれだけがドラコーンの邪魔をした。


 何年前だったか。

 ドラコーンは飲食禁止の場で酒を飲んだ。

 こぼすこともなかった。

 何の損害もなかった。

 第一、ドラコーンは酒が飲みたかった。


 何の問題があるのか。

 心底そう思っていた。

 だが、マナロはドラコーンを罰した。


 ――――俺の定めた決まりを破るのか。あぁ!?


 思い返すことも、はばかられる罰だった。

 少しでも思い出せば、今でも吐き気がする。

 場合によっては呼吸が苦しくなる。


 以来、ドラコーンはマナロの決まりを破らなくなった。

 破れなくなった、と言ってもいい。

 一種の呪いだった。


 ……だからこそ、ドラコーンは葛藤していた。

 ネリエを今すぐここに呼びたい。

 だが、マナロの決まりでは、成人するまで結婚ができない。


 破れば、呪いが吹き出すだろう。

 しかし、しかし、あの肢体を見て過ごすだけなど……。


 ――――クソッ、どのようにすれば。


 生まれて十四年。

 悩みを持った経験がなかった。

 故に感情を持て余す。


 酒に溺れる。

 女を抱く。


 それでも、気持ちは静まらない。

 悶々とした時間が過ぎるばかりだった。



--------


 名前:ネリエ・ワーラ・アングハリ

 仲間:十人(ティグレ、ヒヌカ、セイジ、ミキ、ノリコ、その他ソテイラの奴隷たち)

 派閥:二人

 所持金:なし


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