15 攻めの一手2
†ネリエ†
翌日。
メリリに小さな天上人を紹介された。
そいつは全身が桃色だった。
桃色の着物に同色の髪飾り。
かなり攻めた衣装だが、髪も桃色なので調和が取れている。
背はネリエよりも小さく、年齢は同程度。
「こんにちは~」
柔らかな声で挨拶をしてくる。
ネリエは彼女を知っていた。
クネホ・パウマンヒン。
兎の天上人。
そして、十二天将の一角だった。
彼女はネリエの参集に応じたものの、すぐに退場してしまった。
決して味方ではないが、メリリとは懇意にしているらしい。
クネホはネリエを見上げてくる。
顔は愛らしいが……、目つきは鋭い。
「お久しぶりです、クネホ様……」
「ご無沙汰ね、皇族様? あなたが美しくなりたい野兎ちゃん?」
野兎ちゃん…………?
なんのことだ……。
隠語? 隠語か?
メリリに助けを求める。
合わせろ、と視線で返事をされた。
「えぇ、まぁ……。そうですね。美しくなりたいです」
「ほら、私って美の求道者じゃない?」
何を言っているのか、わからない……。
「…………そ、そうですね。クネホ様は美の求道者ですよね」
「でしょう! だから、私は誰よりも美しいの。けど、それに甘えない。常に美しさを研究しているの!」
「へー、偉いですねー」
「……偉いから、どう思うの?」
ここで間が空いた。
試練の間だ。
クネホは何かを訴えている。
「……つまり、美しさの秘訣を求めるのなら、対価が必要ということでしょうか?」
「そういうことよ! あなたも私に与えるべきじゃないかしら」
やっと話が見えてきた。
クネホは衣装を仕立てる見返りが欲しいと言っているのだ。
しかし、ネリエには先立つものがない。
自動小銃。
思いつくものはこれしかなかった。
渡すか?
自動小銃。
大切な自動小銃。
「でも、曖昧な言い方だと何を求められているかわからないものね。具体的に聞いてあげる」
「そ、それは、助かります……! 何をお望みですか?」
「あなたの使っている化粧品を教えなさい」
「化粧品……?」
難しい要求だ……。
なにせ、ネリエは……。
「申し訳ございません。そのようなものは使ったことがなくて……」
「え????」
「興味がありませんので」
「え…………。じゃ、じゃあ、何も使わないでそのお肌なの……?」
「大したことではありま、」
「大したことだから驚いてんだろうが! おめぇ、なんだ? 自分の方がカワイイって暗に自慢してんのか? 化粧品使ってなくてもこんなお肌ですってか? そういうのが一番腹が立つんじゃ、ざっけんならこらー!!」
「…………」
「――――はっ、あらやだ、記憶が飛んでいたわ。私、何か変なこと言った?」
クネホは笑う。
ネリエは鉄の意志で言葉を飲み込み、
「…………いえ、クネホ様は何も」
「でしょう? でもね、あなたが嫌な気持ちになってるとしたらね、嘘をついたからだと思うの。女は何かしら、……ほら、美の秘訣を持っているはずなの。教えないのは、……まずいよね?」
クネホが迫ってくる。
再度メリリに助けを求める。
――――なんかぁ、適当に言っとけばぁ?
そう言っている気がした。
なんと無責任な……。
だが、この場をしのげればいいのだ。
「実は、秘密にしていたことがあります。しかし、クネホ様になら、教えてもよいかと……」
「それは何!? 今すぐ吐きなさい!」
「私、毎日、顔に泥を塗っているのです。これが保湿効果があり……」
「泥……!! 泥を顔に塗ればよいのね!! 泥ぉおぉぉお……!」
クネホは突然庭に向かって走り出した。
そして、顔から地面に飛び込んだ……!
「泥ぉおぉおぉお! お、お、おぉ、……これで私は美しく……!」
クネホは一瞬で泥だらけになった。
やばい。
この人はやばい……!
人格に必要なものをどこかに落としてきた口だ。
とにかく、止めないと……!
「く、クネホ様……! もう一つ、とっておきがあるんですが! そっちの方が、更に効果があって、もうすごいことになるんですが!」
「それは何!? 教えなさい!」
泥まみれの顔が睨んでくる。
……怖すぎだった。
「実は真紅ノ盃で清めた聖水で顔を洗っているのです……。これがよく効くと評判で……」
「そ、それは、確かに効果がありそう!! けど、私には盃がない!! あなたが持っているのね……!」
視線に殺意が宿る。
ネリエは自身の死を幻視した。
「み、水を定期的にお分けすることは可能ですが……!」
「よこしなさい! 今すぐに!」
「は、はいっ」
ティグレに速やかに手配させ、水を渡す。
まさか本物の盃を使うわけにもいかず、本当はただの水だ。
しかし、クネホはよだれを垂らしながら、
「こ、これで美しくなれる。美、……美ぃ~~~~~~~~~~! もうこの水は誰にも渡さないから!」
水瓶を抱きかかえてうずくまる。
その姿を見て、十二天将とわかるものが何人いるか……。
「あ、あの、これで服飾職人をご紹介いただけるのでしょうか?」
「いいわよ、女の秘密をいただいたんだもの。楽しみにしてなさい、ふふふ」
クネホは気味の悪い笑みを浮かべた。
最後の最後まで怖かった。
後日、クネホの斡旋で服飾職人がやって来た。
いくつか作品例を持ってきてもらい、一つずつ吟味する。
クネホは人格こそ壊れているが、美への拘りは本物だった。
彼女の紹介する服飾職人は腕がよかった。
「どれもすごいですね」
ネリエは布を手に取り、感想を述べた。
刺繍の凝り具合が病的だ。
見えないところまで細やかな針仕事がある。
気に入ったものがあると、商人が由来を説明してくれた。
「こちらは雉の天上人の作例でして、鳥らしく空を想起させる模様となっております……」
「ふぅん……。雉ね。鳥なのに、こんな細かい刺繍できるの?」
雉の手は翼と一体化している。
細かい仕事には何かと邪魔なはずだ。
手先が器用という印象もない印象もない。
「もちろん、雉でございますよ?」
商人は少し目をそらす。
怪しい……。
「本当に? 実は人間に作らせているとか――――」
「めめめめ滅相もございません……! 皇族の受注をにににに人間の下請けに出すなど……」
下請けとは一言も言っていないのだが……。
気を取り直す。
商人をいじめるのが目的ではないし、ネリエとしては服の質が重要なのであって、誰が作ったかは関係ない。
様々な吟味をして、衣装の方向性を決めた。
納品は早ければ早いほどよい。
前金はクネホが出してくれた。
聖水のお礼らしい。
ちょっと心苦しい。
「それにしてもぉ、そんな衣装を、何に使うのぉ?」
「それは出来上がってからのお楽しみです」
†
衣装作りは着々と進み、七日ほどでネリエの下に届いた。