14 攻めの一手1
†ネリエ†
お茶会から七日後。
第一回派閥会議を開催した。
場所はネリエの離宮。
参加者はネリエ、マーカ、メリリの三人だ。
まずはお茶を一服。
落ち着いてきた頃合いで話を始める。
「さて、派閥会議をはじめ――――」
「お待ちなさい。三人しかおりませんわよ?」
マーカから指摘が入った。
よい質問だ。
ネリエは努めて冷静に事実を告げる。
「実はこれで全員なのです」
「はぁ? わたくしの家族より少ないのですが?」
「……いずれ増やすつもりです」
「減らすつもりで運営する者などいませんわよね?」
ごもっともだ。
派閥にとって数は力。
多い方が力も強く、意見も通る。
だから、誰もが多数派に属したがる。
裏を返すと、少数派は人気がない。
義理や人情で成り立つのが実情だ。
抜けると言われたらどうしよう。
ネリエは緊張してマーカの様子を伺う……。
「まぁ、思ったよりは少ないですが、こんなものでしょう」
「意外ですね……。怒られるかと思いましたが」
「ふん。人がいないことなど、調べはついていますわ。飛竜の分家なんでしてよ?」
「……わかっていて入ったんですか?」
「相応の対価をいただけるとのことでしたもの」
空調設備とお菓子だ。
あれと対価に未来を棒に振るのか。
マーカの場合、受け入れ先がないから仕方なくかもしれないが。
その辺は深掘りしない方が双方のためだ。
「で、議題はなんですの?」
「もちろん、人を増やす方策を考えるためです」
質より数を優先させて中立派を囲い込む。
ドラコーン派が対策を講じるより早く、勝負を仕掛けたい。
「でしたら、報告すべきことがございますわ」
「何かあったのですか?」
「えぇ。お茶会以降、反蛇龍の派閥から接触を請けているんですの」
これまでマーカは誰からも声をかけられることがなかった。
急に人が寄ってきたのは、ここ数日だという。
お茶会が原因なのは間違いない。
「わたくしが第二皇女の下についたと噂になっているのでしょうね」
「……しかし、不用意に接触してくるとも思えませんが?」
聞くと、メリリが笑った。
「姉さまはぁ、今までひとりぼっちだったからぁ、信用されてるんじゃないかな~、ってあたしは思うなぁ」
「なるほど……」
仲間はずれにされること十七年。
マーカには裏がない、と誰もが知っているのだ。
これが例えば、”別の派閥からネリエ派に鞍替えした誰か”だと、蛇龍の間者という可能性が拭えない。
周囲も慎重に動くはずだ。
「つまり、わたくしが孤高かつ清廉なる存在であることが認められた、ということですわね」
「……そういう見方もできますね」
「? 事実ですわよ?」
マーカは真顔だ。
なんと強靭な心なのか……。
「それで、声をかけてきた者には、どのような対応を?」
「派閥に興味があるのなら、わたくしからネリエ様に取り次ぐと伝えましたわ」
「可能なら自分で会いたいのですが……」
「イケませんわ」
却下された。
派閥の長が安易に顔を見せるのは、格式を貶める行為らしい。
どの派閥でも長は自分で動かない。
側近のような連中に仕事をさせるそうだ。
「わかりました。この件はマーカに任せます」
議題を一つ片付ける。
二つ目はメリリから挙げられた。
「皇女様の実家はぁ、何をしてるのぉ? なんでここにいないのぉ?」
「それが音沙汰がないのです。こちらから連絡すべきかも迷っているのです」
「えぇ~? 生活しなくちゃいけないんだよぉ? 使用人とか護衛は言われなくても用意して欲しいって、あたしは思うな~」
「そうですわね。身の回りの世話など指示を出されてからやるようでは二流も二流。御三家とは思えませんわね」
二人から奇譚のない意見が出る。
ネリエの直感と同じだ。
やはり連絡がないのは異常と見るべきだ。
「手紙を書いた方がよろしいでしょうね。厳しく言わねばなりませんわ」
「それ、あたしが書く~」
メリリが手を挙げた。
見るからに詩歌が好きそうだし、任せることにした。
最後の議題は逆向きの発想。
守りについてだ。
「守るのぉ?」
「えぇ、今、私には暗殺者が差し向けられているはずです」
「……えぇぇ!? そうなのぉ!?」
「確証はありませんが、おそらく」
理由は簡単。
ネリエがお茶会を開いたから。
この話はドラコーンにも伝わったはずだ。
側近辺りが暗殺を提案しているだろう。
「そんなことでぇ、殺しちゃうのぉ? お姉さんなんでしょ?」
「血縁など関係ありません。元よりドラコーンは兄弟姉妹を皆殺しにして、皇位を獲ったのですよ?」
ネリエが仲間を増やせば、殺すのも難しくなる。
厄介事は小さいうちに潰そうと考えるはずだ。
殺害はなんらおかしな話ではない。
「その洞察力、さすがですわね」
マーカが含みのある笑みを浮かべた。
「実は、わたくし、とある方から手紙を預かってるんですの」
マーカは懐から封筒を取り出した。
淡い桃色の便箋。
差出人は女性だ。
「この人は……」
署名はテューパ・バダリー。
十二天将の一人だった。
彼女は羊の天上人で、あの日、最後まで部屋に残った。
そして、ネリエに協力してもよいと言った。
早速、内容に目を通す。
「……助けられてしまいましたね」
「ね、ねぇ、なんて書いてあるのぉ?」
ネリエはメリリにも手紙を見せる。
手紙には彼女の霊術が千里眼であること。
それによって皇帝を監視していること。
そして、皇帝が暗殺を承認したことが書かれていた。
……表立っては動かないと言っていたのに。
こんな手紙を書く時点で最大限の援護だ。
バレたら十二天将とは言え、ただでは済まない。
「あ、暗殺を承認って、ど、どうするのぉ?」
「無論、手は打ちます」
「わたくしたちの護衛を貸すこともできますが、……皇帝の側近を押さえることは不可能ですわ」
ドラコーンは腐っても皇帝だ。
彼の放つ暗殺者となれば、当然、国で一番だ。
対等に戦える者は限られる。
「護衛など不要です。ただ、守るだけなどつまらないでしょう?」
「……守らないのなら、どうするんですの?」
「攻撃こそが最大の防御ですよ。腕のよい服飾職人を紹介していただけますか?」
「服飾……、職人?」
言うと、マーカは目を丸くしていた。
メリリの方が手を挙げた。
「よくわからないけどぉ、あたしぃ、いい人紹介してあげるよぉ。国で一番の人だと思う」
早速、その人に連絡をとってもらう。
次の打ち合わせは明日。
急だが、今は時間がない。
こうして第一回派閥会議は終わった。