表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/199

13 出会い2

    †ジン†


 ミトは人間街へ向かった。

 天上人の姿はなく、通りを歩くのは人間だけだ。

 道なりに(ひさし)が張り出し、野菜や生活用品が売られている。

 表通りとは異なる趣の活気があった。


 道中、女性陣から話を聞いた。

 彼女たちは針子奴隷だという。

 衣装を直すのが仕事で、彼女たちの職場には五十名くらいの針子がいるそうだ。

 全員女性で年齢はバラバラ。

 主な顧客は下流天上人だ。

 しかし、時折、上流天上人向けの衣装もこっそり受注するらしい。


「いいのか、それ?」


 上流天上人の日用品はすべて天上人が作ると聞いたことがある。

 人間の手が入ったものは穢として使わないからだ。


「ダメよ。言ったら殺されるから秘密よ?」


 ミトは笑顔で言う。

 天然なんです、と女性が額に手を当てていた。

 周囲の人間の苦労が忍ばれる。


 ミトはこんな奴だが、腕はいい。

 稼ぎも町での上位に入る。


 針子は倍率の高い職だ。

 女たちは幼い頃から親元を離れ、修行を重ねる。

 そして、その中から選ばれた者だけが天上人の奴隷になる。

 家族とは暮らせないが生活は安定する。

 人間の生活としては、かなりよい方だ。


「でもね、ジン。いいことばかりじゃないのよ。私たちは結婚が許されないの!」

「だから、夫婦が珍しいって言ってたのか」

「そうよ。夫婦なんて、それも、愛し合った夫婦なんて、本当に数えるほどしかいないんだから! ねぇ、ジンもひどいと思うでしょ?」


 ミトは口を尖らせる。


 女しかいなくて嫌だ。

 出会いがない。

 素敵な恋がしたい。


 微笑ましい不満ばかりだ。

 でも、そういうことに悩めるのが幸せの証だろうとも思う。



「ついたわ! ここが私の家よ!」


 ミトの家は人間街の一角にあった。

 集合住宅が多い中、一軒家だ。

 周囲に比べると外見が古い。

 歴史を感じさせる佇まいだ。


「……なんだか、この家、懐かしい感じかも」


 カルが家を見て立ち止まる。

 どの部分が琴線に触れたかはわからない。

 ジンも長らく里にいたが、懐かしいという感じはしない。


「どうしたの、ジン。お婆さんは家の中よ?」


 考えていると、ミトに急かされた。

 待たせるのも悪いので、一旦、家のことは保留にした。


 ミトの家は存外に小さかった。

 小さい土間と奥に板の間。

 家に部屋は一つだけで、押し入れから布団を出し入れするようだ。


 煮炊き用の竈が土間にあり、囲炉裏はなし。

 代わりに火鉢が置かれ、それが唯一の暖房だった。


「お婆さん、この人、私が天上人様に粗相をしてしまったところを助けてくれたの! でも、よい人がいて、私のことはもらってくれないんだって!」


 ミトが一気にまくしたてる。

 大分、恨みがましい紹介だった。


「よく来たね」


 黙っていたお婆さんが口を開いた。

 火鉢の前に正座している。

 小柄でかなり老齢だ。


「孫が世話になったんだってね。感謝するよ」

「別に大したことじゃねーよ」

「うちの護衛は肝心なときに何をしてるんだろうね」

「お婆さん、ムーキは護衛なんかじゃないわ! お友達よ!」

「冗談さ。期待して言ったわけじゃない」


「護衛なんているのか?」


 今の話しぶりだとそう聞こえた。


「昔の話さ。うちの家系は人間の中でも特別でね。ちょっと偉い人だったらしいんだ。今でも家の周りに住んでいるのは、元々護衛だった人たちの子孫だよ。その人たちには世話になっていてね」

「ミトが言ってた、なんとかって奴もそうなんだな」

「そうだね。今ではただのお隣さんさ」

「変わった話だな」


 人間なのに偉い人。

 そして、護衛を抱えていた。

 珍しいこともあるものだ。


 ジンは満足して考えるのをやめた。

 しかし、カルはやめなかった。


「ちょっと偉いってどう偉いんですか?」

「さぁ……。詳しいのは爺さんだったんだけど、もう何年も前に死んでしまってね。私はあまり聞かされてないんだ」

「じゃあ、偉いのはお爺さんの先祖だったんですね?」

「そうなるね」

「護衛の人たちに会えませんか?」

「今は、仕事中さ。なぜそんなことが気になるんだい?」


「僕も同じだからです」

「同じ?」

「このお守りに見覚えがありませんか?」


 カルは着物から首飾りを取り出す。

 陰の者が身につける証だ。

 ……それを見て、お婆さんの顔色が変わった。


「驚いたね。似たものを持ってるよ……」

「それはもしかして、翡翠色じゃないですか?」

「どうして色までわかるんだい?」

(ヒンディ)に聞き覚えは?」

「あるけど……。護衛の仇名さ」

「やっぱり……」

「待て待て。何がわかったんだ?」


 カルは確信を持って質問していた。

 何らかの仮説があったからだ。

 カルは深呼吸してから言った。


「ジン、驚かないで聞いて。……この人たちは人間王の血族かもしれない」

「えぇ!?」


 血族。

 つまり、親戚ということだ。


「どうして!?」

「護衛の話があったでしょ? あれって、人間王と陰の者にそっくりだと思わない?」


 思う。

 それはジンも気づいていた。

 しかし、まさか王族と陰の者が自分たち以外にいるとは思わなかった。


「僕もまだ信じられない……。けど、陰証を持ってるなら間違いないよ」

「どれ、確かめようか」


 お婆さんは奥の棚から首飾りを持ってきた。

 ジンが持つ者と同じ、翡翠で作られた首飾りだ。


「あ、あれ? 翡翠の奴は一つしかなかったんじゃないのか?」

「それは僕らの里の話。他にもあったんだよ……」


 王子は陰の者から翡翠の首飾りをもらった。

 陰の者の子孫は、王子の直系を見分けるために、以降、翡翠の首飾りを作るのをやめた。

 だが、翡翠の首飾り自体がなくなったわけではない。


「でも、王族の子孫はうちじゃないのか?」

「直系……、というか、本家はジンの家系だと思う。でも、当然、傍系だっているよね」


 初代人間王に王子は一人だった。

 しかし、王子の子供が一人とは限らない。


 兄弟が入れば家族も二つになる。

 分家とでも言うべき者がいる可能性は十分あった。


 その者は少数の陰の者を連れ、本家とは違う道を歩んだ。

 そして、帝都へ流れつき、今日まで血をつないできた。

 それがミトの家だ。


「あくまで仮説だけど。間違ってないと思う」

「じゃあ、ミトをスグリに間違えたのも……」


 血筋だから。

 そう言われると、納得しそうになる。

 広大な国で血縁者と偶然出会う。

 それだけでも十分驚くべきことだ。

 しかし、本当の驚きはそのあとにあった。


「じゃ、あんたらもマナロ様と面識があるんだね?」


 お婆さんはそう言った。

 ……ジンは完全に思考が止まった。

 誰と、誰が、面識が、ある?


「なんだい、その様子じゃないのかい?」


 カルがかろうじて返事をする。


「あの、……面識って、どういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ。知り合いかと思ったんだ」

「えーっと……、すいません。マナロって、マナロ戦記のマナロですか? 前皇帝の?」

「それ以外にマナロと名乗る人はいないよ」


 お婆さんは当然のように言う。

 だからこそ、わからなくなる。


 マナロと面識?

 そんなもの、あるわけがない。

 あっちは天上人の、それも皇帝だ。

 千年も前に生まれ、三年前に死んだ。

 山奥の村で生まれ、三年前に外に出たジンと接点を持つはずがない。


 だが、何より恐ろしいのは、お婆さんが”あんたらも”と聞いた点だ。

 まるで自分は会ったことがあるかのような言い方だ……。

 人間街に住む老婆がマナロに会う。

 それこそあり得ない。


「あり得るさ。一度だけ会ったことがる。爺さんが死んだときだ。葬式に来たのさ」

「葬式に……、マナロが……?」


 爺さん、つまり、ミトの祖父は人間王の血族だ。

 もちろん、人間だろう。


 今の生活を思えば、奴隷として順応していたのは間違いないし、生活圏は人間街。

 天上人が立ち入るはずのない街の最下層だ。

 マナロが出向く理由がない。


「マナロは葬式でなんて?」

「多くは語らなかったよ。私らも、まさか皇帝が来るとは思わなくてね。みんな驚いて黙ってたから。ただ、……」

「ただ?」


「手紙を置いていったんだ。昔、爺さんの先祖からもらった手紙だそうだ。自分も近いうち死ぬから返すってね」

「……手紙を」


 爺さんの先祖……。

 となれば、初代人間王から爺さんの父親の誰かだ。

 その人物がマナロに手紙を書いた……。

 ……マナロは初期の頃から人間を奴隷にしていた。

 手紙を受け取る道理がない。


「その手紙って、今、ありますか?」

「あるよ。持ってこよう」


 お婆さんは棚から手紙を持ち出してくる。

 筒状に巻かれた一枚の紙だ。

 今とは材質が違うのか、嫌に黄ばんでざらついている。


 書かれている内容は……。


「なんだこれ……。全然読めないじゃねーか」


 手紙は奇妙な言語で書かれていた。

 達筆だからというわけでもない。

 見覚えのない文字ばかりだ。

 少なくともバサ皇国の言葉ではない。


「昔の言葉かもしれない」


 バサ皇国はマナロが統一した際に公用語を一つに絞った。

 他の言語はここ千年で廃れてしまった。

 そのうちの一つというのは有力な説だった。


「じゃあ、昔、人間が使っていた文字か?」

「かもしれないね……」

「……ん、これ最後だけ読めるんじゃないか?」


 冒頭から文字を追いかけていくと、最後の一行だけ違う言語で書かれていた。

 バサ皇国の公用語だ。

 これならジンにも読める。


「なんて書いてあるんだ……、えっと……」


『人間は力を手放ねばなりません。マナロ様、あなたが人間を滅ぼしてください』


 意味は、よくわからない。

 人間がマナロに頼んでいるように読める。

 だが、意味がわからない。


 人間が力を手放す、とはなにか。

 人間は昔から何も持っていない。

 だから、天上人に破れたのだ。


「……なんだよ、これ」


 読めはしたが、余計に混乱した。

 マナロとは一体、なんだったのか。

 あいつは、人間の敵だった。

 人間を奴隷にし、今のバサ皇国の礎を作った。


 しかし、一方で爺さんの葬式に来て、手紙を置いていった。

 手紙にはマナロと人間が、まるで親交があったかのような一文がある。


 マナロが生きていさえいれば。

 他の部分が読めさえすれば。


 ……だが、現状、どちらも叶わない。

 手紙の意味は闇の中だ。


 考えても答えは出ない。

 ただ、謎が残るばかりだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ