9 お茶会2
†ネリエ†
三日後。
ネリエの離宮に助っ人がやって来た。
「こ、こんにちは……」
「あら、…………あらららら、どうしたのよ!?」
ティグレが連れてきたのはヒヌカだった。
さすがに驚きが隠せない。
彼女は人間国にいるはずなのだ。
なぜ帝都の、それも皇城にいるのか。
「ジンがね、ソテイラ様との約束があるからって……。それでわたしも着いてきたの」
「そういえば、そんな話もあったわね」
領主と出会う前の話だ。
ジンは律儀に覚えていて、約束を守ろうとしたのだ。
らしいと言えばらしい。
「それで、どうしてここに?」
「お菓子を作れる人が他にいなかったから、かな」
「あー」
概ね事情は察した。
ネリエが手紙を送ったのは領主だ。
曲がりなりにも領主だし、料理人くらいは抱えているだろう。
案を出してくれたらいい、くらいの気持ちだった。
しかし、領主の料理人では希望を叶えられなかった。
それで、その場にいたヒヌカに白羽の矢が立ったのだ。
ヒヌカは料理が得意だ。
腕前は自身の舌で確認している。
「詳しい話は聞いてないんだけど、わたしじゃダメだったかな?」
「そんなことないわ。一発逆転の目が出るかも」
領主の料理人は所詮、皇室付き料理人の下位互換だ。
流行を作り出せる見込みは薄い。
だったら、人間の感性に賭けるのも悪くはない。
「ヒヌカにはお茶会で出すお茶菓子を作ってもらいたいの」
居室に招いて、早速、相談をする。
呼ぶ人数は多くて五人。
お茶とお茶請け。
この組み合わせでもいいし、なんなら昼食会にしてもいい。
「ふむふむ、呼ぶのは上流天上人だよね? 普段、どんなものを食べるの?」
「普段はそうね……」
今現在、ネリエが食べているのは人間時代の食事だ。
皇族が食べるものとは違う。
「皇族が食べるのは……」
四年前の記憶を掘り起こす。
見たことのある食べ物を思いつく限り列挙した。
流行は移ろうので、情報としては古いが、ないよりはマシだろう。
「ううん、古くても参考になるよ。料理は変わるけど食材は変わらないから」
「確かに、今も昔も高級食材って同じよね……」
「あと食事の決まりってない? 今、聞いた献立には肉がないけれど、……食べないの?」
「ごめん、忘れてたわ。動物は禁止なの」
帝都には多様な天上人がいる。
鹿の天上人がいる町で、鹿の串焼きが売られていたらどう思うか?
多種多様な種族がいるからこその配慮なのだ。
「魚と野菜はいいの?」
「それは大丈夫。対応する天上人がいないから」
「他はない?」
「えっと、虫も禁止ね」
「蟲の天上人がいるからだよね?」
「んー、ちょっと違うのよね」
蟲の天上人は基本的に帝都にいない。
それでも禁止なのは蟲が卑賤だとされるためだ。
知能が未発達だったり、吸血性だったり。
理由は様々ある。
人間よりは上だが、他の天上人に比べると下。
そんな位置づけなのだ。
禁忌の次は本題のお菓子に入る。
どういう甘さが好まれるのか。
代表的なお菓子は何なのか。
ヒヌカは予め領主の料理人から基礎を習ってきたようだ。
質問が逐一、的確だった。
「これだけ聞ければ十分かな。あとは……、お菓子とは関係ないけど、模様替えが必要だね」
「この部屋だとダメかしら?」
「自動小銃が置いてある部屋で美味しくお菓子が食べられると思う?」
「思うけど?」
「それはやめた方がいいかな」
即答すると、ヒヌカに苦笑された。
なんで?
今の呆れるところ?
納得がいかない。
結局、ティグレにも言われて、部屋の装飾も変えることになった。
†????†
飛竜分家。
サンアー家。
そこにはワガママなことで有名な姉妹がいた。
「わたくしはよく熟れた菴羅を食べたいと言ったはずですが!」
「し、しかし、お嬢様。この季節に菴羅は取れず……」
「何とかするのが執事の役目でしょう! 今日中に持ってきなさい! できなければ首にします!」
「ヒエッ!」
長女マーカ。
十七歳で、背が高い。
濃い緑色の髪を頭の後ろでまとめ、常に赤い着物を身につけている。
「あたしがぁ、今日の朝に何を食べたか知ってるでしょう? あたしは、お米とお野菜のお漬物とお吸い物と、お魚を食べて、お吸い物がとっても美味しいなって思ったの。それと、さっき厨房の前を通ったとき、甘い匂いがしたから、あたしも甘いものを食べたいな~、って思ったの。なのに、なぁにこれは。お煎餅じゃない」
「し、しかしながら、お嬢様。昨日、どうしても堅焼き煎餅が食べたいとおっしゃっておられたので……」
「それはぁ、昨日のあたし。今日は気分が違うに決まってるじゃない」
次女メリリ。
十四歳で、小柄でなで肩。
ふわふわした薄緑の髪に桃色の髪留めをつけ、常に桃色の着物を身につける。
マーカとメリリ。
彼女らは知らぬ者はない有名な皇族だった。
とにかく、ワガママ。
何かにつけて文句をつけ、周囲の者を困らせる。
あまりにワガママであるため、誰も執事をやりたがらない。
募集をかけても一人も応募がなく、彼女らの父が派閥の者を無理やり執事にする有様だった。
そんな二人は、どこの派閥にも所属していない。
これも理由は簡単だ。
ワガママ過ぎるため、どこも入れてくれないのだ。
なまじっか血筋がよいため、お茶会に呼べば、この姉妹が最上位となる。
そんな場でワガママを爆発されたら、主催者は死ぬ。
故に誰も二人をお茶会に呼ばない。
呼ばれないということは派閥に入れない。
そんなわけで二人は、どの派閥にも属さず、わが道をゆくのだった……。
ところが、この日、二人のもとに手紙が届く。
マーカが封を切ると、中にはお茶会への招待状が入っていた。
「メリリ、お茶会への招待が来ていましてよ。何年ぶりかしら」
「まぁ、本当、お姉さま? 主催者はどなた?」
「ネリエ様ですわ。確か、最近、帝都に戻ってきた皇族ですわね」
「へぇ、お姉さまはどうするの? あたし、難しいこと、わかんな~い」
「呼ばれたからには参上しますわ。皇女のお誘いですもの」
「じゃあ、あたしも行こうかしら~」
「執事! 世界で最も素晴らしい手土産を用意なさい! 候補を五つ上げ、わたくしが最終的に選びます! 明日の朝までに用意できなければ首にします!」
「ひ、ひぇええ……」
菴羅探しに奔走していた執事はここで泡を吹く。
「畜生……、俺が何をしたってんだ……。無茶なことばかり言いやがって……」
そして、執事に抜擢されてしまった自身の運命を呪うのだった……。