表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/199

7 出立2

    †ジン†


 帝都には五日ほどで到着した。

 帝都ルンソッド。

 大陸ショーグナの中央に位置し、バサ皇国の中枢を担う。

 都市は巨大な城壁に囲われ、南側に正門がある。


 正門からは北に向かって大通り(ガリエ)が続く。

 都市は通りを中心に栄え、この辺りは下流天上人が住まう区画だ。

 下流と言っても帝都の下流は金持ちが多い。

 商売で成功した者は屋敷を構え、金のない諸侯を相手に金貸し業をするという。


 建材は木材が主流で石造りはほとんどない。

 ガレンよりも更に天上人の数が多く、種族も豊富だ。

 ベルリカでは馬や羊、牛の天上人はあまり見なかった。

 領主が獅子だから肉食動物の天上人が集まったのかもしれない。


 大通り(ガリエ)を進むと天上街にたどり着く。

 天上街もまた城壁で囲まれ、中が見えないようになっている。

 この中には帝政に携わる中流以上の天上人が住むという。

 皇城もこの奥だ。

 そこにはバサ皇国の皇帝がいる。


 当然、人間は立入禁止だ。

 ソテイラでも事前に許可状を出さねばならないらしい。

 ジンの出番は勇者ノ日なので、それまで天上街に用はない。


 領主が下町に屋敷を持つので、そちらに向かう予定だ。


「私の工房で宿泊して貰う予定だったのだが……」

「領主と約束しちゃったんだよな。帝都についたら行くって」


 ソテイラは心なしか残念そうだ。

 しかし、約束なので仕方がない。



 天上街の前でソテイラと別れ、待ち合わせ場所へ向かう。

 来る途中に見た大広場(カガナパン)だ。

 大通り(ガリエ)には天上人しか歩かないので、裏通りから向かう。


「町が立体的になってるんだね」


 裏通りは背の高い建物が多い。

 総じて四階建てくらいだ。

 そして、二階以上が渡り廊下や階段で接続されていた。

 見上げると空が難しい形に切り取られる。


 縦方向にも広い町は初めて見た。

 見ているだけで楽しくなる。


「ジン、上に行ってみようよ」


 ヒヌカに手を引かれる。

 上の通路に出るには、どうやら店の二階から外に出ればいいようだ。

 適当な店を通り抜け、二階へ。


 二階より上は景色が違った。

 ここにも別の通りがあり、地上とは異なる店が並んでいた。


 地上は布や板など資材系の店が多い一方、二階は加工された商品の店が多い。

 棲み分けがされているようだ。


 三階以上に行くには、建物の外に作られた階段を使う。

 面白いのはすべての建物がつながっていない点だ。

 つながっている建物とそうでない建物がある。

 目的地に行くには、階段を登ったり降りたり、複雑な移動が必要だ。

 迷路のようで、それはそれで楽しい。


「おい、人間は下を歩け!」


 はしゃいでいると通りすがりの天上人に怒鳴られた。

 聞けば、二階以上の通路は天上人専用とのこと。

 道理で人間を見ないわけだ。


 面倒事を避けるために、大人しく地上に降りる。

 ふと思い返して、


「怒られただけで済むってすごいよな」

「言われてみれば、……そうだね」


 他の町だと人間が粗相をしたら罰を与える。

 殴ったり、程度によっては殺したりする。


 ジンが最初に見た町がそうだった。

 食べ物を盗んだ人間が殺された。

 天上人はそれくらい手軽に人間を殺す。

 帝都だと事情が違うのかもしれない。


「ごめんね、わたしのせいで。次から気をつけるね」


 ヒヌカが言う。

 別にヒヌカが悪いわけではない。

 ただ、気を引き締めるきっかけにはなった。


 初めての土地なのだ。

 警戒するくらいがちょうどいいのだろう。


    †


 領主の下町屋敷は、屋敷というより大きめの家だった。

 人間奴隷が住んでおり、領主の世話をする天上人の世話をするのが仕事だ。

 二階建ての住居に五人住まい。

 日常的に部屋が余っているそうだ。


「ひさしぶりだな、人間王!」


 今日はジンを迎えるために領主もいた。

 他方、奴隷たちは縮こまっていた。

 領主が呼んでも、中々姿を現さない。


 上流天上人がいるのだ。

 無理もない。

 それより重要な話はいくらでもある。


「皇帝とは話したのか?」

「まだだ。皇帝陛下への説明は来月だからな」

「そんなに先なのか」


 領主が帝都に来たのは結構前だ。

 とっくに話したものと思っていた。


「面会許可が降りんのだ。祭りの延期と関係するのかもしれない」

「え? 祭りって延期するのか?」


 その話は初めて聞いた。

 ソテイラは何も言っていなかった。


「あぁ、先日触れが出てな。本来なら今月だが、来月に延ばすそうだ」


 なら、ソテイラも知らなかったのだろう。

 移動中に予定が変わったわけだ。


「あと一月もあるのか……」


 思った以上に長い旅になる。

 そこまでは想定していなかった。


「この屋敷は自由に使ってもらって構わんぞ。暇つぶしなら人間街を見るといい」

「それじゃ、まるで遊びに来たみたいだな」

「少しは休め。疲れているだろう?」

「それより帝都の武術が見たいな。どんなのがあるんだ?」


 違う流派がいるなら習ってみたい。

 そう言うと、領主は苦笑しつつも、教えてくれた。

 明日から早速探してみることにしよう。


「あの、エリカは元気なんですか?」


 話が雑談じみてきたところでカルが聞いた。


「……それなんだが、正直、わからん」


 皇城の話は領主まで降りて来ないそうだ。

 皇城は帝政の舞台。

 領主とは言え、伝がなければ中の様子はわからないらしい。


「何かあれば頼ってくれとは言ってあるのだが……」

「手紙もないんですね」

「こっちから行けばいいんじゃないのか?」

「できたら苦労はせんよ」


 皇城は帝政に携わる者のみが登城を許される。

 仮に許されても数ある部屋の一つに通されるだけで、有益な情報は得られない。

 結果、エリカの情報も入ってこない。


「手紙がないのはいい知らせかもしれないですよ?」


 ヒヌカが前向きに言う。

 困ってないから手紙を出さない。

 そういう考え方もある。


 第一、相手がエリカだ。

 元気です、などという手紙を送ってくる奴には思えない。

 最初の手紙は、これをやれ、あれをしろ、という指示書に違いない。

 そう言うと、カルが同意してくれた。


「らしいと言えばらしいね」

「だろ?」


 そんな話をしていたときだった。

 頑なに姿を隠していた奴隷が襖を開けて入ってきた。


「恐れながら領主様にお手紙が届いたとのことです。火球の要件につき、速やかに開封していただくようにと……」

「宰相殿からか?」

「い、いえ、……ネリエという方からでございます」

「なんと!」


 ネリエは、皇女としてのエリカの名前だ。

 話の最中に手紙が来るとは。


「おい、早く開けろ。なんて書いてあるんだ」

「急かすな、今開ける」


 領主が封を切って、手紙を読み上げる。

 そこにはこう書かれていた。


『今、私は困った状況に置かれています。若い女が好きそうな美味しいお菓子の作り方を教えてください』


「……」

「……」


 領主と顔を見合わせる。


「お菓子? なんで?」

「さぁ……」


 文面を読み返す。

 若い女が好きそうなお菓子の作り方。

 エリカが何をどう困っているのかがわからない。

 第一、なぜお菓子を領主に聞くのか。


「お菓子なんか作れる奴いるのか?」

「帝都にも専属料理人はいるが……、菓子は作れないだろうな」


 専門家なし。

 それでは、話が始まらない。


「てことは、一番得意なのはヒヌカか?」

「え、わたし?」


 ヒヌカは昔から何でも自分で作っていた。

 少人数向けの凝った料理から、大人数向けの鍋物。

 もちろん、お菓子も。

 大抵、どれもうまかった。


「ならこの件、ヒヌカに頼むとしよう」


 なし崩し的にヒヌカが担当になる。

 領主はヒヌカが協力する旨の手紙を認める。

 それにしても、お菓子とは。

 エリカの奴、何をしてるんだろうか。


 ジンは首をかしげるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ