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6 出立1


    †ジン†


 ベルリカ分家謀反から一ヶ月。

 ジンはすっかりやつれていた。

 振り返ると、寝ていない日もたくさんあった。


 人間国が難しい状況に置かれたのもある。

 しかし、一番の原因はエリカがいないことだ。

 自分たちがいかにエリカを頼っていたか。

 いなくなってから思い知った。


 もちろん、エリカも国の行く末は気にかけてくれていて、書き置きを残してくれた。

 内容は詳細で気遣いが見える。

 それでも、理解できない部分がいくつかあった。


 指示が高度過ぎるのだ。

 ジンやその周囲の人間では理解できない。

 エリカが当然だと思う前提がわからない。


 ジンは里長を巻き込んで勉強を始めた。

 教師としてハービーを招き、死ぬ気で習った。


 並行してエリカの書き置き通りに行動した。

 だが、驚くほどうまくいかない。

 問題が問題を呼び、寝る時間が削れた。

 泣きそうになった。


 しかし、今は時間との戦いだ。

 人間国の置かれた状況は芳しくはない。

 ベルリカでの事件が皇帝にも伝わったためだ。


 皇帝の判断次第では、バサ皇国が敵に回る。

 領主は「最後まで人間の味方だ」と言ってくれた。

 そして、今は皇帝に事の顛末を説明するため、帝都へ向かっている。


 説明の席にソテイラも同席するらしい。

 彼は皇帝にも覚えがよく、霊公会の司教という役位を持つ。


 悪いようにはならない、とソテイラは言っていた。

 変わり者だが信用はできる。

 その点でジンは楽観的に構えていた。


 そして、ジンも帝都に行くことになっていた。



「じゃあ、行ってくるな」


 ジンはスグリの墓に手を合わせる。

 忙しくて、ほとんど来てやれなかった。


 スグリが死んでもう一ヶ月が経つ。

 まるで実感が湧かない。

 三年も離れ離れだったからだろうか。

 また会えるような気がしていた。


 スグリの墓は人間国に置かれていた。

 領主の婚約者なのだから、領主の墓でもよかった。

 だが、今の段階で人間を天上人の墓に埋葬するのは無理だ。

 いつか時が来れば、スグリの骨はベルリカ本家の墓所へと移されるだろう。



「支度はできたか?」

「あぁ、いつでも出発できるぞ」


 屋敷の前でソテイラが待っていた。

 帝都にはソテイラの馬車で移動する。


 ソテイラが領主とジンを引き合わせる代わりにジンは青い炎を提供する。

 その約束を果たすためだ。


 炎は勇者ノ日で使われる。

 七日続く祭りの最終日、青い炎を大霊殿に奉納する儀式がある。

 奉納は五年に一度しか行われない。

 マナロが崩御して三年。

 今年がその奉納を行う年だった。


 人間国の状況を思えば王が遠方へ出向くのは望ましくない。

 しかし、切り株の誓い(ダヤミ・パナータ)で約束された誓いは絶対だ。

 反故にしようとは思わない。


「荷物は全部積んだよ」

「わたしたちも大丈夫です」


 馬車の中からカルとヒヌカが顔を出す。

 帝都に行くにあたって二人も同行する予定だ。

 カルは護衛。

 ヒヌカは世話係らしい。


 ヒヌカとは数ヶ月ぶりの再会だったし、すぐに離れるのは忍びない。

 ソテイラが言うには危険のない仕事のようだし、ヒヌカが来てくれるのは嬉しかった。


「では、行こう。奴隷ではない人間との旅路は実に興味深い」


 思った以上にソテイラも乗り気だ。

 国のことは里長に任せ、ジンは人間国をあとにする。


    †


 数日の旅でヌーレに到着した。

 場所はベルリカ領の北。

 ノール領。


 内陸の山がちな領であり、昔から霊的な存在が多く見られるという。

 領都が比較的広い盆地に作られるも基本的に周囲は山だ。

 ベルリカほど栄えている印象はない。


 自然の力が強く、住宅には蔦が絡み、木の根が家を持ち上げる。

 そんな光景をよく目にした。

 一方で、巨大な木をくり抜いて家にしたり、とうまく利用している面もある。


 そんな場所だからこそ司教座大霊殿ダダ・カタロナ・シンバハンを置くに相応しいようだ。

 大霊殿。

 名の通り普通の霊殿より大きく、格式の高い場所を指す。

 国に五ヶ所あり、うち四ヶ所を司教が管轄する。

 そして、ソテイラの管轄がここだ。


「帝都へ向かう前に済ませたい用事がある」


 そう言われ、道中、立ち寄ったのだった。


「でかいな……」


 ジンは大霊殿を見上げる。

 人間百人分くらいの高さだろうか。

 それに同じくらいの横幅がある。


 建物の元の形はわからない。

 壁には蔦が、崩れかけた屋根には木が生え、半ば森と一体化しているためだ。

 中は本殿と呼ばれる大きな広間と、礼拝堂などの小さな部屋がいくつかあるそうだ。

 神聖な場所なのは間違いなく、身なりのよい天上人しか出入りはない。

 ジンはソテイラと共に裏口から入った。


 ちなみに大霊殿の間にも厳格な序列があるらしい。


 帝都からの距離。

 霊的な場の強さ。

 政治的な駆け引き。

 いくつもの要素で決まるそうだ。


 ソテイラの管轄は西。

 最高位の大霊殿だった。



 ソテイラが雑務を片付ける間、ジンは控えの間で待機していた。

 ノール領は治安が悪く、人間だけで歩いていると、絡まれるらしい。

 余計な騒ぎを起こすな、ときつく言われた。


 暇だ、とつぶやくと、ヒヌカに睨まれる。

 カルと違って、ヒヌカは真面目だ。

 ちょっと悪いことしようぜ! と言っても折れてくれない。


 もっとも、入り口は一つで窓のない部屋だ。

 抜け出すには向いていない。

 仕方なく部屋を見回す。


 石造りの部屋で木製の机と椅子がある。

 あとはなぜか竈がある。

 茶を淹れるためだろうか。

 逆に言うと、それしかない。


「ねぇ、この竈、綺麗な石が飾ってあるよ?」


 カルが竈を眺めていた。

 確かに鍋を乗せる部分に青い宝石がはめ込まれていた。

 バランガでも竈に青い石を飾る習慣があった。

 不思議だ。


「天上人は火を使う場所には青い石を飾るんだよ。マナロの炎のご利益があるからって」


 ヒヌカが解説する。


「よく知ってるな?」

「お爺ちゃんに習ったの。他にも知ってるよ」


 お爺ちゃんとは領主直轄地にいた猿の天上人だ。

 なぜかヒヌカは仲良しだった。


 ヒヌカは青い石のご利益を語る。

 旅人が安全を祈願して懐に入れる。

 安産祈願で妊婦が持つ。

 青く塗っただけの石が売れるのだから、商人も青い塗料を躍起になって集めようとする。

 青はバサ皇国にとって最も好まれる色なのだ。


 そんな話をしていると、ソテイラが戻ってきた。


「待たせた。出立しようか」

「長いぞ。何の用事だったんだ?」

「引き継ぎだ。私がここへ来ることは、もうないのでね」


 意外な返答だった。

 司教が大霊殿に戻らない。

 それは、つまり、


「お前、司教をやめるのか?」

「そのつもりだ。飽きてしまってね。もはや興味がない」


 司教は霊公会で序列第二位だ。

 興味がないからやめると言えるのはすごい。

 ソテイラは呪具(スンパ)だけでも十分やっていけるだろうが。



 ノール領からは東へ向かった。

 馬車で進むこと十日。

 次の町に到着する。


 そこで馬から別の生き物に乗り換えた。

 毛皮に覆われているが犬でも猫でもない。

 では、何に似ているか。


 毛玉だ。

 家くらいの大きさの黒い毛玉。

 そうとしか言えない。


「……これ、大丈夫なんですか?」


 ヒヌカが恐る恐る毛玉に触る。


「無害だ。運搬用に調教されている」


 ソテイラはさっさと馬車に乗る。

 馬車と呼ぶべきか不明だ。

 ここから先は馬ではなく毛玉が荷台を引く。


「もふもふしてて気持ちいいよ!」


 カルが毛玉に埋まっている。

 それを見てヒヌカも同じようにしてみる。

 抱きついても毛玉は動かない。

 楽しくなってきたのか二人で毛玉に登ろうとしていた。


「何をしている。出立するぞ」

「「はーい」」


 ソテイラに怒られ、二人も馬車に乗る。

 毛玉の引く馬車は思ったより普通だ。

 馬と大差はない。

 なら馬でよい気もするが。


「帝都では馬が禁止されている」


 とのことだ。

 理由は帝都に馬の天上人がいるから。

 彼らは馬を家族のように大切にする。

 そうした天上人がいる手前、他の種族も馬を家畜にはしない。

 同じ理屈で牛やロバも使えない。

 だから、代わりに天上人に縁のない動物を使う。


「こいつは何の動物なんだ?」

害のない獣(ハ・ボール)精霊界(アニート)の生物だ。地上界(ルパート)のものとは異なる」


 道理で変な見た目をしているわけだ。

 しかし、もふもふで力持ちなのは便利だ。

 毛皮を取るのにも使えるかもしれない。


 ソテイラが合図を出し、馬車が動き始める。

 次の中継点はない。

 ここから先は皇家直轄地。

 すぐに帝都だ。

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