5 凱旋4
†ネリエ†
翌日から離宮の改修が始まった。
まず、外観と庭の清掃。
離宮は正面から見ると、二階建ての屋敷だ。
離れや別館はない。
三方が森に囲まれるため、縁側は正面にしかない。
屋根に穴が空いているのは、一階の広間。
それ以外の部分は調査の結果、問題なしとわかった。
穴さえ塞いで畳を張り替えれると、一気に廃墟感が消える。
ネリエも掃除を手伝った。
蜘蛛の巣を取り、屋根裏の動物を追い払い、埃を払う。
体を動かすのが久しぶりなので、すぐに息が上がった。
一日一部屋がやっとだ。
「エリカさんは休んでていいのに」
腰の痛みに耐えていると、セイジに言われた。
「あたしの屋敷なんだから、少しは自分でやらないと」
「あはは、そういうところは変わってないね? だったら、二階を手伝ってあげてよ。そっちの方が面白いから」
面白い、とセイジに言われ二階に上がる。
二階は一階に比べると半分くらいしか面積がない。
家の裏手に二階がないからだ。
正面から見たとき大きく見えるよう設計したのだろう。
二階に行くと窓の外から声がした。
顔を出すと、男が二人自動小銃を前に悩んでいた。
「銃座の位置はここでいいか?」
「うーん、なんとなく正面がかっこいいんじゃないか?」
武装の話は本気だったらしい。
しかし、いきなり銃座から入るとは……。
「正面になんかつけたらバレバレじゃない。普段は隠せるようにしないとダメよ」
「おぉ、さすがは本職。鋭い意見だな。射角はどれくらい手前まで狙えればいい?」
「手前より上を意識して。天上人は飛ぶんだから」
「なるほど~!」
男たちと銃座の設置位置を議論する。
あれやこれやと文句をつける。
結局、壁をぶち抜いて可動式銃座にすると決まった。
確かに面白い仕事だ。
屋敷の要塞化。
他人が聞いたらどんな顔をするか。
想像するだけで笑えてくる。
二階が一段落すると、今度は庭に足を運ぶ。
庭は最初の数日で、すっかり更地になっていた。
耕して花を植えるそうだ。
担当は薬学に詳しいノリコ。
彼女は、ネリエをかばって死んだヨリコの妹。
姉妹はどちらもソテイラの奴隷だった。
「庭は見栄えがして、薬になる花を植えようと思うんだけど、どうかしら?」
ノリコが庭の話をしてくる。
最初はどう答えればいいのかわからなかった。
「あたしのこと、恨んでないの?」
迷いに迷って、そう聞いた。
すると、ノリコは首を傾げて、
「どうして?」
「……それは、」
「恨むわけない。姉さんも、エリカのためだったら死んでも仕方なかったって思ってるよ」
ノリコが笑う。
その顔は三年前のヨリコに似ていた。
優しいところまでそっくりだ。
こんなにいい人が人間だからという理由で奴隷になるのは、やはりおかしい。
ノリコが生きている間に、彼女を自由にしてやりたい。
ネリエは人知れず決意を固める。
内装にも手を加えた。
現状、屋敷に家具らしき家具はない。
三年前の事件以降、誰かが持ち出してしまったためだ。
一式揃えるのは金銭的に不可能なので、要所に絞ってそれらしく作る。
応接室兼寝室、厠、厨房、そして、風呂だ。
最低限これだけあればなんとかなる。
本来なら美術品を置くべき場所には、自動小銃を置いた。
上流天上人のみ知る事実だが、ソテイラの呪具は選ばれし者しか持てぬ高級品なのだ。
惜しげもなく自動小銃を飾ることで、装飾への拘りを表現する。
修繕は順調に進んでいく。
当然、一日二日で終わるはずもなく、工期は一月にも及んだ。
最後に太陽光パネルと電源系の整備を進める。
パネルは景観の問題を考慮し、近くの森を切り開いて設置した。
配線のために電柱を設置する。
あちこちに給電されるらしく、思った以上の本数になった。
室内配線はネリエが自前で引き込み、明かりと空調、調理器具の可動を確認した。
最後の配線を引き終え、予定されていた全工程が完了する。
「やった完成だ!」
「ありがとう、みんな。この恩は忘れないわ」
「困ったことがあったらお互い様だよ。皇族って大変なんだろうけど、頑張ってね」
その夜は竣工式を開いた。
相変わらずティグレの姿は見えない。
あとで聞いた話だが、彼は人間を皇城に入れるために、様々な手管を使ったようだ。
考えてみたらそうだ。
皇帝の居城に人間が入れるはずもない。
陰の功労者はティグレだ。
あとで労ってやろうとネリエは思う。
「や~、しばらく見ない間にきれいになったすねぇ」
今回も忘れた頃にティグレが戻ってくる。
「そこに座りなさい」
「えぇ……、俺、なんか悪いことしたっすか?」
ティグレはしぶしぶ畳に座る。
その頭をネリエは撫でてやった。
「なんすか、これ……」
「褒めてるのよ」
「……えぇ、どこの作法っすか」
「人間よ。これからはこれで行くわ」
「金が欲しかったっす……」
ティグレがさめざめと泣く。
金か……。
それもなんとかしないといけない。
やることは山積みだ。
†マンダ・ドドン†
宰相マンダ・ドドンは思案を巡らせる。
ネリエ第二皇女が帝都に戻り、一月が経った。
何をするのか観察していたが、一向に動く気配がない。
離宮に籠もりきりのようだった。
そもそも離宮は三年も放置されており、廃墟のはずだ。
どうしたら、そんな場所に一ヶ月も滞在できるのか。
あるいは修繕を試みているのか。
できるはずなどない。
彼女には協力者も金もないのだから。
とすれば、古ぼけた離宮でさめざめと泣いているのか?
その可能性が高い。
「……どれ、一つ様子を見に行くとするか」
嗜虐心に駆り立てられ、マンダは腰を上げる。
昼に訪ねてもよいが、人の心が弱まるのは夜だ。
夜に突然、姿を見せ、言葉でいたぶってやるのがよい。
皇帝に暴言を吐いた娘が泣く様を想像すると、楽しみで仕方がない。
数名の従者を連れて、夜道をゆく。
森の小道を抜けると、そこにはネリエの離宮だった廃墟が……。
「……な、なんじゃあ、こりゃあ」
マンダは足を止める。
結論から言うと、廃墟はなかった。
屋敷は応急的ではあったが、修繕されていた。
そして、異様な威圧感を放っていた。
まず、夜だというのに強力な光で照らされている。
ソテイラが持つ呪具だった。
そこはいい。
おかしいのは、刈り取られた木々と前庭までの不自然な距離だ。
庭でもなく森でもない。
不思議な空白地帯が道路と屋敷の間にあるのだ。
……うまく説明ができない。
言葉にできない力を感じる。
しかし、彼は宰相だ。
臆する訳にはいかない。
鼻を鳴らして空白地帯に足を踏み入れる。
途端、森から声が聞こえた。
『警告。それ以上の接近は許可されていません。警告に従わない場合は、武力により排除されます』
人間とも天上人とも違う、非生物的な声。
どこから聞こえたのかもわからない。
漠然と森の方から聞こえた。
「だ、誰かいるのか!? いるのなら、姿を見せろ!」
従者が怒鳴る。
しかし、誰も現れない。
声の主は全く同じ文言を繰り返すだけだ。
「は、排除などできるものか……。進むぞ」
マンダは次の一歩を踏み出す。
すると、
バシン!!
足元で何かが光った。
「はひっ」
思わず、数歩後退りして、それから、つま先の激痛に気づく。
つま先から煙が上がっていた。
何らかの力によって、……攻撃を受けた。
正解は大出力レーザーによる威嚇射撃だが、マンダには理解できない。
何か特別な力で攻撃されたとしか思えない。
霊術。
そんな思いが彼の脳裏をよぎるが、皇城で霊術を使えば死罪だ。
自身と一族郎党何もかもを巻き込んで死ぬ。
故に、どんなに感情が高ぶっても使う馬鹿はいない。
だから、余計にわからない。
今の攻撃がなんだったのか……!
「きょ、今日のところはこれくらいにしよう。戻るぞ」
マンダは従者を連れて、逃げるようにその場を去った。
離宮は、……何かとんでもないことになっている。
何がどうとんでもないのかは説明できない。
しかし、とにかく、恐ろしいのは間違いなかった。
後日、マンダはその旨を皇帝に報告した。
そして、誰も離宮には近づかないよう、配下の者に厳命するのだった。