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61 見えざる手



    †ソテイラ†


 無線機から次々と直轄地の状況が告げられた。

 十二天将が直轄地に現れ、戦場を制圧。

 第二皇女が領主と人間王の仲裁。


 いずれも信じられぬ内容ばかりだった。

 茶室の面々は困惑していた。

 トゥーソンなどは、冗談が過ぎる臣下ですな、と笑っていた。

 他の面々も同様だ。

 死んだはずの皇族の介入など御伽噺にもほどがあった。


 だが、ソテイラは報告が嘘ではないと知っていた。

 現地に置く駒は人型呪具(スンパ)だ。

 命じられたことを忠実に実行するためのカラクリに過ぎない。


「私の駒には嘘をつく機能がありません。事実と考えた方がよいでしょう」

「出来心か勘違いということもあるのでは?」

「あり得ません。そういう駒ではないのですから。……十二天将は事実、現れたのでしょう」


 しんと場が静まりかえる。

 トゥーソンが噛みつくように言った。


「ですが、十二天将は皇帝陛下の命がなければ動きませんぞ?」

「報告にあがっていたではありませんか。ネリエ第二皇女が真紅の盃(ターサ)を携えて戻ってきた、と」

「第二皇女は亡くなったはずだ! 生きているはずがない!」

「第二皇女は正式には行方不明。万が一がないとは言い切れません」


 そして、事実、起こってしまった。

 行方不明の第二皇女が生きていて、失われた真紅の盃(ターサ)を持っていて、人間王と領主ナグババの味方をする。

 三重の奇跡があって初めて起こる万が一だ。

 当然、そんなものは想定していない。

 策の範疇にない出来事だった。


「そのような議論に意味はありません。今は計画が失敗したことを憂い、事後策を打つべきでは?」


 ナバーバが口を挟んだ。

 その目には批難の色が宿っていた。


「このような事態もソテイラ様は想定しておいででしょう?」

「無茶をおっしゃる……。第二皇女の帰還など、私でも予期しえぬ事態ですよ」

「では、どうなさるのですか? 領主が人間王を殺害しなかった。ベルリカは改易となってしまうのではありませんか」

「改易? いつからそんな話になったのかしら」


 イーナが睨むように言った。

 カパティードも不安げに顔を上げた。

 七名の視線がソテイラに向けられる。


 ソテイラは無表情のまま、今後の流れを推測する。

 第二皇女の出現はバサ皇国に混乱をもたらすだろう。

 現皇帝との対立は必至だ。

 そんな中で現皇帝が手っ取り早く権力を示す行為がベルリカ領の改易だ。

 第二皇女が否定したベルリカ改易を断行することで、示威を測るに違いない。


 問題は第二皇女がどこまで抵抗できるかだが……。

 さしものソテイラも情報が足りない。

 今後の情勢は未知と言って差し障りない。

 予備の案を実行すべきときだろう。


「私の策は残念ながら失敗したと考えてよいでしょう。今後は被害を小さくするための予後策を取らねばなりません。皆様のご期待に沿うことができず、大変残念に思います」

「謝罪で許されるとは思っていないでしょうね? 私たちは領主に盾突くという重罪を犯したのですよ? 隠し通せる保証はあるのですか?」


 ナバーバの語気が荒くなる。

 ソテイラは顔色一つ変えずに。


「ご安心を。隠す必要などございませんから」

「……そ、それは、どのような意味なのですか? 隠さなければ、私たちは重罪人として処断されます……」

「まさか。処断などされませんよ。領主には処断する術もありません」

「ほぅ、さすがはソテイラ様。何やらお考えがあるようですな?」


 落ち着きを取り戻したトゥーソンが胸を撫で下ろす。

 が、その直後にトゥーソンの顔から一瞬で色が抜け落ちた。

 その変化はあまりに唐突で、誰の目から見ても異常な現象だった。


「とぅ、トゥーソン様……?」


 隣にいたナバーバが呼びかけるが、トゥーソンは返事を返さない。

 無礼を覚悟でナバーバが肩をゆすると、……。

 どさり。

 音を立ててトゥーソンが倒れ伏した。


「…………っ!」


 声にならない悲鳴が漏れる。

 そして、その悲鳴を上げたナバーバもまた、唐突に糸が切れた人形のように崩れ落ちる。

 ぱたり、ぱたり。

 更にもう二人が座ったまま息を引き取った。


「何をしたの!?」


 異常を察したイーナが立ち上がり、何のためらいもなく霊術を行使しようとする。

 誰よりも為政者としての資質があっただけはある。

 その判断の早さには、ソテイラも感心した。

 だが、一歩及ばない。


「…………あ、」


 霊術を使う寸前にイーナはこと切れた。

 怒りの形相のまま肌から色だけが消えていく。


「霊術は使えませんよ。この術式は霊的な力に反応するのですから」

「じゅ、術式……?」


 七人のうち生きているのはシースとカパティードだけだった。

 二人は部屋の隅で身を寄せ合い、震えていた。


「えぇ。この部屋には陣が敷かれています。お気づきにはならなかったでしょうが、霊的な力と肉体を乖離させるものです。長時間滞在したあなたがたは、魂と体が遊離しやすい状況となっています。冷静でいれば問題はありませんが、……他の皆様のように霊術を行使しようとしたり、極度に感情を動かしたりすれば、魂は簡単に吸い出されてしまいます。お二人のように感情を恐怖に固定し、動かないのが正解なのです」


「ぼ、ぼ、ぼ、僕たちを……、ど、ど、どうする気だ」

「殺します」

「…………!」

「な、なぜ私たちを……。まさか、罪をなすり付けるつもりで……」

「違います。これは元々、あなた方の罪ですよ」

「な、何をっ……! あなたが言い出したことのくせに……っ! あ」


 カパティードの腕の中で、シースが色を失う。

 恐怖を捨て、怒りを抱いたためだった。

 かくん、と頭が倒れた。


「だから、感情を揺らがせてはいけないと言ったのに」


 ソテイラは真顔で感想を述べる。

 残る一人はカパティードだ。

 ……最も臆病な性格ゆえに最後まで生き残った哀れな男。


「予想通りカパティード様が残りましたね。あなたには最後の仕事があります」


 ソテイラは部屋の外から刀を持ち出してくる。

 鞘から抜いて、カパティードに渡した。


「あなたが首謀者です。これで全員の遺体を切り刻みなさい」

「は、はひっ…………、」

「わかりますか? あなたが六人を殺したのです。そして、最後には自らの喉を突いて死ぬ。そういう筋書きです」

「い、い、いい嫌だっ……!」

「とおっしゃるかと思い、もう一つ術を用意しておきました」


 外から鼻を摘まんだ侍女が香を差し入れる。

 茶室には徐々に甘い匂いが充満していく。

 カパティードの目が合わせるべき焦点を見失う。

 存在もしない何かに脅え始める。


「それでは、よろしく頼みましたよ」


 ソテイラは茶室を後にする。

 残されたカパティードは、…………何かに脅えたまま刀を振り回す。

 そして、ソテイラが命じた通りの行動を取り……、最後には刀で自分の喉を……。


 あとには六体の遺体が残った。

 部屋は、どこもかしこも血にまみれており、……唯一、返り値を浴びていない香炉が凄惨さを引き立てていた……。


    †


 帝都ルンソッド。

 中央にそびえ立つ皇城には皇帝ドラコーン・ワーラ・アングハリの姿があった。

 彼は一日の大半を遊戯室として作られた部屋で過ごすが、その日に限っては謁見の間に束縛されていた。


 次々にもたらされるベルリカ領で起こった異変。

 その報告を聞くたびにドラコーンの機嫌は悪くなっていった。


「マンダ! これはどういうことだ!」


 報告の合間にドラコーンは宰相マンダ・ドドンに罵声を浴びせる。

 普段なら世辞を交えて皇帝を嗜めるマンダも、今日ばかりは額に汗をかき、ひれ伏すしかなかった。


 死んだはずの第二皇女が真紅の盃(ターサ)を携え凱旋。

 中立勢力だった十二天将が、盃の盟約に従い、次々と帝都を引き上げていく。


 ……そんなことは宰相とは言え、想定すらしていなかった。


「皇帝たる余の命に背き、帝都を出るなど無礼に過ぎる……! 即刻、十二天将を捕らえ、打ち首にせよ!!」

「恐れながらドラコーン様。十二天将はバサ皇国における最大の勢力にございます。捕らえようにも捕らえられるだけの腕を持った者がおりませぬ」

「マンダ、貴様、余の命令が聞けぬと言うのかぁぁぁぁあ……!」


 ドラコーンは謁見の間で地団太を踏む。

 皇帝とは言え、年齢は十四。

 未だ成人していない身だ。


 そして、なに不自由なく育てられたがために、自身の思うままにならぬことが許せない。

 マンダは言葉を尽くして気を静めようとする。

 態度はあくまで冷静に。

 不要な感情などは露程も見せない。


 そして、内心、喜びを噛みしめていた。


 現皇帝は皇帝として十二分の資格を持つが、一つだけ足りぬものがあった。

 マナロによって隠された真紅の盃(ターサ)だ。

 逆に一つだけ不要なものもある。

 行方不明だった第二皇女だ。


 それが双方合わさって世に現れたとなれば、好機と見る他ない。

 真紅の盃(ターサ)を奪い、第二皇女を殺す。

 そうすれば、ドラコーンの地盤は今度こそ盤石となるだろう。


 第二皇女もそれが知れているからこそ、十二天将を帝都より引き上げたのだろう。

 守りとしては盤石だが、何もマンダは戦争がしたいわけではない。

 殺すと一言で言っても、命を奪う以外の殺し方はいくらでもあるのだ……。


「ドラコーン様。このマンダめによい案が浮かびましたぞ。お耳を拝借してもよろしいですかな?」

「なんだ、マンダ。申してみろ」


 マンダは荒削りの謀略をドラコーンに耳打ちする。

 具体性こそないものの、その内容にドラコーンも満足したようだった。

 怒鳴り散らすことを止め、それならば興も乗る、と言った。


 ……第二皇女は、それが本物か偽物かは別として、皇位を簒奪する腹づもりなのだろう。

 それがいかに愚かで無謀なことなのか、教えてやらねばならない。


 マンダは予感する。

 いずれ血の雨が降る日々が訪れるだろう。

 その日は紛れもなくバサ皇国の歴史に刻まれる一日となる。


 始皇帝マナロによって興された国が、次代の姿に生まれ変わる日だ……。

 その日の贄として第二皇女には生きていてもらう。

 せいぜい足掻くことだな。


 マンダは心のうちで、哀れなる第二皇女に忠告する。


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