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60 それから2


 葬儀から一夜が明けた。

 別れの時がやって来た。


 朝方、ジンは物音で目を覚ました。

 離れから顔を出すと、エリカが荷物を運び出していた。


「行くのか」


 声を掛けると、エリカは肩を震わせる。

 振り返ると、額の角が見えた。

 角だけではない。

 翼があり、尻尾があった。

 もう、エリカではないのだ。

 ネリエは人間国の宰相ではない。


「……はぁ、微妙な空気になるからと思ったんだけど、まさか見つかるとはね」

「僕が一緒に部屋で寝てるのに、気づかないと思う?」


 カルが笑いながら顔を出す。

 ヒヌカも一緒だ。


「それもそうね」


 とネリエは諦めたように笑う。


「これからどうするんだ?」

「第二皇女だもの、帝都へ戻るわ」

「戻ってどうするんだ?」

「現皇帝と戦うことになるわ」


 それは決められた未来だ。

 誰もその流れは変えられない。


 第二皇女の存在は、それだけの力を持つ。

 現皇帝に不満を持つ勢力は、こぞってネリエを持ち上げるだろう。

 そして、皇位奪還のために動き出す。

 そこにネリエの意志は介在しない。


「国は二つに割れ、政治のために多くの者が血を流すことになる」

「……そんなことして、どうするんだ?」

「バサ皇国を人間が幸せに暮らせる国にするわ。あたしが盃を託されたのも、そういう意図があってのことだと思うから」

「できるのか?」

「できるかじゃなくて、やるのよ。何年かかってでもね」

「そうか」


 ネリエの気持ちが少しだけわかった。

 エリカだった頃、彼女は領主に宿題を突き付けた。


『領主個人がどれほど好意的であっても、かつての天上人が人間を虐げた歴史は変わらない。

 それを許せる人間は今はまだいない。

 人間国にすべての人間が所属し、……その上で王が許さなければならない。

 あなたのしようとしていることは、その機会を永遠に剥奪すること……。

 人間国という、かつてここにあった国の歴史を消滅させることに他ならないわ。

 あなた個人で負える責任だと、あたしは思わない。

 それができるのは人間国の王とバサ皇国の皇帝だけよ』


 彼女は、自分で言ったことを自分でやるつもりなのだ。

 皇帝になって。

 そして、人間王に交渉を持ちかけるつもりなのだ。


 これからは遠く離れた地で暮らすことになる。

 だが、目指す道は同じだ。

 わけもなくそう思った。

 会うことは二度となくても、互いの存在を感じることはあるだろう。


「人間国の宰相として、最後の仕事はしておいたわ。書置きに宣戦布告は破棄って書いておいたから。それと今後の国策も思いつく限りは書いたけど……、まぁ、理解できる範囲でやりなさい」

「わかった。……たぶん、皆で頭を抱えることになるんだろうけどな」

「容易に想像できるわね。けど、これからはあんたたちだけの国よ。頑張りなさい」

「お前こそ。皇帝を倒しに行くんだろ。頑張れよ」

「倒し……、なんで、あんたはいつもそうなわけ? 戦うことしか考えられないの?」


 一つ、よかったことがある。

 ネリエが変わらなかったことだ。

 気味の悪い敬語を使われたら、……気持ち悪くて吐いたかもしれない。


「出立の準備、できてるんすけど?」


 従者の天上人がやって来る。

 眠そうな顔でネリエをせかす。

 時間が来たのだ。


 これでネリエとはお別れだ。

 これが最後に交わす会話だと思うと、名残惜しくなる。

 そして、そう思うほどに、言葉は出て来なくなる。


「じゃあね。元気でやりなさい」

「あぁ」


 短い挨拶を残し、ネリエは立ち去る。

 従者に荷物を渡し、しっかりした足取りで進んでいく。


「エリカ!」


 ジンはその背中に声をかけた。


「なに?」

「お前はネリエになっても仲間だからな」

「あたしは、あんたを二度も騙した。もう仲間を名乗る資格なんてない」

「そんなものは俺が決めるんだ! お前は仲間だ!」

「……………………、バカ」


 ネリエは振り返らなかった。

 でも、涙を堪えるように笑っていたと思う。


 そして、たぶん、自分たちも同じような顔をしているのだろう。


 空を見上げた。

 秋の終わりの澄み渡った空だった。

 そして、涙を堪え切った頃、庭にネリエの姿はなかった。


 場所は違えど道は同じ。

 これからも、心は一緒だ。


 …………そう信じよう、とジンは思う。


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