表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/199

56 一本の道4


 ジンは山中で眠っていた。

 エリカと合流できない以上、動いても無駄だからだ。


 起きた頃には日が傾いていた。

 木に登り、町を見下ろす。


 町人の動きは相変わらず不規則だった。

 ちらほらと煙の登る場所もあった。

 何かを許せない誰かが火をかけたのだろう。


 遠方を見回してみる。

 農村部に似たような動きがないか探した。

 煮炊きをする細い煙がチラホラと見える。


 それに混じって、毛色の違う煙が見えた。

 細い煙が三本等間隔に並んでいる。

 方角は温泉地の方だった。


 狼煙だ。

 忍びが連絡に使うと聞いたことがある。

 温泉地になら隠れられる建物もある。

 周りが山なので逃げ場としてもよさそうに思える。


「行ってみるか……」


 川沿いに歩いて、温泉地に向かう。

 道中、誰ともすれ違わなかった。

 町の外は比較的安全らしい。


 狼煙は旅館の屋上から上がっていた。

 声を上げながら探すと、カルが迎えに来た。


「ジンッ!! よかった、無事だったんだ……!!」


 カルが胸に飛び込んでくる。

 まず、無事でいてくれたことに安堵する。


「すまねぇ、なんか起きたら一人になってた。そ、それでスグリが……」

「うん、僕も見たよ……」

「屋敷に行ったのか!?」


 屋内に運んで、泥を落として、布団に寝かして。

 してやりたいことがたくさんあった。

 カルがやってくれたか聞こうと思うが、


「……ごめんね、ジン。もっと大事な話があるんだ」


 カルは神妙な顔でそう言った。


「ここままだと、みんな死ぬかもしれない」

「町の人間のことか?」

「ううん、もっと、ひどいこと」


 もっとひどい……。

 スグリが殺され、町の人間は謎の呪いに感染した。

 今もそこかしこで殺し合っている。


 それ以上など想像もできない。


 カルに大部屋へ連れて行かれたた。

 たくさんの人間が逃げてきていた。

 そこには、エリカとヒヌカもいた。


「あぁ、無事だったのね……」

「何があったんだ?」


 エリカも表情が硬い。

 まずは大まかな状況を聞いた。


「仕組まれていたこと、と言ったら陳腐だけど、……どうもそうらしいわ」


 領主が受け取った手紙のこと。

 皇帝に根回しがあったこと。

 説明されるが、話が複雑でついていけない。


「……誰がスグリを殺したって?」

「わからない。けど、人間王が巫女を殺したと、皇帝には伝えられたそうよ」

「俺なわけないだろ!」

「そんなのはわかってるわよ! 全部、手紙の話よ!」


「だったら、俺が殺してないって皇帝とかいう奴に言えばいいのか?」

「あのね、皇帝が人間の話なんて聞くわけがないでしょう!?」

「嘘の手紙は信じるのに俺の言葉は信じねぇのかよ!」

「当たり前でしょ! だって、あんたは人間だもの! …………あ、」


 エリカは唐突に真顔になった。

 言い過ぎたと思ったのかもしれない。


 言い過ぎだっただろうか?

 そんなことはない。

 事実を教えられただけだ。


 人間だから。

 結局、それだ。


 天上人は天上人の言うことしか信じない。

 人間のことなど奴隷としか思っていない。

 だから、嘘でも何でもやりたい放題。


「なるほど、スグリは使われたわけだ。俺と領主を戦わせるための餌として。そのためだけに殺されて、皇帝には嘘の報告を上げて手紙を書かせた奴がいるんだな」

「……わ、わかってるんじゃない」


 わかっているとも。

 わかっているからこそ、納得ができない。

 なぜ領主は人間より手紙を信じたのか。


「それで、話は終わりか? 俺は領主を倒せばいいんだろ」

「あ、あんた、本当に戦うつもり? 意味わかってるわけ?」

「意味?」

「……今まで積み重ねてきたものを全部壊すことになるのよ?」

「先に壊したのはあっちだろうが。俺がスグリを殺す? なんでそんな手紙を信じるんだ!? 俺が人間だからだろ!」


「違うッ! 領主は手紙を信じてるわけじゃない……!」


 あまりの大声に広間にいた全員が振り返った……。

 だが、エリカは集めた注目など、微塵も気にしなかった。


「嵌められただけなの! ……た、たぶん、領内の誰かに!」

「手紙を信じたから俺を倒すんじゃないのか?」

「それだけは違う! 皇帝が命じたから! ……誰も皇帝には逆らえないからよ!」


 嘘は人を罰しない。

 嘘が罪ではないからだ。


 けれど、法は人を罰する。

 法治国家とはそういうものだ。


 真実か嘘かは関係がなく、法が誰を罰するかを決めるのだ。

 そして、法とは皇帝の言葉そのものだという。


「領主が逆らえば、その下にいる多くの天上人を巻き添えにする。あんたと領民の暮らし。……それを天秤にかけて、領主は後者をとったの! その気持ちを汲み取ってあげて!」

「汲み取ったからって、俺に何ができるんだ!?」


 領主は人間王を殺す。

 殺さねば、領民が路頭に迷う。

 気持ちの問題などとうの昔に終わっている。


 すべてが手遅れだ。

 どうせそうなるのだろうという予感もあった。

 自分でも意外なほど、簡単に諦めがついた。

 元々、覚悟していたからかもしれない。


 短い間だが、夢を見ることができた。

 領主がいて、スグリがいて、自分がいて。

 皆が楽しく過ごせる未来を見た。

 ……そんな気がする。


 でも、結局は夢。

 領主はいい奴だった。

 種族の問題ではない。

 あの男は好感が持てた。


 けれど、”天上人”はその存在を認めなかった。

 領主を”天上人”から追い落とし、消そうとしている。


 だからだ。

 ……長らく忘れていた。

 だから、自分は”天上人”を殺してやろうと思ったのだ。


「それでね、ジン、領主から伝言があるんだ……」


 カルがおずおずと言った。

 内容は想像がついていた。


「領主の名において、……人間国に宣戦布告する、って」

「わかった、俺は戦う。エリカ、それでいいだろ?」


 人間国が宣戦布告をするかどうかの決定権はエリカにあった。

 今の状況は逆だ。

 人間国が宣戦布告を受けていた。

 これはエリカが決めると約束はしていない。


「あたしは反対したい。領主との決着はなるべく避けるべきよ」

「避けられないだろ」


 人間王を殺さねばベルリカ領が消える。

 領主は死ぬ気で追ってくるだろう。

 逃げてどうにかなる問題ではない。


「あんたこそ、領主を倒したら人間国がどうなるかわかる? 人間国を守る者もいなくなるのよ?」


 そうしたら、どうなるか?

 下流天上人が乞食のように群がって、人間を連れ去るだけだ。

 それを防ぐ方法は、……思いつかない。


「それも大変だな。……でも、お前はもっと大切なことを忘れてるぞ」


 宣戦布告を拒否すること。

 それは天上人から逃げるということ。

 逃げて、生きて、そこに何が残るか。


 所詮は人間(奴隷)だったと笑われるだけだ。

 民は逃げてもいい。

 だが、王だけは逃げてはいけない。

 王は人間という種の誇りを背負うからだ。


 弱い王など天上人は恐れない。

 そんな王はいる意味がない。


「俺は領主を探す。勝てばベルリカは俺たちのもんだ。反対する奴らも全員倒せばいい。結局、最初にやろうとしてたことと同じだ」

「ま、待ちなさいって……!」


 エリカが追いすがる。

 だが、ジンはその手を振り払った。


 今更、後に退くことなどできず、かと言って、脇道のそれることもできない。

 正面からぶつかるのなら、どちらかがどちらかを踏み越えるしかない。

 これはもう、一本の道なのだ。


    †カル†


 エリカの制止を振り切って、ジンは旅館を出て行った。

 途中から喧嘩のような雰囲気になっていたが、カルは口を挟まなかった。

 どちらの言い分も正しいし、結局、王はジンだからだ。

 ジンがそうすると決めたら、従う。

 それは変わらない。


「エリカ、大丈夫……?」


 エリカはうつむいたままだった。

 泣いているのかもしれなかった。


 共生に一番懐疑的だったのはエリカだ。

 しかし、今のやり取りは逆の立場だった。

 宣戦布告を取り止める方向で考えていたに違いない。


 本当にそうだったのなら、ジンは喜んだだろう。

 スグリも、生きていたら、笑ってくれたはずだ。


「カルさん、町の皆さんの支度ができました」


 ヒヌカが様子を見るように話しかけてくる。

 三人で話している間、ヒヌカは町人に逃げる準備をさせていた。

 話の流れから次の行動を先読みしていたのだ。


 スグリが死んだ話は、彼女も聞いたはずだ。

 ジンの次に悲しいはずなのに、ヒヌカは気丈だ。

 涙の跡が乾く間もなく、働いている。


「ありがとう、ヒヌカさん。……やっぱり逃げた方がいいかな?」

「わかりません……。けれど、動けない方も大勢いて、今すぐというのは……」

「あー、お嬢さん方? 逃げるんだったら早い方がいいんじゃないかなー、と外野は思うわけだけど」


 虎の天上人が口を挟んだ。


「逃げた方がいいですか?」

「だって、領主は共生をやめるって言ったんでしょ? で、今から人間王と戦うと。どっちが勝っても、ここには天上人が集まるよ」


 ……天上人が集まる。

 すると、何が起こるか。


「考えてご覧よ。天上人がやって来る。そこには呪いをかけられた人間がいる。どうなる?」

「呪いを解くのが大変、とかですか?」


「ハズレ。呪いをかけられた人間を救うなんて面倒なことはしないよ。ぜーんぶ、焼いておしまいさ」

「や、焼いて、」


 言葉に詰まる。

 ……町ごと、いや、直轄地ごと人間を殺す?

 あまりに無茶なやり口に、カルは返す言葉も見つからない。

 だが、ヒヌカは言う。


「あり得ますね……。わたしの村は、そういう感じでした」

「ど、どうして!? ……さ、盃があれば呪いが解けるのに!」

「そんな面倒くさいことしないよ。第一、人間が何人いると思ってるの? 何万人もいるんだよ?」

「だからって、」


 ……反論は続かなかった。

 眼前にいるのは、ごく普通の天上人だ。

 領主のように人間の命を重くは見ない。


 直轄地にやって来る天上人も同じだ。

 呪いをかけられた人間と、そうでない人間を区別しないだろう。


 全員を救うことはできない。

 ここにいる者だけで直轄地を出るしかない。

 でも、外に出て、どこに行けばいいのだろう……。


「人間国は遠いんですか?」

「馬で十日以上かかるよ。この人数を徒歩で動かすのは……」


 道中の安全確保が課題になる。

 食糧だって相当な量が必要だ。


「人間国って、ズイレンでしょ? 十日あったら城下町から軍勢が来て、ばーっと壊しちゃったあとじゃない?」


 虎の天上人が言う。

 悲観的な見方だが、否定はできなかった。

 領主を貶めた何者かは人間国にも目をつけているはずだ。

 すでに手が打たれていたとしても不思議ではない。

 そうなる未来も視野に入れるべきだ。


「人間国がダメだとすると……」

「なら直轄地の田舎の方はどうですか? まだ、呪いが広がっていないかもしれません」


 ヒヌカが言う。

 何十日も移動するよりは、まだ現実味がある。

 アピョーの産地は馬車で一日だ。

 人間の足でも数日あれば到着する。

 数日なら、最低限水さえあればなんとかなる。


 ……逃げたあとでどうするかはわからない。

 しかし、ここに残っても死ぬだけだ。

 わずかな可能性に賭けるしかない。

 エリカに話して、承認がもらえたら実行に移そう。


「エリカ、」


 カルが呼びかけたその瞬間。

 外から誰かの叫び声が聞こえてきた。


    †ソテイラ†


「一つ聞きたいのだけれど、よろしくて?」

「イーナ様、いかがなされました?」

「あなたは一つだけ可能性を見逃しているのではなくて? つまり、あの子と人間王が手を取り合った場合。そうなると、話が違ってくるでしょう?」

「えぇ、違うものになるでしょうね」


 イーナの問いかけにソテイラは真顔で答えた。


「ですが、ご安心ください。直轄地にはハービーを向かわせております」

「ハービー? あの子の側近だったかしら?」

「えぇ、賢い彼のことです。状況を正しく理解するでしょう。大丈夫、彼に任せていれば何の問題もありませんよ」


    †カル†


 叫び声は旅館の外から聞こえていた。

 窓から見下ろすと、街道沿いに人間が逃げて来ていた。

 呪いにかかっているのかは判然としない。


 追いすがるのは鎧に身を包んだ天上人。

 五人班の三組構成で組織的に人間を追い立てている。

 そして、追いつかれた人間から次々に斬られていく。

 一方的な虐殺だった。


「ど、どうして天上人が!? 早すぎる……!」

「鎧に獅子の紋……。ベルリカ領主軍だけど、こんなに早く手を回せるはずがないわ」

「なら、誰が?」

「……手紙を送った側の仕業でしょうね。領主とはいかないけれど、それに準ずる権力者なのよ」


 天上人は人間を手当たり次第に斬っていく。

 わざわざ呪いをかけ、人間を狂わせ、殺す。

 自分で火をつけたくせに、火事だと騒ぎ、火消しに走るのと同じだ。

 そこには何の意味もない。

 物語を作るためだけに人が死ぬ。

 こんなことが許されるわけがない。


「領主が人間を殺したら筋書き通り。けれど、罠を仕掛けた誰かは領主が頑固だとも知っていた。だから、彼を利用したのね」


 エリカが示す先には見知った顔があった。

 小隊の前に立ち指揮を取るのは、……ハービーだった。


「側近たる彼が人間を殺して回れば既成事実としては十分ね。領主はもう、後戻りができない」

「……くそっ」


 畳を叩いた。

 なんとなくだけど、天上人と人間はうまくやれる気がしていた。

 ジンやスグリを見て、そう感じていたのに。


「エリカ、首長に頼んで町のみんなを逃してもらって。……僕が止めに行く」

「止めるって、人間じゃ天上人には敵わないわよ!?」

「ジンだって別のところで天上人と戦ってるんだ! 僕だけが逃げる訳にはいかない!」


 カルは強弁した。

 それは蛮勇だったかもしれない。

 無謀だったかもしれない。


 しかし、これが最も助かる人数が多いのは事実だ。

 部屋にいる町人は少なく見積もって三百人はいる。


 首長スカルノが完璧な統率をとったとしても、中には子供や老人が混じっていた。

 移動の速度は最も遅い人間に縛られる。

 静かに混乱なく移動できたとしても、逃げ切るには至らない。


 そもそも温泉街は山の窪地。

 老人が山を登れないなら平地を伝って逃げるしかない。

 そのためには、ハービーが連れてきた軍勢を別の場所に誘導しなければならなかった。


 それを誰ができるのか?

 この部屋の誰ができるのか?

 零を除いて他にはいない。


「本当に行くの……?」

「じゃあ、それ以外に方法はあるの?」

「……」


 聞くと、エリカは黙ってしまう。

 彼女に思いつかないなら、誰も思いつけない。

 犠牲を払う以外に方法はないのだ。


「あとは任せたよ、エリカ」

「ちょ、ちょっと!?」


 引き止める時間は与えない。

 カルは旅館を飛び出した。

 遮蔽物のない川辺を走り、小隊の横っ腹を見据えた。

 そこはもう、誰も守ってくれない敵地だった。


 忍びが立つには、寂しすぎる平地。

 遮蔽物すら見当たらない。

 天上人の一人がこちらに気づいた。


 叫ぼうとして喉が詰まった。

 今になって手足が震えた。

 弓こそないが霊術を持つ天上人にとって、ここは必殺の間合いだ。


 いつ誰かがカルに気づいて霊術を投げてくるかわからない。


 無駄死にかもしれない。

 深呼吸をする。


 死ぬのならジンの盾となって死にたいと思っていた。

 深呼吸をする。


 違う誰かのために死ぬのは、忍びとして間違っているのかもしれない。

 深呼吸を、何度もする。


 けれど、まだ間に合うかもしれない。

 ハービーがこれ以上人を殺さなければ、ジンと領主が手を取り合うならば。

 本当の最悪は回避できるかもしれない。


 その道は懸けなければ現れない道。

 命を対価にして進む道。


「は、ハービーさん!! やめてください!!」


 叫んだ。

 三つの小隊が一斉にカルの方を向いた。


 機械的な動作で近づいてくる。

 それを制したのはハービーだった。

 豪奢な鎧をまとい、紋の入った旗を掲げていた。


「あなたでしたか……。生きていたんですね」

「ハービーさんこそ、今まで何をしてたんですか!?」

「……そうですね、あなたにはお話してもよいでしょう」


 ハービーは相変わらずの無表情だった。

 しかし、城下町に行く前に比べ、幾分か顔が疲れていた。


「要点だけご説明すると、直轄地は終わりです。人間を皆殺しにしなければならなくなりました」

「呪いのせいですか!? だったら、解く方法があるんです!」

「それだけではありません。巫女の一件がありました」

「皇帝が仇討ちをしろって言った話ですよね!? ジンと領主が戦うにしても、他の人は関係ないじゃないですか!」

「よくご存じで。しかし、一つだけあなたの知らない情報がありますよ」

「…………なんですか、それは」


「城下町の”さる人物”から私宛に手紙が届いたのです。その人物は領主の妻となるはずだった巫女の正体を知っていました」

「え……?」

「知られていたのですよ、巫女が人間だと」


 手紙には、こう書かれていた。

 領主の妻となる者が人間だったと知れたら、糾弾は免れ得ない。

 しかし、今ならまだ間に合う。

 真実を知る者をすべて殺してしまえば、事実はなかったことになる。


「領主の弾劾は避けられないでしょうが、巫女の件さえなければ、処刑まではいかない……。だから、私は領主と近しい人間をすべて、殺さねばならないのです」


 その人物がどうやってスグリの正体を知ったのか。

 領主に手紙を送った人物と同一なのか。

 わからない点はいくつもああった。

 しかし、追及する時間はない。


 事実として手紙はハービーに届けられ、脅迫状としての効力を発揮している。

 ハービーは領主と人間を天秤にかけられた。

 彼が領主を選ばないはずもなく……。

 結果として、手を汚すことを強要されている。


「人間を殺したいのは手紙の送り主ですよ。ハービーさんが手を汚す必要なんてない」

「承知の上です」

「あなただけがつらい役を押し付けられてるんですよ……!」

「カルさん。あなたは勘違いをしている。私は側近なのです。領主を生かす道があるのであれば、すがらねばなりません。……どうぞ恨んでください。これは私の罪なのです」


 ハービーは腹をくくっていた。

 そういう奴は説得できない。

 心を決めてしまっているからだ。


 カルはくじけそうになる。

 しかし、脳裏にジンの顔が浮かぶ。

 ……ジンなら最後まであきらめない。


「領主は認めたんですか!? あの人は、心の底ではまだ人間が好きなはずだ!」

「私もそう思います。相談すれば、あの人は必ず止めるでしょう。だから、私が独断で殺すのです」

「領主の臣下として正しいことなんですか!?」

「主を思えばこそですよ。この件が片付いたあとに、首をはねられても構いません」

「僕らはまだ他の道を探せるはずだ……!」

「そんなものはないんですよッ! 私はもう死ぬしかないッ! 殺すしかないんですッ!」


 ハービーにとって、領主より価値のあるものはない。

 だから、他に道があることを知りながら、その道を選べないでいる。

 ハービーが人間を殺し、その後、責任を感じて自害する。

 すると、真実は闇へ埋もれてしまう。


 これは誰かが書いた筋書きだ。

 エリカだって、そう言っていた。

 でも、ジンも領主もハービーも譲れないものがあるから、その筋書きを外れることができない……!


「あなた方にはシヌガーリンの件で随分とお世話になりました。感謝しています」


 ハービーは霊術を起動させ、刀を抜いた。

 彼の霊術は身体能力を飛躍的に向上させる。

 爆発的な速度で距離を詰められる。


 見えていても反応するのがやっとだ。

 短剣を構え、刀を受けようとする。


 そのとき、空気を引き裂くような爆音が轟く。

 ほとんど同時に鉄の玉がハービーがいた場所に叩き込まれる。


 方位は見て取れていた。

 カルの背後。

 山の中腹辺り。


「ついに戦う時が来たか! 天上人のクソ共が! 今日こそぶち殺してやるぜ!」


 戦将の怒声が響く。

 山中には電磁砲を携えた戦軍が展開していた。

 助けられはしたが、……戦将も殺し合いを望む者だ。

 ハービーとは変な意味で利害が一致していた。


 カルには迷いがあった。

 この戦いを止める方法がある。

 そう信じていた。


 しかし、その迷いもたった今、消えた。

 ……もう、止まることはないだろう。

 この場はどちらかが全滅するまで、血の雨が降る。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ