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49 告白4



 語り終え、彼女は深呼吸をした。

 自身の過去を誰かに話したことはなかった。


 最初に話すのは人間王だろうか。

 心の何処かでそんな予感があったが、まさか妹になるとは思わなかった。


「つらい過去があったんですのね……」


 巫女はため息と共に言う。

 しかし、彼女としては嘆くことでもない。

 多くの人間を見てきた。

 彼らの方がよほど不幸だった。

 自分程度の不幸は何ら珍しいものではない。


「人間としての暮らしは、どう思いまして?」

「とても素敵な日々でした。どの経験をとってもかけがえのないものばかりです」


 恋をした。

 失恋をした。

 夢もみた。


「けれど、疑問に思うことも多々ありました」


 天上人にいびられる人間、飢えで苦しむ人間。

 一歩、町に出れば、そこは地獄だ。

 ヨリコの語るような光景が広がる。


 なぜ人間だけが苦しい目に遭わねばならないのか。

 どうして天上人は人間の命を弄ぶのか。


「私には理解ができませんでした。……そして、いつしか天上人を憎むようになりました」


 大きな契機はローボー・シヌガーリンだ。

 天上人の醜悪さを突き詰めたような男だった。


 こんな奴がいるから、ヨリコは死んだ。

 セイジは、ミキは、あんな目に遭った。


 彼女はローボーに天上人の本質を見た。

 天上人とは、突き詰めれば他者を虐げることでしか生きられない不完全な種族だ。

 人間に寄生し、人間を搾取する。

 消えた方が多くの者が幸せになるような種族だ。

 だから、人間王についていくと決めた。


「人間王の思想は私の理想と一致していました。当初の彼は、天上人の殲滅を掲げていましたから」


 しかし、その意志は今になって揺れ始めた。

 本人は人間国の正しさを標榜するも、内面は領主に共感している。

 傍目に見ても、そうとわかった。


「それで領主を調べようとしたんですのね?」

「……理解が早く助かります」


 領主は、人間と天上人の共生を謳った。

 彼は目を輝かせていた。

 その愚かしくも純粋な夢は、かつての彼女が見たものと同じだ。

 心が動かなかったと言えば嘘になる。


 ヨリコと共に暮らせる世界があったのなら。

 そう願わない日はなかった。

 叶わないからこそ、彼女は天上人の排除を選んだ。


「領主とは、多くの天上人を従える立場……。バサ皇国に二十二人しかいない要職。そんな者が共生を語るなど、……私は疑問をいだきました」


 何らかの企みがあるはずだった。

 どんな悪事を考えているのか、暴かねばならない。

 そんな使命感に燃えた。


「それで、どうでしたの?」

「……今日まで調べ、尻尾は掴めませんでした」

「そうでございましょう? 企みなど、ありませんもの」

「……」

「それを確かめに来たんでしょう?」

「はい、その言葉を聞きに参りました」


 彼女はうなだれる。

 胸に広がる気持ちは、……悔恨。

 認めたくないだけだった。


 領主が共生を掲げる。

 そんな素晴らしい味方がいた。

 なのに、数年前のあの日に出会うことができなかった。

 そのことが悔しかった。


 ベルリカ領主と出会うことができていたなら。

 ”今”は全く違っていた。

 素晴らしい”今”だったはずだ。


 その”今”を掴みそこねたことが悔しい。

 そして、同時に認めたくなかった。


「焦りに駆られ、ベルリカ領主の執務室に無断で立ち入ったこともありました。無礼をお許しください」

「それは領主に伝えるべきことでしてよ?」

「はい、機会を見て伝えるつもりです」


「ところで、あなたの”本当の名前”は気づかないフリをした方がよろしいんですの?」

「……やはりお気づきになりましたか?」

「バレバレでしてよ?」


 語りすぎたか、と彼女は思う。

 皇位継承権保持者。

 マナロへの謁見が許される立場。

 離宮。


 最後の要素は数年前の事件。

 失踪した者は誰か。

 帝都で何が起こったか。


 それらを組み合わせれば、彼女の正体に至るだろう。


「どうかご内密に……。私は公には消えた存在ですので」

「あら、反撃のときを待っているのではなくて?」

「……それは伯母の気持ちです。私は、特には……」


 伯母は家を思って、あぁ言ったのだろう。

 皇位を他家に渡したくないから。

 けれど、彼女自身、皇位には興味がなかった。


 そもそも戻ったところで後ろ盾も何もない。

 皇帝勢力に殺されるのがオチだ。


 だったら、今の生活の方がよほどいい。

 人間を救うために知恵を絞れる、今の方が。


「兄さまと別れるのは寂しいですものね」

「……そういう理由ではありませんが」

「あら、冗談でしてよ」


 スグリはころころと笑った。


「もう一つ質問をしてもよろしくて?」

「どうぞ」

「直轄地で起こっている事件は、あなたとは無関係なんですの?」


 巫女は率直に聞いた。

 そうだろう、そこが一番気になるだろう。

 だがら、彼女もまた率直に答えた。


「はい、私には関係ありません」


 シヌガーリンの謀反。

 検地役人の殺害。

 温泉地で発見された遺体。


 いずれも彼女とは無縁だ。


「私も純粋に巻き込まれた側です。解決に尽力しています」

「兄さまとは友好的な関係と考えてよろしいんですのよね?」

「もちろん。人間王は”エリカ”を救いました。その恩は必ず返します」


 はっきりと伝えた。

 自分が怪しい存在であるのは承知だ。

 だが、正体を隠さねば、いらぬ面倒が降りかかるのだ。

 だから、これからも隠すし、明かす気はない。

 疑われた今でもそうだ。


「それで、兄さまが納得すればよいですけれど」

「人間王は難しいことを考えることがお嫌いです。多少の嘘になど拘らないでしょう」


 そのうち耐えかねて、お前たちの中の誰が天上人なんだ、と聞いてくるだろう。

 そのときは、三人が口を揃えて、違う、と言えばいい。

 人間王はそれ以上、聞かないはずだ。

 まぁ仲間だしいいか、と諦める。


「……その様子がありありと想像できますわ。身内に天上人がいて、拘らない神経が信じられませんでしてよ」

「そこが人間王の美点です」


 彼女は微笑みと共に答えた。

 巫女はため息をついて、


「まぁいいですわ。……それで、このあとは、どうするつもりなんですの?」

「人間王を説得し、直轄地を離れます」


 禁呪の詳細は彼女にもわからない。

 大事を避けるには、離れるのが賢明だ。


「あなたは?」


 尋ねると、巫女は悲しげに笑った。


「わたくしは巫女、そして、領主の妻ですわ。逃げることなど、考えていませんでしてよ」

「そうでしたね……」


 その歳でよくぞ、そこまで。

 彼女は巫女の笑顔に覚悟を見た。

 年齢は十三だったか。


 その歳の彼女はセイジに恋をしたり、生活に不満を言ったり。

 まんま子供だった。

 まして夫に添い遂げる覚悟など……。


「あなたの心意気に、私は尊敬の念をいだきます。さすがは人間王の妹君」

「あの兄の妹として扱われるのは不服でございますが、……謝辞は受け取っておきますわ」



 その後、巫女とは他愛のない話をした。


 巫女が小さかった頃のこと。

 兄とどんな生活をしてきたか。


 彼女がカルを気に入っていること。

 ヒヌカを尊敬していること。


「ヒヌカさんをですの?」

「似ているんです、ヨリコに」


 他者を庇える勇気が。

 過去に天上人からひどい仕打ちを受けていながら、別の天上人とは仲良くできるところが。

 心のあり方がヨリコに重なる。


「彼女のような人間が、天上人との架け橋となると信じています」

「ですわね。わたくしもヒヌカさんにはお世話になりましたもの」


 巫女は料理や音楽のことを話す。

 ヒヌカは巫女の母から結構仕込まれていたようだ。

 彼女よりよほど宮廷向きかもしれない。

 そのことにちょっと苦笑する。


「ところで、架け橋とおっしゃるからには、共生に賛同していただけると考えてよろしくて?」


 どうだろう、と彼女は思う。

 当初の目的は天上人の排除だった。


 ブレるべきではないと思ってきた。

 特に国政とはそうあるべきだ。


 しかし、人間国の今後を思うに、何が最善なのかを考えると、自然と答えは導かれる。


 領主に心を動かされたのは人間王だけではなかった。

 彼女もその一人だった。


 素直に告げてもいい。

 だが、彼女はあえて難しい顔をして、こう言った。


「その質問に答える前に、三つほど聞かせてください。その答えによって私の態度を決めます」

「そ、それは責任重大ですわね……。ドーンと来いですわ」


 巫女が身構える。


「では一つ目。あなたにとって領主とはなんですか?」


 領主様は運命の方ですわ。わたくしに道を示してくれた方。


「領主のどこが好きですか?」


 全部ですわ。すべてがかっこいいですもの。


「何か私から領主に伝えることは?」


 共生を志した仲間として、領主様を支えてあげてくださいまし。


「これでよろしくて? ――――って、変でございません? 今の質問と共生に何か関係ありまして???」


 巫女が首を傾げ始める。

 彼女はその様子を見て、腹を抱えて笑った。

 三つの質問は単純に恋愛事情を知りたくて聞いただけだ。

 やっと気づいて、巫女が顔を赤くする。


「んがーっ! 騙したんですのね!?」

「あははははは! ごめんなさい、真剣な顔をしているものだから、つい。……けれど、お陰で心は決まりました。私は領主を支持します。私自身の気持ちだけではありません。人間国の未来を考えたとき、そうするのが最善だと判断しました」


 偽りのない本心だ。

 天上人が不完全な種族でも、人間と共にあることはできる。

 足りないものは少しずつ埋めていけばいい。


「その答えを聞いて安心しましたわ。さ、さっきの恥ずかしいことは、忘れてあげてもよろしくてよ!」


 巫女は無理に取り繕おうとする。

 あぁ、かわいいな。

 こんな子が妻だったら、さぞかし毎日が楽しいんだろうな。


 彼女は少しだけ領主をうらやましく思った。


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