6:次元≪ディメンション≫①
「き…君は!君がなぜここにッ!」
馬鹿な。アニマは、校内には既に自分たち以外には誰もいないと思っていた。だが違っていた。プーロがいたのだ。
しかしそれは考えてみれば当たり前とも思えることだった。ドラーゴの傘下には既に命令は行き渡っていて校舎から立ち去っているのだから、逆に傘下でないアニマ自身やプーロに命令は無く、まだ校舎内に用事があったのならここにいても不思議ではない。
「なんだテメーは?食堂の時にいた奴か?」
ドラーゴはアニマだけではなくプーロを記憶していた。
「テメーも俺に盾つくのか?」
ドラーゴから殺気が溢れ出る。プーロはびくっとして足が竦んでしまっている。
まずい。このままでは無関係のプーロまで巻き込んでしまう。
「だがその前にッ!!」
アニマは起き上がってドラーゴに拳を叩きつける。
――はずだったのだが、ドラーゴは気配を察して一瞬早く身を躱す。
「何ッ!?」
アニマは空振りで体制を崩し、花瓶に入っていた水で濡れた床に倒れてしまう。
「…………!」
ドラーゴは向き直ったアニマを見下して、静かに言う。
「バレバレだぜ……とりあえずお前からとどめを刺すとしよう」
ドラーゴは拳を振りかぶる。
「とどめだッ!サルバトーレ・アニマッッ!!」
アニマは零れていた水を手で掬い、ドラーゴに水滴を飛ばす。
その行動にドラーゴの動きが一瞬止まった。
「『オブ ルーラ』ッ!!」
アニマが叫ぶとともに、水滴はカチカチと固まっていく。
「水滴を…固体に変えるッ!」
放たれた水滴はまるで弾丸のように飛んでいき、ドラーゴの腹に食い込んだ。
「うぐあああッッ!」
ドラーゴは腹を押さえて叫ぶ。
アニマはその隙に立ちあがってドラーゴから離れる。プーロのもとへ走っていく。
「あ、アニマッ!いったい君は!?」
アニマはプーロの服の襟を掴む。
「今は説明している暇がないッ!!」
そう言ってプーロを半分引きずる形で引っ張り走っていく。
壁に手を触れたアニマは、能力を発動させる。
「壁を一瞬だけ気体に変える!」
そしてまるで壁をすり抜けるかのように通過した。
「クソッ!なんだアイツの能力は!」
ドラーゴはそう言って腹から手を離し、アニマを追おうとする。
しかしそこで気づく。右足が動かなかった。見ると、床の水たまりが固まっていてドラーゴの靴をガッチリと固定していた。
「あの野郎……!」
プーロは走りながらアニマに問う。
「君は、さっき何をしたんだ…!?」
アニマは息を切らしながら言う。
「本来ならば君が関わるようなことではないが仕方が無い……俺は産まれた時から『能力』を持っている」
「能力?」
「ああ、さっきのドラーゴも同じような能力を持っていたようだ……」
アニマは走りながら考える。
この青年に能力のことが完璧にバレたのはまずいが、それよりもまずいのは今この状況。今走っているのは玄関に行くため。外に出るためだ。それも、奴に気づかれずに。
「ねぇっまだ分かんないよ!能力っていったい……」
角を曲がりながら言うプーロの言葉が途中で途切れる。
ドラーゴが立っていた。
「馬鹿な…早すぎる……」
玄関に向かうのを読まれていたのか。あの水の足止めを破壊してここまで先回りするとは、恐るべきパワーとスピードだ。
「逃がさねえぜ………」
ドラーゴの目は怒りで満ちており、服は筋肉が膨張したためピチピチになっていた。
「プーロ君…君は下がっていろ………」
アニマはそう言ってプーロの前に手を出す。
「そのボロボロの身体でまだ俺とやりあう気か?」
ドラーゴは挑発するように鼻で笑う。
「この喧嘩が終わる頃にはもっとボロボロになっているのはあんたの方だと気づいてないらしいな……」
ドラーゴの額に青筋が浮かぶ。
「このクソガキがッ!!」
ドラーゴは爆発的瞬発力で一瞬でアニマの目の前まで来る。
そして拳を叩き込むつもりだったが、その拳が途中で止まる。
「甘いな……既に空気を固体にさせてもらったッ!」
アニマがその壁に触れるとそれはもとの気体に戻る。
「そして食らえ!」
アニマはドラーゴの顔面めがけて拳を振りかぶった。
しかしドラーゴの身体能力で躱され、腹に蹴りをいれられる。
「…………ッ!」
アニマはなんとか痛みを堪え、ドラーゴの足を掴む。
「なんだテメェ離せッ!!」
「『オブ ルーラ』ッ!」
空気を固体にして、ドラーゴの足を固定した。
「なんだクソッ!足が動かねえ!」
アニマはもがくドラーゴに蹴りを放とうと足を上げる。
「これしきの能力ッ!」
ドラーゴも固体となった空気を破壊した勢いで蹴りを放つ。
アニマの蹴りとドラーゴの蹴りが同時に両者に炸裂する。
「うッ……!」
「ぐああッ!」
タイミングは同時。しかし、能力で強化された分、ドラーゴの方が威力は大きかった。
アニマの身体が宙に浮き、吹き飛んでいった。ドラーゴもよろめく。
「くっ…………」
アニマは壁に激突し、倒れる。
「“固体空気”の硬度が足りなかったか……硬くすればするほどエネルギーを消費するから仕方のないことだが……」
アニマは起き上がり、ドラーゴを見据える。身体はもう限界に近いが、無関係のプーロを巻き込むわけには絶対にいかない。
アニマはドラーゴに向かって一直線に走る。
「馬鹿が…真っ正面から向かい合えばお前は俺に絶対勝てないんだぜ!」
ドラーゴはそう宣告して構える。
奴がどんな攻撃を繰り出して来ようと、空気を固体にして防げばいい。硬度はさっきよりも上げる。そこに生まれる隙をつけばいいだけだ。アニマはそう考えていた。
しかしそれは大きな誤算だった。アニマはドラーゴの能力を見くびっていたのだ。甘く見ていた。
ドラーゴが目の前まで距離を縮める。
「おおおおおおッッ!!」
ドラーゴの拳が迫る。
「今だッ!空気を固体に変えるッ!!」
アニマが空気で壁を作る。その瞬間、ドラーゴの口の端がつり上がる。予想通りというような笑みを浮かべていた。
「『テンペスタ』ッ!!リミッター解除ッッ!!!」
ドラーゴの拳が急に加速し、空気の壁を破壊し貫いた。
「何ッ!?」
アニマの腹に拳が炸裂する。
口から血を吐いてしまう。
「俺の能力はな……『リミッターを解除』することによって人間の身体能力の限界を突破することができるんだ……これを使うと肉体が耐えられなくなってダメージもあるから最終手段だけどよ………」
ドラーゴにもファンゴと同じように“奥の手”があったのだ。
しかしアニマは笑みを浮かべていた。ドラーゴと同じように、予想通りというような笑みだった。
「こ……これは………ッ!」
ドラーゴの拳はガッチリと固定されていた。固体になった空気によって。
「それもさっきより硬くなってやがる…!」
アニマは口から垂れる血を手のひらで抑えた。
「水を固体にして飛ばせるんならよ……血だって同じだ………」
ドラーゴがはっと気づき、慌てて固定している空気を破壊する。その時にはもう遅かった。
「『オブ ルーラ』ッッ!!」
アニマは血をドラーゴに向けて飛ばした。
血は固体になって飛んでいき、ドラーゴの胸と腹、左肩に炸裂した。
「ぐあああッ!!」
ドラーゴはよろめき、膝をついた。
アニマは肩で息をしながら言う。
「ネーロ・ドラーゴ……追い詰めたぞ………!」
ネーロ・ドラーゴ
能力〈テンペスタ〉
自身の身体能力を極限まで引き上げる能力。発動している間は常にエネルギーが失われていくが、それに加えエネルギーを倍消費することによってリミッターを解除し、身体能力の限界を突破することができる。ただしその状態では負荷が肉体の耐久力を上回ってしまうため、自身にもダメージを及ぼしかねない。小細工を要しない、シンプルに強い正統派の能力。
誰よりも強くなりたいという精神が生んだ能力。