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純潔と魂  作者: 椎葉
4/8

4:不可視≪インヴィジブル≫ ②

「まさか俺と同じような『能力』を………!?」

 サルバトーレ・アニマは、目の前に立つ男を見て驚きを隠せなかった。


「そうだよ。俺もお前と同じような『能力』を使えるんだよッ」

 そう言って男――ファンゴは身体を起こしたアニマの腹に踵を食い込ませる。

「うッ!」


「お前も俺と同じような『能力』を持ってるってことは知っている……。今日、食堂での騒動で『能力』を使っただろう?」

 アニマは混乱した頭のままファンゴを見る。

 それはとても冷ややかな目だった。地べたを這う毛虫を見るかのような目だった。


「隠したって無駄だ……俺はなァ、同じ『能力』を持つもの同士助け合って仲良くやろうぜなんて思わねぇ……」

 そう言いながらファンゴは足をグリグリと回す。アニマは引き離そうと男の足を掴んだ。


「俺はなァ、昔っから何をしても駄目だった。運動はできねえし、クラスでも目立たない奴だった。勉強だけは誰よりもできたが、それが何になるってんだ。勉強して社会に出て、それで何があるってんだ。それに世界には俺よりも頭いい奴なんていくらでもいる。だがこの『能力』は違う。これだけが俺に他とは違う特別感を与えてくれる。馬鹿どもを見下すための理由になるんだよッ!!」

 ファンゴは足を掴まれたまま、アニマの顎を蹴った。衝撃でアニマの手が離れる。


「だからお前みたいな『能力』を持つものが他にいることが気に食わねえんだよッッ!」

 その時にはもうファンゴの姿は見えなくなっていた。

 その能力で、『透明』になっていたのだ。


 まずい。実にまずい。

 まさか自分の他にも『能力』を持つ者がいたなんて。しかも今その『能力』に襲われている。

 とにかく今考えるべきことは、この状況を脱することだ。透明の相手を前に、どこから来るかも分からない攻撃を避けながら奴を倒すことだ。そのためには――。


 アニマは立ち上がり走り出した。

 逃げ場も無いこんな狭い空間では格好の餌食だ。しかも、教師たちはもう音に気付いているだろうからここに駆け付ける可能性もある。一刻も早くここを離れなければいけないのだった。


「ぐッ!」

 しかし、壊れた扉の少し手前で、アニマの胸のあたりに痛みが走る。殴られたような痛みだ。

 どうやら大人しくここから出す気はないらしい。


 奴の『能力』なら透明になることによって教師に見つかることなくこの場を離れることができるだろう。そうなったら見つかるのはアニマだけだ。


 選択肢は早期決着しか無い。


 アニマは扉のあたりを殴ろうとしたが、何も手ごたえはなく空振っただけだった。

 躱されたのだ。


 すぐにアニマの左腕のあたりに激痛が走る。そして今度は右足だ。

「くそッ……!」

アニマは後ずさり、壊れた扉から離れる。


 すると、そこの空間が歪み、奴が姿を現す。

「どうした?サルバトーレ・アニマ……お前の能力を見せてみろよ」

アニマは唾を飲み込む。躊躇っていた。奴に能力の正体が知られれば不利になる。

 奴がわざわざ能力を見せてきたのは――その能力上仕方のないことではあるが――絶対に自分を倒す自信があるということだ。


 アニマが動かないでいると、ファンゴはまるで空気と一体化するかのように透けて、溶けるように透明になった。


 しかしアニマはあることに気がつく。

『透明になる』……。それ自体に殺傷力はない能力だが、かなり危険な能力だ。だが、弱点がないわけではないはず。必ずどこかに弱点はある。

 例えば、奴は最初にアニマの前に姿を現した。最初から透明になって襲い掛かればよかったのに、だ。いや、もしかしたら奴は透明になっていたのではないか?透明になって尾行していたのではないか?そして透明から戻った時にアニマはその気配に気づくことができた。

 そして、なぜ奴はずっと透明になって襲ってこない?最初の攻撃のあとも、さっきも奴は一旦透明の状態から戻っていた。姿を現すことによって、攻撃される可能性もあるというのに。


 いや、もしかすると…。


 そこでアニマは左の頬を殴られ、吹き飛ばされる。

「………ッ!」


 もしかすると、奴はずっと透明にならないのではなく、“なれない”のではないか?奴には能力使用のインターバルがあるのだ。そしてそれは恐らく5秒ほどで、透明になっていられるのは15秒ほどといったところか。


 アニマは立ち上がる余裕もなく、今度は脇腹に蹴りが入った。

アニマは痛みに顔を歪ませたが、相手が近くにいることは分かった。


 アニマは倒れたまま何もない空中に手を伸ばす。


 そしてその一瞬あとに、ガン、という音がした。

 何もないところから。


 数秒後に、空気が歪みファンゴの姿が見えるようになる。

 ファンゴはアニマの前に拳を突き出していた。

「……………!?」

まるでそこに壁があるかのように、ファンゴの拳は止まっていた。

「なんだ…!?何かの感触があるぞ……何も無いのに」


 アニマはファンゴの腹に倒れたまま蹴りを入れる。

「うッ」

ファンゴはアニマから離れ、腹を押さえる。


「お前…何をした……?まさか、これがお前の『能力』かッ!?」

 アニマは立ち上がり、頷く。

「お前の弱点はわかった……それは、お前は長時間透明になれないということだ……!弱点がわかったからには、もうさっきまでのようにはいかないからな」

アニマがそう宣言すると、ファンゴは歯軋りをする。

「弱点が分かっただとォ………フン、だがな、生憎それは無駄なことだぜ。俺の能力の真骨頂はまだ見せちゃいねぇッ!!」


 その言葉にアニマが身構えると、ファンゴはアニマを指さす。

「いいかッ!これが最後の透明化だッ!この透明化のうちに決着を着けるッ!!」

ファンゴは懐から何かを取り出した。カッターだ。

 それを見たアニマの顔は青ざめる。


「〈インヴィジブル〉ッッ!!」

 ファンゴが叫ぶとともに、透明になった。


 アニマは耳に神経を集中させる。わずかな足音を捉え、攻撃を回避するためだ。

そして、この15秒のうちに決着をつける。それはアニマも同じ覚悟だ。


 ドン、と大きな足音が一つ響く。それは踏み込んだ音。

 すぐに、カチカチ、パキ、という音がした。


 カラン、と床に何かが落ちる。透明化の影響を失ったそれは、カッターの刃だった。

アニマはそれを確認すると攻撃することはせずに、すぐに見えない相手から離れる。


 そしてアニマは再び身構えて音に集中しながら、時間を数えていた。既にもう8秒が経過している。

 9秒、10秒……心臓の鼓動が早まり、足音と重なる。


 アニマは今度は後ろに身を退いて攻撃を躱す。ブン、という音がした。空振りだった。


 12秒、13…14…。

アニマは一歩踏み出す。15秒経過がした。姿を現した瞬間に、拳をその顔面に叩き込んでやるつもりだった。


 16秒経過。しかし、ファンゴは姿を現さなかった。アニマは一瞬頭の中が真っ白になり、思考が停止した。その腹に激痛が走り、血が流れだす。


 目の前から声が聞こえた。

「お前の負けだ、アニマ……俺はな、能力使用の制限時間を引き延ばすことができるんだよ……ただこれを使うとかなりの疲労があるからあまり使わないがな………」

 アニマの腹から流れる血が、ポタポタと床を濡らした。

「お前は油断したんだよアニマ……それがお前の敗因だ………」


 しかしアニマはカッと目を見開き、ファンゴを蹴り飛ばして離れる。覚悟した目だった。

「この野郎ッ!」

ファンゴはそう叫び、大きな足音が響いた。


 アニマは教卓の上に飛び乗ると、さらにジャンプして天井に触れる。


「〈オブ ルーラ〉ッッ!!」


 アニマが叫ぶと同時に、奇妙なことが起きた。

 アニマの真上以外の天井が、ぐにゃりと曲がったのだ。そしてそれは、そのまま垂直落下していく――。

「なッ!?」

ファンゴは躱す方法もなく、天井に叩きつけられる――が、それが異常だった。

 まるで水を被ったかのように、バシャ、と音を立てたのだ。


 ファンゴはびしょ濡れになり、床にも水が溢れていた。

「!?」

状況を理解できないファンゴの目の前に、アニマが着地する。


 そして、その――透明になった顔面に拳が叩き込まれる。渾身の一撃だった。

「ブゲェッ!?」

ファンゴは吹き飛び、姿を現した。


 アニマは倒れたファンゴを見下ろして言う。

「水の撥ね方でお前の場所が分かった……お前の敗因は“油断していた”ことだ………」

その時既に天井は元通りになっていた。


 ――物体を微粒子レベルまで分解し、性質を変える。固体を液体や気体に、気体を固体や液体に、液体を固体や気体に、瞬時に変換する。空気で壁を作ったり、天井を木の板一枚のところで液体に変えることもできる。

 それが、サルバトーレ・アニマの『能力』だった。


 そこに、足音が聞こえた。どうやら教師が来たようだ。

「ふぅ……」

アニマは気絶したファンゴを抱えてその場を後にした。


「しかし、俺と同じ能力を持つ者がいたとはな……」

 もしかしたらこいつの他にもいるのかもしれない。アニマは大きな溜め息を吐いて学校を出た。

ファンゴ・コンティ

能力〈インヴィジブル〉


自身や触れているものを透明にする能力。持続時間は約15秒ほどだが、一度発動してから5秒経たなければ再び発動することはできない。持続時間を延長させることも可能だが、エネルギーを倍消費する。破壊力は無いが、戦略次第で強さを発揮する。

自身だけの秘密を密かに隠し、心の中で他人を嘲笑いたい、何かを隠していたいという精神が生んだ能力。

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