4/哲学院・魔術師たち(前編)
「一日足りと大人しく出来んのか貴様らは」
ボロボロの俺達を大馬車から見下ろしてそう言うのは、記憶に新しいあのウォルター爺や様だった。
デュバルと同じ顔まで隠す鎧に身を包んだ近衛騎士達を引き連れて大馬車から降りた彼は疲れた顔でそう言うと、主に俺を睨みながら騎士達に号令を出す。
「一体残らず連れていけ!」
その様子を顎に手を置き物珍しそうに眺めていた鎧を肩のプレートに収納したデュバルは、手をあげてウォルターに訊ねた。
「ウォルター・オーバック宰相閣下程の御方が緑小鬼の検挙にお出なさるとは──」
「緑小鬼だからこそだ、寄りによって王都に群体を作られてはな……
被害の全体はスリだけには留まるまい、組織犯罪も十分にありうる話だ」
成程と頷くデュバル、首をかしげる俺にクローシェが耳打ちする。
「《貫通》よ、おおよその緑小鬼には一瞬しか発動できないから腕やナイフを差し込むことだけだけど
少しでも力をつけた隠小鬼なら家屋のいなかに潜むことだって可能よ
小鬼種は特にその特性上、従魔登録がなければ都市部には立ち入り不可能なはずなのよ──結界があるからね」
ゾロゾロと馬車を降り、ゴブリン達に手錠をかけて担いでいく騎士達。
手錠には光る文字が輝いている、どうやら魔術を防ぐ特別製らしい。
「それにイラ──だったかね?」
「う、うす」
じろり、とウォルター爺や様がこっちを睨み付けてきたので仰け反らんばかりに背筋をただす。
馬車のなかで長時間剣を構えられたからか、苦手なんだよなぁこの人。
爺や様は相変わらず訝しげな顔をしながら言った。
「大義である──その調子で、魔物を取り締まりたまえ」
「……はい?」
爺や様は意外なことに、大暴れしたこと事態に怒ってはいないようだ。
そう言えば王女様直々に魔物を何とかしてくれって言われてたんだっけか?
こういうのでも良いってこと?
「下級の魔物には言葉はないが本能がある
強力な魔物がそこに居ると分かりさえすれば必然として強者に従おうとする
そしてそれが女王の膝元で治安を守れば、それで十分の功績となる
その魂がどういうものでも、肉体が第二期世界から甦った魔物である貴殿が暴れたとなれば影響力はかなりのものである筈だ」
なんか、いろんな人に当たり前に受け入れられてんのな俺の中身の事。
自分で名乗っておいてなんだけど普通は信じないもんじゃないか?
この気難しそうな爺や様でさえ……
「で、では宰相閣下、私はイラの解析作業で弟子を待たせておりますのでそろそろ……」
クローシェが頭を下げてそういうと、爺や様は嘘のように気のいい顔でクローシェに向き直って顔をほころばせた。
「おぉ、そうだったか
健闘を祈るよ、クローシェ筆頭魔術師殿」
「──はっ!」
「では私も……」
俺たちに着いてこようとしたデュバルは、爺や様に襟首を捕まれた。
「エフロンド卿、貴公は団舎に行って調書を纏めたまえ
先日の任務違反の件も、報告書かあれでは十分とは言えん
なんだあの恋文は」
「そんな!? あぁあぁぁ~朱き女神よぉおぉぉお後でお茶でもぉぉお」
「やなこった、イケメンなら誰でも誘える訳じゃねぇんだよっ」
爺や様に引き摺られていくデュバルにいーっと威嚇するように歯を見せてやる。
彼らとゴブリン達を乗せた馬車は、そのまま懐かしき監獄へと向けて走っていった。
見送っていると、クローシェが裾を引っ張ってきた。
「あなた、何したの?
あのウォルター宰相閣下をあそこまで警戒させるなんて……」
「あん? んな事言われてもなぁ……」
んーと、昨日の記憶を探ってみても……
「あかん、心当たりがありすぎて解らん」
「はぁ……でしょうね?」
ホントろくな事してないな、ろくな目にあってないから仕方ないけどね!
ため息をついたクローシェは、ベルモッドを一回しすると飛行バイクに変形させてそれに飛び乗ると俺に手を差しのべる。
「さて、そろそろ本当に急がないと!
MRSの使用予約に間に合わないと、また数ヵ月は待たされるわ
自飛箒に乗ったことある?」
一瞬その意味をわかりかねた俺は、一拍おいてクローシェの手を掴んだ。
「──え、乗っていいの!?」
「ちょ、何よ急に!?」
『一人や二人乗せても安全性能には問題ありません』
一気に目を輝かせた俺に引いたクローシェに代わり、ベルモッドが答える。
「だって空とぶバイクだぜ!? バイクだってロマンの塊だってのに空とぶバイク!!
それだけでこの世界に来た価値あるわ!!」
「何なのよロマンって……」
言いながら勇みクローシェの後ろに飛び乗って跨がり──どこを掴めば良いんだこれ、凸凹しすぎてて解らんから取り敢えずクローシェの肩掴んどくか。
「ちょっと、慣れるまでしっかり掴みなさいよ? 今は女同士なんだから多少くっついても構いはしないわ」
「そうか?じゃあ遠慮なく──」
俺は言ったまんまクローシェに後ろからしがみついた。
──むにゅり。
「────ッッ!!?」
軟らかい二つの肉の塊が押し付けられる感触がする。
当然クローシェのが俺の両腕にではなく、クローシェの両肩に俺のが。
クローシェは石のように固まってしまった。
「……あん? どうしたよ?」
「い、いや何でもない……わよ」
……クローシェさんよ、何故赤くなる。
なんだこれ気まずい、俺が悪いの?
せめて気を和ませるために軽口をひとつ……
「体型がせめて逆だったらなぁごっ」
「振り落としてやろうか?」
軽いつもりがクリティカルヒットしてしまった。
右頬への肘鉄と共に振り返ったクローシェの殺意満々の目に、俺は必死に首を横に振った。
ため息をついたクローシェは前を向き展開したグリップを握る、すると突き上げるような衝撃とともに視界がベルモッドによって上へと押し上げられた。
「ふわぁぁあ……!」
「舌噛みたくなかったら口閉じときなさい?」
俺達を乗せたベルモッドは地上からおよそ10メートル──周囲の建物屋上くらいの高さで上昇を止め、目的の方向へとグルンと方向転換すると、急な加速と共に発進した。
「そぁっ!?」
瞬く間に足元すれすれの建築物が遥か後方へとすっ飛んでいき、目の前にひときわ高い建物あらば急カーブで避けていく。
普段のスピードを見るに、振り落とさないよう大分手加減してくれているようだけど──正直こいつの運転はかなり粗い。
ファンタジーの世界に道路交通法なんてないのか!?
「うわわわわ危ない危ない危ない! 車酔いする奴なら一発で吐くぞこれ!?」
『車酔いなるものの感覚はわかりかねますが、お嬢様に仕えて10年
もはや私の水平矯正器は安定することの方が異常と判断するようになってしまいました。』
「ハイハイ、精々落ちないように気を付けなさい」
つくづく頑丈なこの身体に感謝しながら、飛行バイクの目指す遥か先を眺めた。
赤煉瓦の街堺を越えて綺麗に舗装された大街道を通っていけば、その先には巨大な搭がその佇まいを見せる。
宗教絵画で見たことあるような横に広い搭で、見方によっては建築に多大な年期をかけた修道院のようにも見える。
しかし所々空とぶ宝石で出来た避雷針のようなものが浮かんでいる辺り、此処がこのクローシェの本拠地であることが容易に解るってもんだ。
「どう? 此処がこの世界の先端、星をも掴む知識の殿堂、王立総合哲学収集院──通称、哲学院よ」
街を抜けてその敷地の上空に入ると、庭園では種族や人種を問わずそれどころか白衣を着た科学者っぽい奴から黒いローブに身を包み怪しい本を抱えた魔法使い然とした奴まで所狭しと歩き回っているのが見える。
お互いなにやら小難しい論議に花を咲かせていたり、魔法陣を使った儀式を行っていたり、金属で出来たロボットらしきものをリモコン操作している奴まで見える──カオスの様相だ。
「魔法使い──ちがった、魔術師たちの学校かぁ」
『お嬢様、イラ殿、第12番ブルームポートからケイリー女史の誘導信号を確認しました。
オートで誘導にしたがいます』
キリキリとダイヤルを回すベルモッドは速度を落とし、庭の一部を使った芝のヘリポート的な所でレーザーポインターになっている機械の杖を振るう白衣の美少女の元に降りていく。
「ごめんケイリー、ちょっと近衛騎士沙汰に巻き込まれてた!」
「急いでください、MRSの貸し出しあと三分しか時間とれませんでした!」
多分警察沙汰な意味なんだろうけど……それより余程MRSとやらは時間を待ってくれないらしい、そんなことよりと言わんばかりに言われたクローシェも血相を変える。
「上出来! ほら聞こえたでしょ降りて降りて!!」
「ちょっと急かすなって……ぶおっ!?」
足が地につかない高さで押された俺は、バランスを崩して顔から芝に突っ込んだ。
遅れてベルモッドを杖に変形しながら華麗に着地したクローシェは、光る文字を走らせた右手で俺の襟首を持ち上げる。
「はい走れぇー!! 邪魔な奴がいたら跳ね飛ばして構わないから走れぇー!!」
「何でお前魔術師って割にそんな武闘派なんだよ!?」
掴みなおした腕を引っ張られるままにそのまま修道院の廊下へと駆けていく、クローシェは魔術で身体を強化しているのか本当に道行く魔術師らしき若者たちを跳ね退けながら突き進んでいる。
突き飛ばされた被害者達が驚きながらも普通に起き上がっている辺り怪我人が居る様子はないのにも驚きだ。
優雅な彫刻と幾何学的な装飾に彩られた修道院の中を観賞する暇もなく、俺は目を疑うほどの長い行列と並走させられていた。
なんと言おうか、この建物を表立って歩き回っている魔術師達はいかにもと言ったひょろい様相だったのに対してこの前にならんでいるやつらと来ればやたらと屈強なのだ。
まるで森に獣でも狩りに行ってきた狩人達のような、その獲物を携えて換金前といったような一狩りいくゲームで見たような構図。
だが──
「おい、予約はまだかよ!!」
「こっちは査定期間ギリギリまで待ってんだぞ!!」
『予約番号1122450、クローシェさん、クローシェ・ド・トゥルースワイズさん、いらっしゃいませんか?』
「トゥルースワイズのお嬢様だからって横暴だろうがこれぇ!」
なんというかそんなむさい列全体が異様に殺気立っているのだ。
さっきから屋内放送らしきものでクローシェの名前が何度も呼び出されている。
「な、なぁかなり待たせてるっぽいんだが──これ大丈夫なのか?」
『第1122377遺物、審議完了──評価単位47』
「「うぉぉおおお!!」」
さっきまでの学校らしき雰囲気はどこへやら、列の前に表示される大画面内でバーコードのような魔法陣の中くるくる回っているがらくたにしか見えない機械の横に数字らしき文字が出ると列に並ぶ人々は喜んだり落胆したりしている。
こうなるとどっちかと言うと競売会場だ──あれ、ひょっとして俺売られる?
「哲学院は技術発展が第一、厳密に魔術師ではないもの──捜索者っていう人達も多く所属していて
各地で発見される遺物をここで解析して評議会にデータを提出し、地位を得るための単位を貰うのよ
国家指定魔術師の格を決める査定期間も近いからこうしてギリギリになって賭けに来る輩も多いわけ」
つまりは手柄がそのまま出世のための点数になるって訳か、なるほど?
「だからこそ、此処哲学院のMRSは何処の解析装置よりも優秀なのよ」
ようやく見えたのは、ジェラルミンのような透明な材質の扉で区切られた薄暗い部屋の入り口だった。
どうやらこの部屋がその解析のためのものらしい。
扉の前には画面を光らせるコンソールらしきパネル端末と片眼鏡をかけた妙齢の女性だ。
クローシェは部屋の前に着くや俺を引っ張り強化した腕でそのまま部屋へとめがけて投げ込んだ。
幸い扉は自動的に開いたが、その先にある金属質で冷たい床に激突する。
「あだっ!? こら、乱暴だぞいくらなんでも!!」
「はいっ!ランズベリー司書官、これ解析するからお願い!」
「時間内にお願いしますよ?」
俺のいうことなぞ知るかと言わんばかりにクローシェが言うと、これまた穏やかな口調で女性はそう言いながら端末を操作し始める。
『これより第1122450実証を開始します──』
ふと不安がよぎる、俺の投げ入れられたこの部屋──薄暗く四方を金属で囲まれ同質の床には幾何学的な丸い紋様が彫られている。
中央に倒れていた俺を中心にして機械のような駆動音が響き、その紋様に赤や緑、茶色や黄色と言った光のラインが通っていくのだ。
多分魔術を向けられるときに感じる悪寒、因鉄ってやつだろう。
というかなんか、原子炉かなにかに放り込まれた気分なんですけど……?
「な、なぁ、これ今から何すんの? 人間にやっても平気な奴?」
『大丈夫大丈夫、よっぽど因鉄に敏感でない限り安全だから』
ドアの向こうで片眼鏡の女性に代わりパネルを操作しはじめたクローシェの声が、スピーカーを通したようにハッキリとこちらに聞こえてくる。
──というか、なんつった?
『因鉄照射式内部解析術式装置起動します』
「っひあ!?」
とても可愛らしい──自分の口から出たとは考えたくもない、悲鳴が鉄の室内からドアのそとにも聞こえたようだ。
というのも、いきなり柔らかいブラシで服を無視して直接腰を撫でられたような感触に襲われたからだ。
というか、今まさに撫でられてる、撫でられまくってる。
見やると、体の周りを一本の光のリングが取り巻き細い光を幾つも照射してきている。
その形状からこれはどうやら床のバーコード魔法陣が浮き出てきたもののようで、それでこれも魔術を向けられたときに感じる悪寒の一種だとわかる。
というかとても耐えられないこそばゆさに、まともに立ってられない!
「ちょっ、なんっ──くひゅっ、なんだこれぇ……っ?」
また変な声が出そうになるのを必死にこらえながら、腹に力をこめて言う。
だが驚くべき事に、クローシェ女史の視線は俺なんて無視してパネルに釘付けだった!
というか気付けと言わんばかりに後で片眼鏡の司書官さんが咳ばらいしてるぞ、気づけよ!!
『凄いわ、内部構成が完璧にブラックボックスじゃない
ちょっと、照射シークエンスを追加するわよ!』
あ、なんかマズい。
興奮ぎみにパネルを操作するクローシェに手を伸ばして──ッ!!?
「ま、待て何をんにゃあぁい?!」
ひ、光の輪が追加されてくるッ!?
あかんコレ悲鳴が押さえられない──だがこのままだとマズい。
クローシェの後ろには最早目を背けてる片眼鏡の司書官と──男女共に屈強な野郎どもが列を乱していろんな意味で興味深げにこっちを見てるんだぞ!?
どんな羞恥プレイだこれは!!
「クローシェ!! クローシェさ……はんっ!? 開けろ出せ!! お願い出して下さいふひゅぅうっ?!」
絶え間ない全身の苦痛に口許を押さえながら気合いで見た目に反しかなり固いドアを叩くが、またこんどは体の内側から別の悪寒がかけ昇ってきて仰け反ってしまう。
『ようやく内側が見えて来たわね、フェイズ3でようやくか……うふふふ』
「ひぅ、ぐ、俺の体の中より……ひんっ、現実に目を向けてお願いだからぁぁあ……!!」
ぐぇえお腹くるしい、しかももう全身のスキャンは一通り俺の全身を周り終えた。
口許を押さえうずくまり、あまつさえ揉んどりうちながらも恥辱に俺は耐えきって──
『よし、再大出力!!』
床から浮き上がる幾つものバーコードを見て、さしもの俺も耐えるのをやめた。
これ、耐えてたら死ぬ。
◆
その日、哲学院はなんとも言えない空気に包まれました。
はじめは皆、学術的な興味からだったのです。
その魔物の女性は、噂の第二期世界から発掘された生きた化石であり、不可思議な魔術現象を起こして大暴れしたと言う事実は魔術師たちの間でも有名でしたから。
事実、その体組成は哲学院のMRSを以てしても解析不可能な点が多く因鉄を受け付けない謎の加工が施されていた事実も魔術師たちの好奇心をそそりました。
……ですが正直、最後までその解析データに集中できた人はただ一人を除いて居なかったと断言できると思います。
『ひ、ひぃあぁぁあぁっ!? りゃめ、そこ、ひひゃははっ!!? あ゛はっ、ひぬ、ひんじゃぅかりゃぁぁ!!
くぅろぉおしぇさはぁぁぁんっ!!』
MRS内で悶え苦しむ魔物の女性の悲鳴が大音量で響き渡り、評価を待つことなくディスプレイに表示されたその本人は恥も外聞もなく泣き叫びその主人たる魔術師に無意味な懇願を繰り返して──
余程因鉄に敏感らしく、術式がその体を撫でる度に震え汗やら涙やらが飛び散り辺りには水溜まりができている有り様。
それはどう見てもアレな拷問そのもので、列に並ぶ者もそうでないものも男たちは一様に前屈みになっていました。
師匠とその従魔の起こしたその騒ぎは幾人かの魔術師によって動画データとして保存され、一部のもの好き同士でやり取りされたとかされなかったとか……
以上、ケイリー・カークの報告でした。