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3/魔術の王国・ヴィルヌーヴ(中編)


「まぁまずお互い誤解を解こうじゃないか

険悪よくない、平和第一、人類皆兄弟や」


「魔物が兄弟なんていったら良い恥だわね」


 結構お洒落な手摺付の螺旋階段を上りながら、俺は必死にご主人様(クローシェ)に揉み手し交渉(イノチゴイ)を試みる。

 こいつはアレだ、絶対マッドのつくサイエンティストだ。

 下手を打てばその場で解剖、もしかしたら部屋にはすでに拷問器具が犇めいているかもしれない。

 冗談じゃない、身体は化け物、精神は打たれ弱い硝子の青少年それが俺だ。

 拷問なんぞされてみろ、即座に親の口座番号でさえも吐露する自信がある。


「それ自信じゃないんじゃない?」


「口から駄々漏れだった!

もうあかん父さん母さんごめん預金額が減ったらこいつのせいです!!」


「使うか!!」


「あらぁクローシェちゃんったら、強盗なんて始めちゃったの?」


 上の階から声のわりに野暮ったいイントネーションの言葉が落ちてくる。

 見上げるとそこには象形文字の書かれたドアから出てきたばかりの女性が、クローシェよりも小降りながら杖を腰に下げ鞄を肩にかけた格好で見下ろしていた。

 スザンヌより少し歳上だが、でかい。

 クローシェは変な会話を身内にでも聞かれたかのように茹で蛸になって弁解を始める。


「ウォーリー婦人! 違うんですこの変態が勝手に言ってて……」


「おねーさん助けてくださいおーかーさーれーるー!!」


 即座に女性の後ろに潜り込んで助けを乞うが、またも首輪が鳴る。


『お嬢様への社会的攻撃を検知しました』


「ゆうしゅう゛っ!?」


 クローシェの杖から鳴る渋い機械音声とともにまた締め上げられて階段を転げ落ちる。

 マッドなサイエンティストよりも、機械の杖の機嫌を取った方がいいのかもしれない……あだっ、壁にぶつかった。


「えっとぉ、このマンションってペットアリでしたっけ?」


 俺を無視しながらおずおずと女性に尋ねるクローシェ。

 どうやら彼女がこのマンションの大屋さんらしい、良いね好みやそういうの。


「んーペットは許可してないけど、ルームシェアならオッケーよぉ?」


「はぁ……ごめんなさい、来月まで待ってください」


 親指と小指で円を作りながら言う女性に、クローシェはがっくりと項垂れる。

 そして振り返ったクローシェの瞳は涙に若干潤んでいた。


「くぅぅ……家賃なんて今までツケたこと無かったのにっ、こうなったらホントに解剖してでも情報引き出すわよ」


「お、お手柔らかに……」


 可愛いと思ったのも束の間、恐怖に表情筋が凍りついた。

 すると急に動けない身体がフワッとした何かに持ち上げられた。

 身体の回りをリング状の光が包んで俺を階段の上まで持ち上げる。

 そして女性は両腕を広げて俺とクローシェを一緒に抱き締めた。


「おぅふ」「ぷぁ」


「仲良くしなさいっ、ルームメートでしょ? 新しい住人ならお茶の一つでも出してあげないとねぇ?」


 女性はそういうと、俺とクローシェを抱っこしたままドアの向こうへ連れ込んだ。

 なんと言うか、大阪のおばちゃんが魔法を扱ったらこんな感じに運用するんやろうな。

 懐かしい感覚と、何処となく香る生活の香りに俺は懐かしさを覚えていた。





 お茶を一口、喉を潤してから、俺は一息に俺のわかる限りの素性を話した。


「俺はイラ、生まれは東京育ちは大阪……わかんないと思うけど日本って国の地名だ。

『こっち』に来たときの記憶と名前は覚えてなくて、気が付いたらそこのクローシェが発掘した化け物女の身体になってた。

んで寝てたらクローシェに殴られてこの国の牢獄に拉致られてスザンヌ……女王陛下に助けてもらってイラって名前も彼女にもらったと。


あ、あと身体はこんなだけど中身は17歳男の子っす、よろしくっす。」


「んまぁー、大変ねぇそんな若い身空でぇ」


「待って、突っ込みが追い付かない」


 スザンヌは学者連中には信じてもらえないだろうと言ってたけど、やっぱり此処んとこはハッキリといっといた方がいいと思う。

 隠しててもどうせどっかでボロが出るのは俺が馬鹿だから自覚してる。

 ──多分大半わかってない──女性……アン・ウォーリーさんはお茶のポットを片手に頷き、クローシェは江頭を抑えてうなり声をあげている。


「『こっち』というのは貴女の封印されてた遺跡のこと?それとも……」


「この世界のことだ、少くとも俺の世界にあんな馬鹿でかいリング浮かんでないし」


 そう言って俺は窓からも月のようにうっすらと空に見えるリングを指差して言った。


「月のことぉ?」


「あれ月なの!?」


 似てると思ったらマジで月なのかあれが、いよいよもって本当に異世界だわこれ。

 クローシェの様子はもはや困惑を通り越して、呆れても居るような感じになってきた。


「自称、異世界からの稀人か……成る程、常識はずれなのも一部は頷けたわ」


「じゃあ次はクローシェちゃんの番よぉ?」


 ウォーリーさんに促され、クローシェは気恥ずかしそうにコホンと咳ばらいすると語りだした。


「私はクローシェ・ド・トゥルースワイズ。常に新しい魔術を探求・開発し、より今の第三期文明を人の為に進化させることを神理──目的──とする高位の魔術師(ソシエル・スペリオーレ)よ」


「魔法使いねぇ……」


 俺が呟くと、ウォーリーさんが吹き出して笑いはじめた。

 クローシェもジト目でこっちを睨んでくるけど、え?

 そんなおかしいこと言った?


「ねぇ貴方の世界に魔術ってないの?」


「んーアニメとか物語の世界だな。科学は進んでるけど……」


「じゃあその科学を魔法呼ばわりしたら可笑しくない?」


 あー……成る程?


「魔法というのは本物の、それこそ神話に見るような理不尽のことよ

魔術は違うわ、しかるべき儀式で世界に満ちる7種の半物質性エネルギー『因鉄』に働きかけて望んだ現象を引き出す立派な技術よ」


「クローシェ先生のお陰でこの先恥をかかずにすみそうです」


 深々と頭を下げると、クローシェは顔を赤くしてそっぽを向いた。

 解りやすいなーこいつ。

 ウォーリーさんがホルスターから杖を引き出して言う。


「本来大がかりになる儀式を代わりに演算で行ってくれるのがこの『儀式杖(ぎしきじょう)

クローシェのお父さんはねぇ、遺跡から儀式杖のオリジナルを発掘して大量生産に成功した偉い人なのよぉ

これのお陰で、私達の生活は大分便利で豊かになったのよぉ」


 遺跡や、古代技術ね……成る程、道理でなんか俺に対して聞きたい聞きたい言うわけだ。

 父親みたいな偉業を成したくて、望みを託して発掘したのが俺ってこと。

 理科の授業ちゃんと聞いときゃよかったかな。


「でも貴方の居た世界の話は、どっちにしても私にとって有用よ

古代であろうが異世界であろうが、この世界にはまだない概念が数多くある筈

だからへんた……イラ」


「……なんだよ」


 クローシェは俺に向き直ると、深く頭を下げた。


「私に協力してください、貴方の身体が何であろうと……人として、お願いする

あなたが帰る方法も探すから」


 そうか、こいつも必死だったんだな……

 人なら誰だって、目指すものくらいはある。

 それに追い付ける前から突き放される辛さはよくわかる。

 ある意味、俺にナンパ癖があるのだってその反動みたいなもんだ。

 だからクローシェがどこか焦った感じを常に持っているように思えるのも、どこかわかる気がした。


「わかったよ……んじゃ、これから宜しくなクローシェ」


 俺が右手を差し出すと、クローシェはその手をとった。


「じゃあ人として首輪は外してくれない?」


「それはダメ」


 なんでやねん。





 ウォーリーと書かれたドアを開けて、見送りに出たウォーリーさんに頭を下げた。


「お茶美味しかったです、ゆっくり話させてくれてありがとう御座いました」


「いえいえぇ、一緒に住むなら当然のことよぉ

只でさえうちは血の気の多い騎士やら魔術師やらの入居者が多くてねぇ」


 話ながらポケットから自然に取り出した飴ちゃんを手渡しつつ話すウォーリーさん──やっぱ大阪のおばちゃんだ──の話を聞いていると、上から重い足音が降りてきた。


「おや、クローシェ筆頭魔術師。いかがなされましたか」


「……うっ」


 その声に背中の産毛がそそげ立った。

 まさか、まさかと思いゆっくり振り返りきるまえにクローシェが声に答える。


「ああ、エフロンド卿。件の魔物……イラをうちで預かることになりまして」


 ……うげ、目が合った。 合ってしまった。

 金髪にセーターのような生地のラフな格好をした青年、ここに来てから刻まれた忘れもしないトラウマ。

 寄りによって異性なら──何を言おうと俺は心は男だ──決してほっとかないであろうイケメン

 デュバル・ド・エフロンドとかいう騎士は感極まったキモい笑顔をこっちに向けて頬を染めていた。


「おぉ、おお!! 再び合間見えようとは、朱き女神よ!!

その腕に胸を打たれてより、貴女の事が片時も胸から離れません」


「あっそ、病院言って取ってもらえ」


 クローシェの手を引いてデュバルの横を急ぎ素通りする。


「ちょ、ちょっとあんたエフロンド卿と知り合いなの?」


「知りマセーン知りマセーン何も知らない話してナーイ」


 早口で誤魔化しつつ急ぎクローシェの部屋を探していると、下からデュバルが追ってくる。


「どうして話して下さらないのですか朱き女神よ、お待ちください!!」


「ひぃ! クローシェ、部屋何階だ!?」


「最上階よあだだだだ歩幅早いってば!」


 しまった、そう思ったときにはクローシェの杖が無慈悲な声を放つ。


『お嬢様への物理的攻撃を検知』


「ちょ、今はやめべっ!?」


 クローシェを放して構えたときにはもう遅く、俺はまたもや重力に捕縛され階段を転げ落ちそうになる。

 しかしその肩を、よりによって逞しい腕が抱き止めた。

 動けない俺の目の前にデュバルのキメ顔が迫る。


「やはり運命を感じます」


 地獄か、俺が何をした。


「俺は、男だあああああぁぁぁぁぁ!!」

「イラ……勇ましく、そして奥ゆかしい名だ」


「只の市販の修復魔術アプリよぉ」


「あんた、今のどうやったの?」


「ぎゃんったぁっ!?」


「ギャア!?」「ゴエッ!?」


「ばっっっかじゃないの!?」


『次回:魔術の王国・ヴィルヌーヴ(後編)』


「私は貴方の顔に惚れたのだ!!」


「解るけど下衆なこと堂々と言うな!!」


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