1/目覚め・逃亡(後編)
私が研究室で持ち帰った遺失技術のレポートを纏め上げていたところ、助手のケイリーからその報を聞いたのは午前11時、エフロンド卿が民家へ落下したという知らせと共に耳に入ってきた。
「件の魔物がスザ……陛下を浚い逃亡中?」
「はっ……はいっ!只今第七市街地を肩車したまま真っ直ぐ王宮へと向かっているとのことで」
やばい、やばい、やばい!
顔面から血の気が引いていくのが解る、やはり未知の魔物を市中に招き入れたのにはスザンヌの思惑が絡んでいたんだ。
スザンヌの事だ面白がって王宮を半壊させるなんてやりかねない。
いやそれよりも、私の築き上げた地位が……遺跡発掘し放題の夢が脆くも崩れ差ってしまう。
折角持ち帰った技術だけでさえも第七禁書庫立ち入り自由を貰える程の大発見なのに!
「直ぐ向かいます、ベルモッド!」
『かしこまりました』
傍らに使える執事がバラバラとパズルのように薄い偽装外装を解き、その内に収納した本体を晒す。
グリップを握り、軍機構のサーバーに無理矢理アクセスして地図のデータと照合する。
「ベルモッド、飛ばして!」
『仰せのままに、身を構えてください。』
杖からもう一本せり出したグリップを握り、ペダルに脚をかけて浮遊するベルモッドによりかかる。
杖の角度が90°下がり両手と顔をつき出す形になると、ケイリーが慌てて研究室のドアを開けた。
「どうも!」
爆音と暴風が研究室内のレポート用紙を室内に舞い飛ばす。
その衝撃を踏み台にして急加速した私は廊下の壁に激突する前に細かく旋回、哲学院の廊下を人にぶつからぬよう最高速度で飛び出した。
◇
「はぁーっ!はぁーっ!」
やばい、バテてきた。
色々と無茶苦茶な身体だからって酷使しすぎたかもしんない。
金髪を発射したあとからなんか異様に疲れるし全身筋肉痛みたいにジンジン痛いし!
「がんばれーがんばれー♪」
「うおおおお!地球一周だってしてやろうじゃないの!!」
美女さまがはしゃぎ、両耳を挟む腿の感触。
これさえあれば何でもできる!
身体に渇を入れて駆け出したその時、隕石もかくやという勢いでそれは飛来した。
「ぶわぁっ!?けほっ、なんだぁっ!?」
「あらあら、早かったわね?」
それが地面に降り立った瞬間、土埃が爆発的に舞った。
寒気が走り、咄嗟に身を逸らすと何かが俺の胴体が位置した場所を通りすぎた。
凄いやこの身体心眼的な何かも有るわけ!?
「まだ来てるわよ?」
「ぬあ!?」
今度は全身に先の寒気が去来した。
慌ててその場から駆け出し目の前から飛んできたそれを腕で弾き美女さまに当たりかねないものも蹴り飛ばす。
「ちべてっ!!氷か今の!?」
俺のいた場所に氷が殺到したのかゾッとするような衝撃音が背後から聞こえる。
先からの鉛弾とはちがう恐怖が全身に突き刺さる、こっちは美女を抱えてるんだぞ!?
「もう、何も見えないわ」
頭の上で美女さまが何かすると、突風と共に土埃は何処かへと飛んでいった。
空けた視界の先には、見覚えのあるでかい杖?を携えた幼女の姿。
「やっと見つけた……!」
「……ああっ!?」
思い出した、気持ちよく寝てたら俺はこいつに頭をぶっ叩かれて気を失って……それで気付いたら檻に入れられてたんだ!
「あの時のコスプレ幼児!!」
「そこの陛下と同い年だ!!」
えっ?
見上げるとこれまた巨乳を挟んだ絶景の向こうから笑顔で見下ろす妖艶な美女。
目の前には青い髪でコスプレ制服を着たちんちくりん。
「うっそだぁ」
「ベルモッド、こいつ殺す」
『かしこまりました』
ちんちくりんの物騒な言葉に、周囲のファンタジーから文字どおり浮いている浮遊バイクは渋い落ち着いた機械音声で応える。
するとそれは金属音をならしながら変形し、ごつい杖のような形状へと変形した。
「もう一度言う、私はヴィルヌーヴ王国王宮筆頭魔術師クローシェ・ド・トゥルースワイズ!
陛下を拐かさんとする不埒な魔物よ、死にたくなければ陛下を解放しなさ……って待てぇ!」
名乗りが終わるのを待たずに俺は一息に市街の屋根の上へ跳躍し走り出す。
「出会い頭に殴りかかるわ刺してくるわして来るサイコ幼児に誰が付き合うか!」
ちんちくりんが手に持った杖をライフルのように構える。
コッキングを一回、冷たい何かが杖の背にあるフィンに集まっていく。
『《氷弾・刃・追尾型》追尾パターン変更します』
「せいぜい逃げ回れ骨董品……!」
見た目に似合わないどすの効いた声でちんちくりんが呟きトリガーを引いた。
氷の刃の群が杖の銃口から生えて、破裂音と共に解き放たれた。
放射状に放たれたそれは渦巻きに誘われるような不自然な挙動で屋根を伝い走る俺に殺到する。
俺は到達の前に物干し竿を拝借してバットのように構える。
「今度は魔法少女か……よっ!!」
力一杯振り回し、殺到する氷の刃を吹き飛ばす。
しかし氷は、花開くように弧を描くと今度はそれぞれが別の軌道を描いて迫ってきた!
「なあぁだっ!?」
これにはたまらず逃げ出す。
今度は細かく追尾できないほど加速されていたようで、氷の刃は屋根に突き刺さっていく。
しかし俺が逃げていく道に沿って氷の壁ができる程、数が多かった。
また新しい氷の刃の群れと共に、浮遊バイク形態になった杖に股がるちんちくりんが全力疾走の俺と並走する。
氷の刃はちんちくりんの回りを護るように円筒形に配置されている。
杖からの渋い機械音声が無慈悲に告げる。
『お覚悟を』
「するかぁ!こちとら命と美人のねーちゃんとの凄いことがかかってんだっ!」
『は?』
杖が困惑しとる。
同様に目を点にしたちんちくりんが我に帰り、顔を赤くして絶叫する!
「女同士でしょ、何考えてんのこの変態魔物!!」
飛ばしてくる氷の刃に飛び乗って、ちんちくりんの頭を踏み台にして向かいの屋根に跳ぶ!
「ぎゃ」
「信じらんないだろうがこちとら中身は男子やっちゅうねん!!」
着地すると、柔らかい巨乳を頭頂部に押し付けてしがみついていた美女さまがちんちくりんに振り返り、口許に手を宛ててヲホホと笑う。
「そう言うことみたいだから、じゃあねぇ」
「~~~~っ!スザンヌぅううっ!!」
爆音、スピードを上げたちんちくりんは氷の刃を置き去りにして尚俺達を追いかけた。
「ついたぁっ!!」
「あらあら、着いちゃったわねぇ」
ちんちくりんを撒いて、目の前には先から見えるのがおかしいナーと思っていたほどの巨大な宮殿。
というか今まで走ってきた街があくまで一区画とすれば、壁で隔てられた宮殿の内部もまた幾つもの施設があるようでもうひとっ走りする必要がありそうだ。
だが、銃や魔法ときて……今度は剣の切っ先に囲まれていた。
「魔物めぇっ……そのお方を誰と心得ての狼藉か!」
「その上王宮にまで押し入ろうとは不届き千万!」
そりゃあ王宮なんだから警備が薄いなんて訳がないよね。
顔まで覆い隠す全身鎧の騎士達は当然ながら敵意剥き出し、剣はどれも先の金髪と同じ半機械仕様。
押し通ろうとすれば間違いなく爆発の餌食。
もういいだろ……
「あら……?」
肩と頭の感触が名残惜しくて堪らないが、美女さまを下ろす。
「ありがとう、もうあんたを人質にして突っ走るのは辞めだ」
「覚悟は出来たみたいね」
そう言って空から飛来するちんちくりん。
杖を今度は全うな形に持ち直して、騎士達と同様に此方に向ける。
「ああ、お陰でこの身体の扱いにも大分慣れた。そろそろ遠慮なくぶちかまして見たいんだよ!」
両の拳を開き、感覚のまま『質量』を増していく。
増しすぎた質量に、足元からボコボコと陥没して真円のクレーターが出来ていく。
どうやらこの身体はそれにしても特殊らしい、逃げてる間に色々とわかったことがある。
多分何かを見た目じゃわからない重さに変えてくれていて、そのまま自分の手足の感覚で振り回せるんだ。
手足を鈍器に変えるようなもの、美女さまを乗せたままだと十分に発揮できない狂戦士仕様。
なら道を俺が作れば良い。
「行き先を遮るやつは残らず叩いて再起不能にしてやる。
邪魔物がいたら、美女さまと凄いことがゆっくり出来ないからなぁ!」
騎士達がヘルメットの上からも解るほど動揺して聞き間違いか隣に聞きあっている。
だがちんちくりんは、一度俺の目的を聞いたからか冷たいほどに冷静な視線を俺に投げつける。
「発情してるとこ悪いけど、時間切れよ……ベルモッド!」
『仰せのままに、ビット射出。プロトコル《天球儀》』
杖が先端から花びらのような小型機械をいくつも立ち上がらせたかとおもうと、それは飛び立って俺の周囲を球状に取り囲んだ。
騎士の一人が美女さまを抱え、瞬く間にビットの包囲網から退く。
まさか打ち合わせ済みか!?
「あなたの時代なら覚えがあるかもしれないけど、データは共有されるものなのよ
そして、人間の知恵と科学は、魔術と魔物を凌駕する!」
騎士達が剣を地面に突き立てると、地面から光輝く何かを吸い上げてちんちくりんの持つ杖へとそれを流し込む。
『因鉄粒子散布完了、現象固定準備完了しました』
「大地の精よ、大いなる星々の誕生の記憶を呼び起こせ。3000年の牢獄は、獣を縛る鎖となりて……《重力縛鎖試作型》!!」
ちんちくりんの詠唱に応え、ビットの先端が瞬いた。
瞬間、俺は全身に何かが覆い被さるような衝撃を受けた!
というか動けない、息が出来ない苦しい!
「がぁ……っ、あが!!」
「怒るごとに重くなる性質の魔物、確かにそれを封じるなら星の力で押さえつけるのがもっとも効果的ね
重くなればなるほど強く、その鎖は臓腑まで締め付ける
そのまま潰れちゃいなさい変態魔物!」
「あ、あ、あぁがっ……」
ちんちくりんの言葉通り、質量を増せば増すほど腕が身体に食い込んでくる痛い!
待て落ち着けどうやったら質量下げられんの痛いやめてもうしませんごめんなさいなんでもするから……ぁ。
「降参しなさい!」
出来るかあぁぁ!!
肺まで潰されたら声すら出せんわ痛いやばい酸素が意識が薄れてきたもうダメ死ぬ……
「控えよ、惑星」
一言、美女さまがそう言うと俺は重力の牢獄から解放された。
身体に力が入らない……そのまま前のめりに倒れ付した。
「スザンヌ!?」
「はっ……はっ……」
ああ空気が美味しい。
もうこのまま寝ちゃいたい……
「ヴィルヌーヴ王国第27代国王スザンヌ・デ・ヴィルヌーヴの名に於いて、此処に名もなき魔物への処遇を言い渡す!」
あー、やっぱりお姫様だったかぁ……そうだよなぁ王宮住まいだし陛下だし、運が良いのか悪いのか……
「この者、魔物にして魔物に非ず!人にして人に非ずの半端者!
さればこの者、発掘者クローシェ・ド・トゥルースワイズの責任監修のもと、国防の番犬として国民として迎えるものとする!」
「な、あっ!?」
ちんちくりんが悲鳴じみた声を上げる。
美女さま……スザンヌさんはちんちくりんを向いて悪戯に微笑んだ。
「異議には此度の騒ぎに相応の積を以て応えよう……異議あるひとー?」
「ぐっ……くっ……ぎ……」
それでもちんちくりんはプルプルと震えて何か文句を言おうとするが……項垂れた。
「ありません、陛下」
「良くできました♪」
……ザマァミロ。
あれ?ていうか今のって、俺がこいつの世話になるって事じゃないのか?
……やばくね?
「かあさまー」
「どうなさったのですか?」
「この子角あるー」
場にそぐわない幼い声が三つ。
「あぁ、ベル、エトラ、ベッテ。新しいペットよ?」
それにスザンヌさんが優しい声で応えて……か。
「かあさまと!?」
「うわ生き返った!?」
根性で起き上がる俺に、ちんちくりんが思いっきり引く。
彼女によく似た三人の子供を抱きながら、にっこりと彼女は俺に笑いかけた。
「三児の母です♪」
「……ああ、ホントによく似て……ぐはぅ」
残る力一杯の社交辞令を交わした俺は、そのまま意識を手放した。
「……はっ、此所で迷うたぁ俺もまだまだだな」
「堅くならないで、お互い遊んだ仲じゃない」
「やっやぁっ……優しくしてくださっ……」
次回「お風呂・王女」