メリーゴーランドの幻想
俺ーー九条 大悟は受験生ながらオカ研の後輩に誘われて廃園になった裏野ドリームランドに来ている。
「どうしたんですか、九条さん?」
俺の隣を歩くのはクールビューティーな美少女後輩ーー鷲津 姫華。
実は彼女は俺の恋人でもある。
「いや、初デートがこんな場所だったのは失敗だったかなって」
俺と鷲津が出会ったのは去年の初夏ごろ。先輩が受験で引退して俺がオカ研の会長として活動するようになったときだった。
当時のオカ研は俺しか居なかったので会長も何もないが。
まあ、一人だったので空き教室を自分だけの城にして菓子を食べたり、こっそりゲームをしていた。とにかく充実はしていた。だけど正直飽きていた。
俺は変化を欲していた。
そんなある日の放課後、俺がいつも通り空き教室の鍵を貰うために職員室に行くとーー鍵が無かった。
近くに居た先生に訊くと、どうやら今日は使用されているらしい。一応オカ研の部室なんですが、と言いたかったが活動していない俺には資格が無かった。
仕方なく帰ろうとしたとき、先生に声をかけられた。手伝いに行ってやれ、と。
面倒だったが帰っても暇だったので様子だけ見に空き教室に行った。
そこに居たのが鷲津 姫華だった。
「あら、どなたですか?」
そう訊いてきたのは、こちらに気づいた彼女だった。
「俺は二年の九条だけど。君こそ誰?」
恐らく彼女がオカ研の空き教室で作業をしている人物だと分かっていたが、見たこともない相手だった。
「私は一年の鷲津です」
「そうなんだ! 大人びているから同い年かと思ったよ」
「よく言われます。夏服だと学年のバッチがないので迷いますよね」
俺の言葉に鷲津は微笑んだ。もしかしたら俺はこのときに惚れたのかもしれない。
「それで九条さんは何故ここに?」
鷲津が小首を傾げる。
「ああ、実はこの教室はオカ研が使ってるんだ」
「あら? そうなんですか? 私は作業に使って良い教室だって聴いたんですが」
鷲津は申し訳なく言う。
「あ!? いや良いんだよ! どうせ活動していないから!」
俺は罪悪感を感じて思わずフォローしていた。
「それで鷲津……さんは何の作業をしているの? 先生に手伝ってこいって言われたんだけど」
大急ぎで話題を変えた俺を鷲津は怪しまなかった。
「今日はクラスの壁新聞を作ることになっていて」
鷲津は床に置いてある工作道具を指差す。
「鷲津さん一人なの?」
「いえ。新聞部と写真部の友達が来ます」
随分と顔が広かった。
「鷲津さんは学級委員か何か?」
「はい」
「じゃあ男子も来るんだね。力仕事とか大丈夫か」
何とか理由をつけて離れようと思った。鷲津とはまだ話していたいが周りから見たら彼女が変に思われてしまう。
「いえ。相方は今補習です」
「期末前なのに?」
「期末前に補習しないとダメなくらいの学力なんです」
そんな奴を学級委員にして良いのか? 俺は思ったがクラスそれぞれだ。
「ですので、良ければ手伝っていただけますか? 今日中には終わらせたいので」
「君が良ければ良いけど」
鷲津から誘われて俺は結局壁新聞作りを手伝った。写真部と新聞部に伝が出来たのもこのときだった。
その後、オカ研に鷲津が入り、彼女が呼んだ帰宅部のクラスメートである千葉たちが参加して今年は峰も会員になり、夏に鷲津に告ってまさかのOK、そして今に至る
「聴いてます?」
俺は今に引き戻された。
「なんだっけ?」
「ですから。ほら、メリーゴーランドが動き出しました」
鷲津に言われて今更ながら気づく。
「確かに綺麗だ!」
暗かったメリーゴーランドには照明が点き、夢の国から流れるような軽快な音楽が心地好かった。
光に照らされた白馬たちは円を描くように駆け、馬車を引く。
「私はこれが初デートで構いませんよ」
鷲津は頬を染める。そして俺に向かって微笑んだ。
「だって、このメリーゴーランドを見た男女は結ばれるんですから」
俺は幸せの絶頂に居た!
『ピン ポン パン ポン♪ メリーゴーランド二名様ご案内~♪』
「あれ?」
俺が悦に入っていると鷲津が何かに気づく。
「九条さん、あれってドリームラビットですか?」
鷲津に袖を引っ張られて俺は彼女が指差す方を見た。
「着ぐるみ、だよな?」
メリーゴーランドから少し離れたところに紫と青紫のストライプのパンツを穿いたデブったピンクのウサギがこっちを見て手を振っていた。確かにあの着ぐるみは裏野ドリームランドのキャラクターであるドリームラビットだ。だが問題はそこじゃない。何で着ぐるみがここに居るかだ。
「連城が入ってるのか?」
「確かに彼ならやりそうですけど、どうします?」
「あッ!」
俺たちがドリームラビットに近づこうとしたときドリームラビットは逃げ出した。
「追いかけましょう。何だか様子が変です」
俺は鷲津の提案に頷き、二人でドリームラビットを追った。