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ひと喰う森

『ひと喰う森』



 その森は、人を食うらしい。



 スギノはその灰色の森で途方にくれていた。どちらを見ても灰色灰色灰色、もしかしたら自分はこの森で一生迷い続けるのかもしれない……そんな思考まで浮かんで来る始末である。

 故郷の大人たちは昔から「《森》はお前を食いものにするから気を付けろ」と口を揃えて言っていた。当時のスギノはまだ子供で、大人たちの言う事なんてハナから信じちゃいなかったのだが、やはり亀の甲より年の功、年長者の忠告は素直に受け取っておくべきだったと後悔しきりだ。

 森が自分に覆い被さってくるかのような圧迫感と閉塞感。スギノは頭を振ると、この灰色の森から脱出するべく歩き出した。



 灰色の木々をかきわけ、スギノは歩き続けた。だが、行けども行けども森の出口は見付からない。辺りに茂る木々すらも、自分を食いものにしようとしているように見える。

 そんな妄想を頭の中から追い出して、スギノは重たい足を引きずる。ざわざわと蠢く木々は、それ自体がひとつの巨大な生物のように思えた。

 それにしても、とスギノは考えた。一体全体どうして自分はこんな森をさ迷う羽目になったのだろう。……故郷を出た時の自分は希望に満ち溢れていた。退屈な村を出て、森で何か素晴らしいものを見付けようとしていたのだ。

 ――今では、それが何だったかすら思い出せない。

 灰色の森。

 味もそっけも無いこの場所に、昔の自分はひどく憧れていた。ここへ来れば何か素晴らしいものが見付かると信じていた。

 ……だが、今の自分はどうだ。何も見付けられず、今もこうして森を右往左往するばかり。あの頃の自分が今の自分を見たら、何と言うだろう。

 知らず、スギノの口から溜め息がもれた。歩き続ける足も鈍る。

 妙な息苦しさを感じて首に手をやったスギノは、自分の首に巻き付いている細長い布のようなものを緩めた。それから固まった肩をほぐそうと、上着を脱いで脇に抱える。

 つくづく窮屈で動きにくい格好だと、スギノは思った。どうしてこんな格好をしなければならないのか。

「……、ノ……」

 遠くから何か聞こえる。獣の鳴き声だろうか、それとも風の音だろうか、それとも木々の擦れる音だろうか。スギノは眉を寄せ、凝り固まった肩を回してほぐしながら歩き続けた。

「ス、……」

 また聞こえる。何故か呼ばれているような気がして、スギノは足を止めた。ふと足元に目をやると、灰色の落ち葉。それを拾い上げようと腰を曲げ、

「スギノ!」

 響いた声に、森が揺れた。



  *  *  *



「スギノ、お前どうしたんだよ。いくら呼んでも返事しないし……」

 怪訝そうにスギノを覗き込んでいる男。スギノはぱちぱちと瞬きをすると、周囲を見回した。

 灰色の森。灰色の木々。いつからこの森は色を失ったのだろう。いつからこの木々は色を失ったのだろう。

 沢山の人間がこの森へやって来て、沢山の人間がこの森に食われてゆく。自分もいつかその仲間入りをするのだろうか、とスギノは身体を震わせた。

「……スギノ?」

「あ……いや、なんでもない」

 不審げに眉を寄せる男に、スギノは頭を振って見せる。男はスギノを眺めた後、別れの挨拶もそこそこに走り去って行った。

 ――スギノは空を見上げた。空は青かった。泣きたくなるぐらいに、青かった。

 そしてスギノは……杉野は窮屈なジャケットに袖を通し、ネクタイで首を締め付け、歩き出した。

 拾い上げたくしゃくしゃのチラシを握り締め、スクランブル交差点の真ん中で、歩き出した。



《幕》

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