籠の鳥、若しくは
『籠の鳥、若しくは』
男は鳥籠のような形の檻の中に居た。
出られない訳では、ない。何故なら檻の鍵はとうに壊れ、錆び付いた扉は開け放たれているのだから。
「いつまでそうしているつもりですか、我が父」
男には名前が無く、ただ《父》や《主》と呼ばれる事がほとんどだった。それは、男がこの鳥籠に入った時からずっとそばに居る白い翼を背に負った使徒からも例外では無い。
「……いつまでそうしているつもりですか」
使徒は、もう幾度となく繰り返している問掛けを続ける。
――男が最後の子を創り出したあの日から、男は檻の中に居る。
「……どうしてあの子たちは世界を憎むのだろうね」
男は頭を振りながらそうごちる。背を丸め、溜め息混じりに呟くその姿を、元は最も尊き者の姿だと誰が思うだろうか。
「あの子たちが知恵の実を食べ、私の手を離れた時、私はほんとうに嬉しかった……あの子たちの持つ可能性が、私を越えたのだと」
翼持つ使徒は黙って男の話を聞いている。どこか遠くで、地鳴りの音がした。
「けれど……知恵を手に入れたあの子たちは、この世界を憎んだ。まるで憎しみをぶつけるかのように、世界を壊してゆく……」
悲しげに呟いた男は、瞳を細めると檻の外の世界を眺めた。
「……世界はまだ、こんなにも美しいのに」
地鳴りの音が少しずつ近付いて来る。使徒が、焦ったように幾度目かの問いを繰り返した。
「いつまでそうしているつもりですか、我が父……!」
男は立ち上がると、扉の前まで歩み寄ってから足を止めた。迷うように、惜しむように一度、檻の外の世界を眺める。
「どうしてあの子たちは、この世界を憎むのだろう」
「我が父」
「……あの子たちも、昔はそう呼んでくれた」
男は一度頭を振ると、壊れた扉から檻の外へと歩み出た。
――そして、この世界から《神》は姿を消した。
その日、世界は崩壊の音に飲み込まれた。
《幕》