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タイトル一文字。 同音異字から連想する物語、あいうえお順に書いてみた。

「ね」 -音・根・値-

作者: 牧田沙有狸

な行


「君、八方美人でしょ」

初めて会った男に言われた。

年2回行われる巨大アートイベント。あたしは毎回、色鉛筆画を出展している。

24色の色鉛筆で描くあたしの世界には、新作を楽しみにしてくれる常連もいた。しかし大半は初めて出会う人。あたしの世界に興味を示す人たちの反応は「変わっている」とか「独特」とか褒め言葉と皮肉の微妙なラインのものばかり。だから、あんまり嬉しくない言葉や態度にも慣れていた。けど八方美人ってのは初めてだ。

「なんでですか?」

あたしは、ただ疑問に思ったという感じにやわらかく聞く。

「ほら、その聞き方」

「え?」

「いい子ぶっちゃって。本当はカチンと来たんじゃないの?」

「別に」

手荷物を持っている姿と、受付でもらえるチラシ入りの透明のビニールから見えたパスで、ブース出展ではなく今日だけの入場者だと分かる。

その人は断りもなく、あたしの商売道具24色の色鉛筆を手に取りふたを開けた。

「ほら、色鉛筆にもいい顔してる」 

「そんなわけないですよ」

「使いたい色が24色平等なんてありえないね」

あたしは、色鉛筆を取り返し少しカチンとしたところを見せた。

しかし、仲良く同じように短くなっている色鉛筆を見て返す言葉はなかった。

そんなこと言って、この人も絵を描いているのか? 聞き返そうとすると

「次回も出る?」

「たぶん、毎回で出てるから」

「そっか」

そう言ってその人は去っていった。


24色まんべんなく使ったあたしの絵。

森の絵を描いても緑と赤と黄色の配分は同じ。

海の絵を描いても青と黄色と紫の配分は同じ。

あたしの絵の人は肌のいろが変で、いつも統一感のない服を着ている。

実在するものとは違う色で描いている。できるだけ、いろんな色を使うために。

色鉛筆で絵を描き始めた頃、一本だけ短くなっていく人気者のピンク色に群青色が嫉妬しているように見えた。

目立つ子だけが愛される。

かわいい子だけが必要とされる。

まるでピンク色の色鉛筆は、クラスで人気者の小柄でかわいいあの子。

群青色は背が高いだけで、存在的には目立たないあたし。

好きな色だから沢山使ったピンク色だけど、どんどん短くなってムカついた。

あたしは他の色と違って愛されていると言っているみたい。

自分で使ってそうしたのに、なんだか差別したようで申し訳ない気持ちになった。

だから新しく24色セットを買った時、誓ってしまった。平等に愛そうって。

好きな色だけ使うなんて、もうしない、って。


 色鉛筆にもいい顔する八方美人……


あたしはこの言葉、相当根に持ってしまった。

根に持つ、という感情はすごいエネルギーだ。自分、自分の作風のよさを説明して、あんなこと言った奴にもう一度会い「失礼だった。ごめんなさい」と言わせたい。自分の作ってきたものを肯定したい。

どうにかして自分のスタイルの正当性を証明したいという思いが、自分を見直させる。そんな気持ちは、平等に色を愛そうとする精神に疑問を投げかけ内観のような作用を及ぼした。

改めて、自分の作風、自分と向き合った。

あたしが描きたいものはなに?

目に見えている色を無視してまで色を選ぶことは平等になるの?

そんなに平等にしたかったら、バラ売りしてるんだから24色も使わなきゃいいじゃん。

そもそも、平等に色を愛してるのあたし?

色鉛筆だけでそんなことしてて何が平等?

いつも地味な服きてるじゃん。


 ……だんだん、自信がなくなってきた。

 

あたしは、色鉛筆を箱から出して行儀よく並べるのをやめた。

そして、ポストカードに思うままに絵を描き出した。

絵を描けば絵が教えてくれるような気がしたから。



そして月日が過ぎ、またイベントの日が来た。

「八方美人さん」

奴が来た。このイベントはリピーターが多い。別にあたしの存在など関係なし来て、たまたまあたしを見つけたんだ。

奴は、並べている絵を見て

「相変わらずだねー」

「こういうタッチがいいって言ってくれるあたしの絵のファンがいるんですぅ!」

「あ、今度はちゃんとカチンときた」

「ケンカ売りに来たんですか?」

「いや、僕は買いにきたんですよ。絵を」

「買う気ないくせに」 

「これは?」

売り物にはしていないポストカードを数枚手に取った。

「気まぐれに描いてみました」

「いいね」

奴の表情が変わった。こんないい顔する人なんだと、正直ドキリとした。

「特にこのピンクなんて、愛情いっぱいで音がする」

「音?」

「こう動き出しそうな、エネルギーがあふれている」

あたしは今までの自分の絵を見た。すごく静かな絵だと思った。

悪く言えば死んでいる。

ポストカードの方が、ある意味あたしっぽい気がした。

「……それ、好きな色だけで描いたの」  

少しトーンを下げて言うあたしに、奴は嬉しそうに笑った。

「やっぱりね。これ買うよ」

「いいです。値段つけてないから、名刺代わりにさしあげます」

「本当?ラッキー」


ピンクの絵を手に喜ぶ姿を見て、勝手に敵対していた意地っ張りな自分を恥ずかしく思った。

好きと嫌いの感情は対立しない。前に出る形が違うだけで根っこが一緒なんだ。

奴の言葉を思いながらピンク色でこの絵を描いた時、根に持つ気持ちが同じエネルギーで違うものに変化しているのに本当は気づいてた。その変化した気持ちは、均等で薄っぺらいあたしの愛情が真実を曲げていたと教えてくれる。

愛するものだけに愛情を注ぐことを誰が非難するというんだろう。みんなを愛したいのではなく、みんなに愛されたい、いや、みんなに嫌われたくない思いが作り上げたツマラナイ平等主義。それは愛情でもなんでもない。

出来上がった独特の絵は奇をてらいすぎた心のない商業主義な絵。

紫色の肌の人が、黄色の空の下で海水浴。そんな絵もう描かなくていい。

青い空と青い海、同じ色ばっかり使えばいい。

あたしの心のうちを描いた抽象画はピンク色でいっぱい。

あたしはピンクという可愛い色が大好きなのに、自分には似合わないからと、周りがそう思っているに違いないと思って、好きな想いを封じ込めてたんだ。一般的なイメージで自分が傷つかないように思い込んでいた。

もう自分の思いを表現することに遠慮はいらない。

 

八方美人でした。

ありがとう、あたしの描いたピンクの絵を持つ人。

その絵から発する音って

「あなたを好きになったかも」

そんな声かも、ね。




■ミニコミ誌「Minority 第5号」掲載作品

 (高円寺みじんこ洞) 


■原作として参加

 おかしな監督映画祭 2009年

 「ピンクノイズ」宮野真一監督 (日本映画監督新人協会賞/中田賞 受賞)


 「松本沙有理」名義

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― 新着の感想 ―
[一言]  徹底しているところがすごいです。
2016/11/10 14:58 退会済み
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