アドレス交換
なぜ泣いていたのか、その理由はわからなかったけれど、触れてはいけないものだと思った。
だから僕は、かねてから思っていた疑問をぶつけてみる。
「そういえばさ、なんで制服なの?今日は日曜日なんじゃ?」
その質問を受けてナツの表情が曇る。
そして、ばつの悪そうな声で答える。
「コ…コスプレ……かな?」
「コスプレって……ナツは高校生じゃないの?」
見た目はどこからどう見ても、女子高生にしか見えない。
「どこからどう見ても、今をときめく女子高生ですよ!」
「もしかして補習とか?」
自分でも失礼な質問をしてることがわかる。
それでもナツという少女なら、きっと面白い反応を返してくれるに違いない。
「まったく!一樹さんはひどい人ですね!」
コロコロと表情を変えながら、答えてくれるナツに親近感を覚えた。
「おじさんのくせに、生意気です!」
ナツが反撃をしてくる。
「おじさんで何が悪い!てか、まだ29歳だ!」
「29歳とか……おじさんですよ……」
僕は、それでも胸を張る。
「百歩譲って一樹さんと呼ぶことを許可しよう」
「はいはい、おじさんの一樹さん」
「一言余計だ!」
そんなくだらないやりとりをしていると、あることを思いつく。
「あ、そうだ!」
「ん?どうしました?」
急にひらめいた僕の顔を、ナツが、大きな目を見開いて聞き返してくる。
「今日撮った写真、どうしたらいい?送ろうか?」
「……。」
また一瞬の間が空く。
そしてナツが小さな口を開く。
「それじゃぁ……もらっていいですか?」
「もちろんさ!」
僕は、自分の撮影した写真を誰かにあげたことなんてなかった。
だからこそ少し心が躍っているのが自分でもわかる。
「えっと、印刷して渡したほうがいいかな?」
「あ、データで大丈夫です」
そういうと彼女は、携帯を取り出した。
ピンク色をした、可愛いケースのついたスマートフォンだ。
「その……メアド交換しませんか?」
ナツが携帯の画面を僕に見せてくる。
そこには彼女のであろう、メールアドレスが記載されていた。
「わかった。じゃあ登録するね」
僕も携帯を取り出し、彼女のアドレスを登録する。
「ここに送ればいいのかな?」
「お願いします」
ナツが軽く頭を下げる。
そんな何気ない仕草が、ナツという少女を形作っているんだと実感した。
「それじゃあ、今夜当たり送っておくね」
「お待ちしております」
ナツは、スカートの端を持ち、お嬢様の挨拶のような仕草で、僕へおじぎした。
「それと……もしよければなんだけど……」
「なんですか?」
僕は、ふとカメラの再生機能で、今日撮った写真を見る。
「えっと……」
僕は少し、言い出しにくかった。
僕の趣味は、自身のホームページへ写真を掲載すること。
そこに、今日撮ったナツの写真を、載せたいと考えたからだ。
ただ、人物を載せるとなると、その人に迷惑がかかってしまうかもしれない。
特にナツという少女は、まだ高校生だ。
いくら自身の趣味とはいえ、そんな高校生の写真を、ネット上に掲載してしまうことに抵抗がある。
それでも僕は、この素敵な写真を、掲載したいと考えていた。
そんな二律背反な気持ちが、僕の問いかけをつまらせた原因だ。
「どうしました?」
ふと言葉を詰まらせた僕に、ナツが不思議そうな顔で問いかける。
僕は、意を決した。
「ナツの写真、僕のホームページに載せてもいいかな?」
「えっと……」
ナツの声が、困惑へと変わる。
そりゃそうだ。
さっきまで他人だった人間に、自身の写真をネットに晒していいかなんて聞かれたら、誰だっていやだろう。
そんなことを考えていると、ナツは思いがけない言葉を発した。
「お願いします」
「へっ?」
僕からは、まぬけな声が出た。
「その代わり、可愛く載せてくださいね」
ナツの表情が、明るくなるのを感じた。
「わかった!約束する!」
「はい、お願いしますね」
暑い夏の終わり。
枯れかけた向日葵畑の中。
僕はナツという少女と出会い。
これから何かが始まる、そんな予感がしていた。