イントロダクション~出会い~
あの日、あのとき、あの場所へ行かなければ、こんなにも深い悲しみを背負うことはなかったかもしれない。
それでも僕は、君と出会った奇跡を、君と過ごした幻を追いかけている。
ある晴れた夏の終わり頃、僕は、唯一の趣味である写真撮影に行こうと思い立った。
普段会社でデスクワークの僕は、カメラで風景写真を撮るのが趣味である。
そしてその写真を、自身で作成したホームページへ掲載するのが、いつもの休日の過ごし方になっていた。
「そうだ…たまには行ったことのない場所を撮ろう」
誰もいない殺風景な部屋で、ぽつりと呟く。
時計の針はまだ午前9時。
そして今日は日曜日。
まだまだ遠出をする余裕もある。
「おし、行くか」
パソコンの電源を落とし、部屋着から外行きの服装へ着替えて、僕は部屋を飛び出した。
いつものカメラを、いつものリュックを携えて―
玄関から外へ出ると、眩しい日差しが僕の肌を焼く。
「あっちぃなぁ…」
もともとインドア派な僕は、夏の暑さがあまり好きじゃない。
八月ももう終わりだというのに、狂気的な程に鳴くセミの声も、アスファルトから伝わる地熱も、すべてが夏のようだった。
車のドアを開ける。
車の中から出てきた熱波に心が折れそうになる。
僕はその夏という季節に負けそうになりながらも、荷物を助手席に放り込み、車のエンジンをかけた。
車のウィンドウを全開にして、クーラーを全開にする。
それでもまだ車内の熱は取れないが、車を出発させた。
今日向かう場所は、自宅からだいぶ離れた場所だ。
ゆうに車で一時間ほどかかる。
そこを一言で表現するなら、向日葵畑。
向日葵が一面に咲いている場所だ。
先週仕事で出張した際に、その場所を見つけていた。
写真映えする景色だなぁと思った記憶がある。
僕はその記憶を頼りに、目的の場所へと向かった。
車で一時間ほど走るとようやくその場所へたどり着いた。
記憶が鮮明だったのか、道に迷うこともなく、案外普通に到着してしまった。
ただ、その記憶と一か所違うとすれば、その時に比べて花がだいぶ少なくなってしまっていたことだ。
あの時満開だった向日葵たちも、今や季節の終わりを告げるかのように、萎れた花が多くなっていた。
「まずったなぁ…ちょっと想像と違うなぁ…」
誰もいないことをいいことに、心の声がたまらず出てしまう。
ただここまで来て手ぶらで帰るわけにもいかず、写真撮影の準備をする。
カメラの三脚をだし、カメラを風景写真用のレンズへと付け替える。
「おし、セッティング完了」
すぐさまシャッターを切る。
夏の終わりの景色がそのカメラの中に刻まれる。
心もとない向日葵と、青空。
山々の青々とした緑。
そんな写真が一枚、二枚と増えていく。
ファインダー越しに見る世界は、キラキラと輝いていた。
「あの…すいません…」
写真撮影に夢中になっていると、肩を叩かれ、声をかけられた。
その声の主は、見たことのない制服を着ていた。
ただそれが、学生服であることはわかる。
目は大きく、ぱっちりとしており、色白で、髪は黒い。
どこか薄幸そうな、そんな少女だった。
「な、なんでしょう?」
女子高生のような少女に話しかけられた僕は、しどろもどろになりながら答える。
「そのカメラで私の写真を撮ってくれませんか?」
「えっ…これでですか?」
「お願いしたいんですが…だめでしょうか?」
それはまるで懇願。
普段人物写真など撮ることのない僕は、困惑してしまう。
「その、普段人とか撮らないので…うまく撮れるかはわかりませんけどよろしいですか?」
その言葉を聞いて、少女の顔が晴れやかになる。
「はい!お願いします!」
それが僕と彼女の最初の日。
終わりへ向かう最初の記録。