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噂の化物一家

ある春の日の朝と昼の間の事。

冒険者ギルドにて騒ぎは起こった。



「冒険者ギルド、ムルムーロ支店へようこそ」


「ああ。急ぎで討伐を頼みたい」


依頼主は男だ。

てっきり迎えかと思ったのだが違ったようだ。ならば仕事をしなければ。

私はカウンターの内側からその男をよくよく観察する。それが仕事だからだ。


服装こそは地味だが質は良く真新しい。顔は凡。しかし自信に満ちていて声は良くとおる。

顎はつるりとしている。おそらく今朝にでも剃ったのだろう。

よく手入れされている手爪にインクの臭い。

おまけにたっぷりの整髪剤で撫で付けられた頭。


身分を隠した富裕層。


だいたいこんな所だろう。しかしこの男、なんとも中途半端である。

平民にしては身形に金がかかりすぎていて、商人にしては要求が直球すぎて交渉ごとに慣れておらず、貴族にしては付人が居らずとも様になっている。


「討伐ですね、では此方の書類をご記入ください」

「ああ」


窓口のトレニア嬢がいつも通りの手順で男に説明をしながら依頼書を書かせている。

冒険者の大半は文字が書けない。したがって当然代行等の説明も行うのだが、それを飛ばし男自身に文字を書かせているようだ。

各支店のギルド長は筆跡から身元を割り出す魔法を使えると噂だ。なるほど、これで男を逃がさない準備は万端、というわけか。

新人と侮るなかれ、トレニア嬢は可愛らしい見目に反して中々にしたたかなのだ。


「それでは拝見させていただきます……」


書き上がった依頼書をトレニア嬢が男に確認をしつつ目を通していく。

問題が無いようならばギルドの印を押した後に掲示板に貼られるのだ。


が。


「……あの、これ……あっ、その箇所ではなくてですね、はい……いえ……は、いぃぃっ!?」


ものの数秒で奇声をあげた。

早速問題が発生したようである。


「その、討伐対象なのですが……此方で本当にお間違いはございませんか?」

「ああ、間違いない」

「……申し訳ございませんが、当ギルドでは此方はお受けする事が出来ません」

「なぜだ?居場所も解っている。報酬もはずもう」


無理だ。頼む。無理だって。


言い回しは違えどこのような会話を何度かする内に痺れを切らした者がいた。

話に耳を傾けていた冒険者達である。

本来この時間に急ぎの依頼を受けようとするのは時間管理が不慣れな新人か自己管理が残念な懐寂しい者である。


しかし幸運の女神ヨシダトヨは男に微笑んだようだ。


代表して男に声をかけたのはカーゾという名の冒険者だった。

いつもならば四つ鐘がならなければ戻らないカーゾがこの時間帯にいるのは珍しい。

幼い顔立ちの彼は貧乏そうな見た目に反してこのムルムーロ支店で頭二つ分も飛び抜けて稼ぐのだ。

カーゾが居るのと居ないのでは稼ぎが断然違うと噂になった時分から、あっちへこっちへ引っ張り凧。

そんなカーゾがこの微妙な人材しか残らない時間帯にいる。

私が何か運命的な物を感じながら二人のやり取りを見守った。


「お客さんお客さん。トレニアは俺らの癒しなんだ、そう苛めてくれるなって」

「いや、苛めているつもりはないのだが……君は?」

「俺はカーゾ。この街の冒険者さ。お客さんは?

随分と羽振りが良さそうだがお貴族さんかい?」

「冒険者か……まあ良いだろう……。私の名はヌートル。貴族では無いな」

「ふうん?貴族じゃないのか。じゃあ商人ってとこか。討伐だなんて物騒な事を言ってたが何の討伐なんだい?」


冒険者にしては愛嬌のある見た目や仕草をするカーゾに、はじめこそ戸惑っていた男だったが次第に気を許していったようだ。

その間トレニア嬢は会話から外れ隣の窓口のヴァイオレット嬢に助けを求めていた。

それを一瞥した男はカーゾをじっと見詰め、答えた。


「藤崎寛の討伐だ」


時は止まった。

先程まではそれなりに騒々しかった室内は静まり返り誰もが息を飲んで顔色悪く男を見詰める。

カーゾにいたっては涙を流しながら、違うそんなつもりはない等と此方に向かって弁明をし始めた。

男は流石に居心地が悪くなったのか懐から出したハンカチを手持ち無沙汰に弄ぶ。

するとインクの臭いに紛れていて気が付かなかった匂いが現れた。


ん?これは、シナモン。

それと、この鼻の奥がむずりとする臭いは黒胡椒、か。

むむむ、これは、まさか、まさか。


「ポッチさん、どうされますか?」


男の依頼よりもそちらに気をとられそうになったその時、声をかけられた。

この耳に優しい涼やかな声はヴァイオレット嬢のものだ。


彼女は美しい。

曇りない白い肌。

僅かに波打つ葡萄色の髪。

長い手足に高い身長。

整った小さな顔。

そして漂う気品や知性。

主張などしなくとも其処に居るだけで人目を惹くその姿は、色こそ違うが初恋のボルゾイの君に似ているのだ。

ヴァイオレット嬢の髪色に思い入れのある私が気に入らない筈がない。

まさに完璧な存在と言えるだろう。


隣の窓口の受付嬢である彼女は鉄壁という渾名通り本日も隙がない。

他の職員の様に件の男に好奇の視線を送ったりせず、ただ冷静に事態に対応するべく行動に移す。


そんな彼女への返事の代わりに右の床を尾で三回叩く。

様子見の合図である。


はっきり言って我が藤崎家の大黒柱は人間が多少どうこうしてもけして折れはしない。

三年前のあの日、寛は人では無くなったのだから。

いや、寛だけではない。恵も桂太郎も桜子も菊子もだ。

姿形がすっかり変わってしまったが中身は同じ。むしろ枷が外れた分、のびのびとしているように見える。

全員揃うのに二年ほどかかり、このムルムーロの街の外、黄昏の森に居を構えて早一年。

異世界で暮らすのも板についていた我が藤崎家に敵はいない。


まかせろ。ヴァイオレット嬢よ。



「わかりました」


ヴァイオレット嬢はそう言って自席に戻るも窓口は閉めたまま。

あとは見なくともわかる。

きっと私が贈った銀のモノクル越しにこの状況を分析しているのだ。


ああやはり彼女は素晴らしい。

ぜひとも桂太郎の嫁に来てくれないだろうか。

彼女ならば、彼女ならば人形と幼子にしか興味を示さない桂太郎の心を開けると思うのだ。

ヴァイオレット嬢本人は親が決めた相手に嫁ぐと普段から言っている。

ならば、将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、である。

帰宅したら今年は御実家のコランバイン家に何を贈るか寛と相談するとしよう。




仕事は三つ鐘がなればおわりである。

ああ早く三鐘がならないものか。




三つ鐘は12時くらいです。

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