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蒼穹(そら)のヨゲン  作者: 伽音ふるあ
プロローグ
8/11

序章8

 どちらも一歩も譲らない勝負。無駄に体力を削らされている感じがする。プリローダは、よく運動音痴の私がここまで動けているな、と思っていた。これもまた”選ばれし者(アポストロス)”の力なのだろうか…。速く走れるだけでなく緊急回避としての瞬間移動、そして空中に浮くことだって可能だ。この世界自体がまるで二次元のようだ…。魔獣は今にも彼女を食べようとしているのか涎が滴っている。その涎はまるで塩酸のように地面に落ちるや否やジュウ…と気味の悪い色の煙を出して気化していく。

 魔獣はプリローダ目がけてまた飛びかかって来た。うまくそれを交わすと魔獣はガゥゥ…と唸って大きな爪を振りかざした。その刹那、その爪から赤く鋭い光が押し寄せた。プリローダは華麗にそれを交わすとこちらも杖から光の光線を放った。

「”月下の炎(リュヌ・ジャーマ)”!」

 まるで星雲を見ているようだ。その美しい光の粒たちは魔獣めがけて一直線に飛んでいった。小さなガラス玉が弾け散る音が聞こえる。しかし魔獣にはあまり効いていない様子で唸り声をあげてその大きな前足のような手で光をはじいた。そして口から赤黒い光線が飛んできた。

「”女神の聖剣(デーア・スパーダ)”」

 負けじとプリローダは魔術を唱える。杖から放たれた三日月の形をした大きな光の刃が3方向に放たれる。それは赤黒い光線を切り裂き、そのまま魔獣に向かって行く。確かにその刃は当たったのだが少し唸り声をあげただけで傷らしきものは見当たらない。体が黒いせいかなおさら分かりにくい。魔獣は大きく吠えて、黒い煙を纏い始めた。黒い煙はだんだん犬のような形に変化していく…そしてそのまま凄まじい勢いでこちらに突進してきた。あまりのスピードに危うくその突進を受けるところだったが間一髪避けることに成功した。…いまだ、今がチャンスだ。プリローダは反動で動きが鈍くなっている魔獣目がけて魔術を繰り出し、止めを刺そうとした。しかしその魔獣はちらりとこちらを鋭い眼で振り向き、背中からトゲのようなものが現れ、それを阻むように彼女に襲い掛かった。どうやら簡単には終わらせてはくれないらしい。嵐の時の雨のように勢いよく襲い掛かる黒いトゲから自身を光のベールで守る。その間に態勢を整えた魔獣はまた口から赤黒い光線を打ってきた…それも何発も。逃げても避けてもその光線が襲い掛かってくる。しつこい、プリローダはその光線を杖で受け止めた。かなりの力だ。踏ん張っている足がゆっくり後ろに下がっていく。

「”守護の月(プロテジエ)”」

 光線を受け止めていた杖から白い光が漏れだした。段々その光は強くなり、プリローダへと飛んでいたはずの赤黒い光線が今度はそれを放った張本人に向かって飛んでいった。まさかの出来事だったのか、その魔獣は避けることが出来ずそれを受ける。ガァァ…という唸り声を上げる。どうやら少しは効いたらしい。

(「今のは若干効いたようね…。それにしてもあの魔獣は他にどんなことをしてくるのかしら。煙を纏って突進、口からビーム、背中から変なトゲが出てきてそれが襲い掛かってくる、そしてひっかくと赤い光が押し寄せるやつと…今のところで4種類。まだ何か予想外のことをしてきそうね」)

 その時、内なる声が語り掛けてきた。


 『タイミング悪くてごめんね!…その変な気持ちの悪い獣、恐らく巨人ヨトゥンのようなものね。何者かがその巨人ヨトゥンと…見た感じ犬かしら…犬をかけあわせて造り出した”造られた魔獣(リューゲ・ヨトゥン)”だと思うわ。体格の割に速いし、体力もあるわ。そして何より…脅威の硬さね。でもそういう奴に限ってとっても弱いところがあるわ。きっと…いや絶対に…。うまいことやってさっさと倒しちゃいましょ!』


 フレイヤの声に小さく頷くと今度は彼女が間髪いれず魔獣に攻撃を仕掛けた。

 …しかし「さっさと倒しちゃいましょ!」と言われたものの何だかこの戦いが終わる気配がない。というよりかはあの魔獣に弄ばれている気がする。いくらなんでも体力の限界はある。その体力の限界を奴は狙っているのではないかとプリローダは考えた。攻撃はしかけたもののやはり効いている感じがしないし、手ごたえがない。…さぁ、今度は魔獣が食らいついてきた。しかもだんだん動きが早くなってきている。もしかして、やはりあの魔獣は相手の体力を削りどんどん自身のスピードをあげて動きが鈍くなってきた獲物を確実に捕らえる…といった作戦なのだろうか。プリローダは何とか避けているものの、そろそろ倒さないとまずい気がしてきた。だからといって自分の魔術はそこまで効かない。何か弱点があるはず…そう考えているとあることを思い出した。

 セルバに貸したあのファンタジー小説の内容だった。あれにも大きな獣が登場する。いくら攻撃しても全然意味をなさず、寧ろ主人公自身が攻撃されてしまう…。しかし主人公は諦めず立ち上がり、ピンチの中で自身がまだ気づいていなかった新たなる力を覚醒し、その覚醒した力で獣を圧倒しまず眼を突き刺し、その次に腹を貫いた…。今の自分で考えよう。自分は剣ではなく杖を持っていて魔術を使える。対峙しているのは大きな魔獣。攻撃しても効いているんだが効いていないんだが分からないが恐らく後者のほうだろう。攻撃はまともには受けていないが立場的には劣勢だ。…なんだか状況が似ている。プリローダはさらに考えた。このファンタジー小説のように物事が進んだらどんなに清々しいことか…もし運べるのならそうしたい…。それに奴は確実に自分の動きが鈍くなるところを狙っている。ということは、わざと体力が失われたように振る舞い、相手に止めの一撃を打たせる環境を作らせたらどうだろうか。そしてその隙に奴の腹なり目なりを攻撃したらどうか。リスクは高いが勝算はある気がする。

(「うまく行くかはわからないけど…やってみるしかないようね。まずはあの眼を狙おうかしら。そしたら相手は何も…―――」)

 …あまり深く考えすぎながら戦うのはよろしくない。

 プリローダはうまいこと攻撃を避けていたのだが、ついに魔獣の一撃を受けてしまった。それは先ほどのひっかきの攻撃でバリアを貼ろうとしたが間に合わず直に食らってしまった。彼女は少し遠くまで飛ばされ呻き声が喉から洩れた。

 魔獣はすぐさま追撃にはいった。彼女は態勢を整えようとしたのだがこれまた間に合わず今度は突進を受けてしまう。…まずい、このままだとやられる。しかし、さっき考えたチャンスが訪れているのは間違いない。痛みに耐えながらプリローダは瞬時に考えた。あの本の主人公がどんな技を出していたのか…それがフレイヤにも、自分にも使えるのか。似た技でもいい、何か一つ…。


 ……叫ぶのよ、プリローダちゃん。


 少女は第2の追撃に入る前に今出る最大の声で、かすれた声で言い放った。

「…”月の制裁(ルーメンルーナエ)”」

 第3の追撃をしようとしていた魔獣の動きが止まった。辺り一帯に眩しい光が降り注ぐ。その隙にプリローダは素早く、よろめきながらも態勢を立て直し、杖を振りかざした。…光が凝縮され、2つの鋭い光となって魔獣の眼を見事に貫いた。血のような何かが見えた。魔獣の叫び声が轟く。魔獣はよろよろとバランスをとれないでいる。目の見えるものが突然視界を失ったら何をしようにもできないことだろう。それこそ空気の流れを読み取る力や聴力が問われるが、失った視力をすぐに補えるほどの力を発揮できるものではない。

 …何かされない内に、さっさとプリローダが反撃に出た。これで終わらせよう。あの本の主人公のように。



 お見事よ。よく痛みに耐えたわ。初戦お疲れさま。


 「そう簡単に私は食べさせません。”月の制裁(ルーメンルーナエ)”」


 光が広がり、一筋の大きな光線となって魔獣の腹部を貫いた。叫び声と共に大量の黒い液体が飛び散る。…これが魔獣の血なのだろうか。つくづく気持ちが悪い。それでさえ人間の血を見るのも嫌だというのに。

 血と魔獣の肉体はやがて黒い煙となって空に消えていった。それを見届けると、ふぅと安堵のため息をついた。何とか勝利することが出来た。まだまだ精進が必要ね、なんて心の中で思いながら。気が付けば何事もなかったように住宅街があり、今まで自分が握っていた杖も消えていた。あんだけ電柱や地面がボロボロだったのにその痕跡は一つもない。まるで夢を見ていたかのように。


『お疲れ様!初めは苦労するものよ。それにしてもなかなか見ごたえのある戦いだったわ~』

「…あんなのと今後戦うのね…やってられないわ」

『時期にあんなの雑魚みたいに思えてくるわよ、大丈夫よ。』

「…そうよね、いずれね」

『ただ、ちょっと第2戦くるわねこれ』

 また「えっ?!」と思わず声を出してしまうプリローダ。慌ててハッと辺りを見渡すが幸いなことに誰も外には出ていないし、窓から顔を出す人もいないようだ。また戦わなきゃいけないのか?しかもこの後すぐに?プリローダはやれやれと首を振った。

「冗談はやめて、フレイヤ。それでさえ怖いのよ?」

『いいえ…本当よ。あの男の子が危ないわ』

「どういうこと?」

『何だかさっきの獣なんかより数十倍やばいやつとその男の子が闘ってるわ…”別次元界ブラント”で』

「…”別次元界ブラント”?」

『ええ。ほら、さっきあなたもそこで戦っていたじゃない。あんなに激しい戦闘して地面が割れようが家が壊れようが、何故が戦闘が終わったあとは元通り…。その理由は”別次元界ブラント”という現実なんだけど二次元的な場所で戦っているからなのよ』

「…そうだったのね…。それで、フレイヤはその”別次元界ブラント”とやらの存在を感じ取ったと」

『その通り!とりあえず、急ぎましょ…嫌な予感がするわ』


 内なる声が消えると、プリローダは男子生徒が進んだであろう道を進んだ。途中でフレイヤが話しかけてきて家と家の隙間に入ってしまったため、うろ覚えなため”透視能力クラルテ”を使ってその生徒の足取りをたどった。暫くはまっすぐ進んでいて途中の交差点で右に曲がる…。さらにそこから100mくらい進んだところで”透視能力クラルテ”の効果がきれた。…ここが彼の家なのか?プリローダが悩んでいるとあの時に感じた上から押しつぶされるような圧迫感が襲い掛かってきた。

(「…また…この感じ…!」)

 その時、彼女の目に突如”過去”のようなものが飛び込んできた。吸い込まれていくように一気に情報がやってくる。…男子生徒が歩いている。そしてある家の玄関に向かった…恐らく自宅だろう。鍵を開けようとした瞬間、何者かに襲われている。…なかなか体格のいい男だ。なにか大きなものを持って男子生徒に襲い掛かっている。…もしかしてフレイヤが先ほど言っていた”嫌な予感”とはこれなのだろうか。


『やっぱり…的中したようね』

「フレイヤ…。一体どうすればいいの?どうやって…彼の”別次元界ブラント”に行けば…」

『簡単よ、入ろうと思えばは入れるわ』

「…随分とあっさりした解答ね、それが出来てたら苦労しないわ」

『まぁ何事もやってみるものよ。早くしないと…危ないわ、命が』


 そんな事言われましても、と思いつつ彼女は頭の中でイメージした。

 …ここは現実世界、救うべき男子異性とは少し別次元の場所にいる。そこに行かなきゃならない。その別次元の場所は”選ばれし者(アポストロス)”ならどこからでも入れる不思議な場所。いま、この左手で扉をそっと押すようにしたらその世界に入れる。そして第2戦がやってくる。プリローダは神経を集中させ、扉を押すように左手を伸ばした。

「…?!」

 背中を凄い風が押すようが感覚がした。驚いているとそこには先程の平凡な住宅街はなく、地面のコンクリートが割れ、電柱が傾き、家も壊されてボロボロの世界があった。…ここが男子生徒の”別次元界ブラント”なのだろう。

 少し遠くに誰かいる。何かを大きなものを持っていることから体格のいいあの男だろう。魔術が飛び交い、轟音が響く。プリローダは男子生徒を助けるためにその場まで向かおうとしたとき、こちらに何かが飛んでくる。それは物ではなく、人だ。あの男子生徒だ。恐らくあの体格のいい男の攻撃を受けて吹き飛ばされたのだろう。フレイヤの言っていた通り、男子生徒はかなり劣勢の立場にある。命が危ない。仲間が危ない。プリローダは走り、加勢しようとした。


 ――――鈍い音。何がが刺さる音。そしてその光景。

 後ろからでも十分わかる。少年を何かが突き刺した。そして目に赤いものが映った。

 プリローダは思わず足を止めてしまい、目を見開いた。足が震えだし、頭の中が真っ白になっていくのを感じた。ただ「助けられなかった」という言葉だけが頭の中を駆け巡る。

(「私がもっと……早くあの魔獣を倒していたら…」)

 彼女の頭の中は自責の言葉と共に段々怒りの言葉が支配していった。「許さない」「せっかく見つけた仲間を殺したなんて許せない」「もっと残虐な方法で倒してやる」

 …プリローダは風のように走った。あの体格のいい男を何としてでも倒さねば。あわよくばその男子生徒を救わねば。まだ助かるかもしれないし、この自分の力で治癒することだってできるかもしれない…いやできるはずだ。何でもできるのだ、今の私は何でもできる。


「ふざけないで…ふざけないで…!”月の制裁(ルーメンルーナエ)”!」


 男は全くプリローダの存在に気付いてなかった様子で隙だらけだった。自分を守ることなくその光の攻撃を浴びた。プリローダは渾身の力で、その男の腹や頭に月光の刃を突き刺し怒りをあらわにした。

「…き、貴様ァ……」

「よくも私の大切な仲間を…許さない…許さないわ…」

「なんていう…失態………」

 そう男は呟くと黒い煙となって空へ消えていった。

 プリローダは慌てて男子生徒のもとに駆け寄った。どうやら必死に抵抗しようとしていた事が見て取れるが…なんとも痛々しくて見ていられない。呼吸があるか、脈があるか確認する。

「…まだ生きているわ…!」

 意識こそ失っているもののまだ微かに脈があることから助かる見込みは十分にある。



 プリローダちゃん、両手を前に出すのよ。

 傷口にそっと当てるように…。

 赤ん坊をお母さんが優しく抱きしめる感覚、分かるかしら?

 そんな気持ちで…優しく…両手を出すのよ。

 なんたってこのフレイヤは何でも…ではないけれどたいていのことは出来ますわ。

 もちろん傷を治癒することだって私なら朝飯前ですわ。

 助かってよかったわ…本当に。大切な仲間を救えたわ。



 少女は小さく呟いた。

「”母なる恵み(ファヴール)”…」

 少女の手から温かな光が漏れだし、少年を優しく包み込んでいく。

 突き刺さっていた岩はゆっくりと姿を消していき、痛々しい傷跡も光によって消えていく。


 …どこか神々しいその光景が続く中、ふと、男子生徒の目が開いた。



~To Be Continued…~

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