序章7
まさか地面までも”武器”として扱えるだなんて。少年は目を丸くし、口を開けた。声は出ない。本当に一瞬の出来事だった。地面は鋭く尖った岩のように変化し、電気を帯びている…そしてそれは見事に少年を貫いている。今度こそ死を覚悟した…がせめてもの悪あがきで力を振り絞り、その岩を自身の放つ光で砕いた。まともに立っていることが出来ない。腹にはまだ岩が突き刺さった状態で、絶えずそこから血が流れる。ついに少年はその場に崩れるようにして倒れてしまった。男はまたクククと笑い、止めの一撃を少年に与えようとした。
「…ククク…終わりだ餓鬼…、これで1人邪魔は消えた……!」
男は少年のもとに飛んできて思いきりそのハンマーを振りかざし、魔術を発動させようとした。…まさにその瞬間だ。少年の口元が微かに動いた。少し笑っているように思える。そして掠れた小さな声で少年は呟いた。
「…”血の氷槍”」
今度は男が目を見開いた。笑っていた顔が消える。少年の流した血が一斉に氷柱のように、槍のように、目にも追えぬスピードで男に向かって飛んでいった。避ける間もなく男はその攻撃を受ける。いくつもの、10cmくらいの血の槍が男に刺さる。くぐもった声が男の喉から洩れる。男は少年を睨み、怒った様子だ。
「…この餓鬼……どうせもう死ぬというのに、最後の最後まで余計なことを…!」
少年はなんとか立ち上がろうとするが、力抜けよろめいてしまう。負けたくなかった、ここで終わりたくはなかった。いや、負けてたまるか。こんな奴に負けるなんて…恥だ。少年は力を振り絞った。
「ここで…終わりたくねぇ……!」
そう呟くと少年は手を天に振りかざした。
「アウローラ・フラ―――――?!」
…全てを言い終えようとした時、自分の横を風が横ぎった気がした。すると光が一帯を包んだ。何が起こったのか全く理解が出来ない。男の攻撃だろうか…だとしたらこれはかなり強力な術じゃないか…やはりここで終わってしまうのか…そう考えていると知らない女の声が耳に聞こえた。
『”月の制裁”』
一帯に広まっていた光が凝縮されるように吸い込まれていくと、先ほどの男の叫び声が聞こえた。
「……貴様ぁ…!」
よくあるゲームのボスの捨て台詞のような言葉だ。男の声はそれ以来しなくなった。
少し遠くに女の人がいるのが分かる。逆光でよく見えないが…髪の長い人だ…そして恐らくスカートをはいている…。少年はだんだん目の前が真っ暗になっていき、音が聞こえなくなるのを感じた。
(「…あの人誰なんだろう…せっかく助けてもらったのに…ここまで、か…」)
少年はまた地面に倒れ、そのまま動かなくなった。
***
無事進級試験も終わり、修了式で成績表をもらい、自分が進級できることを確認した。成績は相変わらずトップ。全ての教科ではないがほぼ学年で1位をとっている。プリローダはほっと一安心するともらったプリント類をファイルにしまい、次にある大掃除のために机と椅子を教室の外に運んだ。
…相変わらず騒がしい。前にも言った通りプリローダは騒がしいのは苦手だ。一部の男子は掃除をせず廊下に出て遊んでいて先生に怒られている。そして一部の女子は女子でこそこそと何やら話をして掃除をしていない。…注意したいところだがプリローダにはその勇気が出なかった。言ったとしても彼女たちは耳を貸さないだろうし、いい笑いものになるだろう。なんとか約1時間プリローダは耐えて、帰りの会を終え、さっさと学校を出ようとした。
「ローダちゃん!」
追いかけてくるはセルバ。プリローダは「セルバもまっすぐ帰るのね」と声をかけ、玄関に向かった。
「どうだった?成績表…きっと相変わらずローダちゃんはトップだよね。私はもう普通中の普通って感じだったよ…でも進級できてよかったぁ…」
「セルバは普通にできる子じゃない。なんも心配することないのに…」
上靴を脱ぎ、靴箱にしまい外靴に履き替える。セルバはマフラーを巻き、手袋した。
「あ、あの本どうしよう…春休み明けになっても大丈夫…?」
「ええ、大丈夫よ」
学校を出て校門を抜け、分かれ道に差し掛かる。ここでセルバとはお別れ。「じゃあ春休み明けにね」と別れの挨拶をかわし、プリローダはバス停に向かう。少し急がないとバスがもう来てしまう。気持ち急ぎ目で歩くと既に何人かの生徒が待っていた。バスが到着したのと同時にバス停にたどり着き、一番後ろの4人掛けの座席に座る。いつもならプリローダは英単語帳や本を見るのだが今日はそれをしていない。
(「…あの男の子……乗ってるかしら」)
そう、プリローダは忘れてはいない。
あの時”透視能力”で見たあの男子生徒の存在を。その男子生徒は恐らくこのバスを利用しているという事。その生徒も”選ばれし者”の1人であるという事。彼と接触すればこの先ヒントを集める際に少しは楽になるはずだ…。プリローダは怪しまれない程度に視線を動かした。
今日は修了式ということもあり生徒たちが多い。いつもそんなに見ない顔の人も乗っている。さて問題の男子生徒だ。乗る際にどこに学校の生徒が座ったかを把握したので何となくは覚えている。後ろから見ると頭で判断しなけばならないので辛いものがある。だからわざと一番後ろの座席に座り、座る前にどこに誰が座っているかを確認できるようにしたのだ。前のほうに座っている人も何となく覚えているが少し怪しい。
早速彼女は”透視能力”を使い過去を覗いた。あの体験をした男子生徒は誰か…。他の人には勝手に人の心を覗いてしまって申し訳ないと思っているものの、1人1人確かめるようにプリローダはじっと過去を探った。人にはいろんな過去がある…何かに失敗して辛い思いをしたこと…家族の結びつきが弱いこと…サッカーで優勝してたくさんの人に褒めてもらったこと…誰か大切な人を失ったこと…。彼女はなんだか人の過去ではあるものの、自分のアルバムを開いてみているような感じがした。どこかしんみりしていて温かい…。
その時、ある1人の過去に目をつけた。…いた、この人だ。この男子生徒がもう1人の”選ばれし者”だ。自分の見た過去と、その人の過去が一致した。今回はあの圧迫されるような感覚はなく、ただの”過去”として見ることが出来た。しかもはっきりとその光景が見えた。気が付けば次のバスの停留所が自分の降りるところなのだがそんなところではない。やっと、やっと見つけたのだ。ストーカーではないが、何としてでもこの人と接触しなければ。
(「…あの人について行ってみよう…。でも私、声かけられないのよね…もし通報されたらどうしよう…」)
あまり人と離さないプリローダにとって考えるのは容易だが実行するのがえらく躊躇われた。ただでさえ彼女は電話に出るのも少し苦手で、人の家のインターホンを押すのも苦手なのだ。だが、ここでうじうじしていたらせっかくのこの機会を逃すことになる。自分を自分で勇気づけながら彼女は意を決し、彼の降りるバス停で一緒に降りて声をかけてみることにした。…そう決めた時には既に彼女がいつも降りるバス停は通り過ぎていた。
だんだん人が減ってくる。目をつけている男子生徒はまだ降りる気配はない。そろそろ降りるころだろうと、彼女は財布を取り出して運賃分の硬化を手に握る。車内のアナウンスが流れる…「次はシルワクリニック前~シルワクリニック前~。お降りの方はお知らせください」…男子生徒が動いた。そして降車ボタンを確かに押した。ついに来てしまったこの瞬間。ちゃんと声をかけなければ…。
(「実は誰かと待ち合わせてる…なんてことがあったら…どうしようかしら…。いよいよ不審者に見られるわ…」)
ぜひまっすぐ1人で家に帰ってほしいところ、と祈りながらプリローダはその男子生徒の後ろをついていった。
運賃を払い、気づかれないように、怪しまれないように少し遅く歩きながら距離を保つ。今だ、声をかけろ!と心の中で自分を鼓舞するも行動に移せず…だんだん住宅街になってきた。いよいよ声をかけなければならない状況が近づいてきた。もうそろそろで男子生徒は家についてしまうだろう。
(「あぁ…どうして私はこうも人に声をかけるのが苦手なのかしら…セルバだと思えばいいのよ、プリローダ…大丈夫よ…大丈夫…。1人だし、何とかなるわよ…」)
…大丈夫よ、プリローダちゃん。私もいるわ。
ただ…ちょっと嫌な予感がするわね。
プリローダは思わず足を止めた。…この声はフレイヤだ。プリローダは慌ててどこか隠れる場所がないか探した。このまま立ち止まっていれば他の人に不審に思われてしまう…。彼女はきょろきょろとあたりを見渡し、1ついい場所を発見した。それは家と家の間なのだが、うまいことに左の家の庭の木が隠してくれている。…そこしかない、そう思った彼女はその家に住んでいる人になりすましてその庭にいき、誰にも気づかれないようにその家と家の隙間に忍び込んだ。換気口はあるものの窓はないため、見られることはない。後ろは後ろで車庫かなにかがあるので人がわざわざこんな隙間にやってきそうにはなかったのでほっと安心した。…ここら辺に住んでいる子供たちがかくれんぼをし始めて居合わせたら気まずいが。とりあえずプリローダは目を閉じ、神経を集中させた。
…いつもの白い世界。そして広がる草原。しかし今日はどこだか騒がしい。妖精たちがなにやら話して飛び交っている。小鳥たちもチチチチ…と鳴きながらどこかへ飛んでいく。
『ようやく見つけたみたいね~!ごめんなさいね、いいところだったのに。でもどうしてすぐ声をかけなかったの』
「うん…私、そういうところは昔から苦手で…」
『まぁ大丈夫よ。彼の家がどこにあるかなんて私の能力使えば一発でわかるわ』
「そうだけど…。それよりもフレイヤ、嫌な予感ってなに?」
『ん~…そうね、奴らがやってくる感じがするわ。妖精たちも鳥たちも、今日は何だか落ち着きがないのよね』
「奴らって…悪に選ばれたもの?」
『そうね。さっきの男の子もうだけど…プリローダちゃん、はじめての戦闘になりそうだわ』
それを聞いたときプリローダは思わず「え?!」と叫んでしまった。…がよくよく考えるそうだ。この力は世界を守るために、”災い”の息の根を止めるために授けられたもの。戦わずに世界を守れるなんて…ありえない話だ、どこの本の世界でも、ゲームの世界でも。
『そんな顔しないでプリローダちゃん、大丈夫よ。確かに…怖いよね。でも、よっぽどのことがない限り死にはしないわ。頑張って痛みに耐えて…戦うのよ』
「死にはしないって…私人間よ?!」
『…二次元だと思いなさい、プリローダちゃん。よく子供も大人もアニメというものを見るでしょ?その人たちって、普通人間だと骨折するような攻撃を受けても立ち上がれているでしょ?それと同じ。”選ばれし者”はそんなもんでは死なないわ』
納得のいかないような表情をするプリローダ。ただ、逃げられない。怖いけれど死を覚悟して使命を果たさねばならない。…頭で色々と考えていると、フレイヤは彼女の頭を撫でた。
『大丈夫よ、あなたは死なない。…死なせないわ』
その時ぐらりと白い世界が揺れ、一気に崩れ落ちた。
…さぁ、構えるのよプリローダちゃん。
今のあなたは何でもできるの。存分にこの力、発揮しちゃって!
プリローダは目を開けて立ち上がり道路にでた。
…そこには変な生き物がいる。魔獣だろうか、犬と何かが合体した生き物が立っている。うぅぅ…と低く唸っていてその鋭い眼はじっとプリローダを見据えている。一瞬怖気づいてしまったが、プリローダは神経を集中させた。きらきらと美しい光が彼女を包み、手には杖が握られた。…夢で見た、フレイヤが持っていた杖と全く一緒だ。
「…逃げないわ…これが使命だもの…。…どこからでもかかってきなさい!そこの変な犬みたいなやつ!私は逃げないわ!」
そう彼女が言ったとき魔獣は吠え、勢いよく彼女に向かって突進してきた。
そこにいつもの人見知りで臆病な雰囲気のプリローダはいない。
~To Be Continued…~