序章6
進級試験は3日に分けて行われる。体育や家庭科、技術科については進級試験はないのだが5教科…国語、数学、外国語、歴史、理科…それに加えて政治学、倫理学の試験が課される。今年のスケジュールとしては1日目に国語と外国語、2日目に数学と政治学と歴史、3日目に理科と倫理学がある。ソラは全体的に危機感を感じているのだが、2日目が特に恐ろしかった。数学が大の苦手なソラはいつもテストでぎりぎり赤点を回避できているくらいだった。もし今回の試験でぎりぎり赤点が回避できなかった場合は…言わずとも分かるであろう。
1時間目のチャイムが響く。試験監督の先生が「それでは始めてください」と言うと生徒が一斉に紙をめくり、ペンを持ち、文字を書く音が静かに響いた。ソラは口を一文字にして真剣に問題を見つめ、解答用紙に文字を書きこむ。今日はいつもより手汗がひどい…書く手が少し震える。本当に、なんとしてでもこの進級試験は乗り切って次の学年に上がらねば…。この学校に通わせてくれている親にも、今日まで勉強会に付き合ってくれたルアルにも、申し訳ない気持ちで一杯になる。泣いて謝るじゃすまされないだろう…。そんなことを頭の隅に置きながらソラは必死に問題を解く。いつもより解答用紙が埋まる感じをかみしめながら、何となく自信をもって問題に答えながら……。試験時間はどの教科も60分。いつもソラは20分前には机に突っ伏して寝始めるのだが今日は違う。彼自身、時間なんて目に入っていないし気にしている暇などなかった。
終わりのチャイムが響いた。試験監督が「はい、書くのをやめー。名前きちんと書いているか確認して、後ろから前に送ってください」と言った。ソラはため息をついた。初めて試験にこんなに時間をかけた。いつもなら分からなくて寝てるのに今日は寝ていない。解けなかった問題はあるものの解答用紙の空欄はそこまでない。こんなことは、初めてだ。心配ではあるがどこか出来具合に自信があった。高得点まではいかないが、歴代で最高点数を出せそうだ…そんな感じがした。
その後の外国語のテストも同様に空欄をなるべく作らないようにして無事に1日目の試験科目を終えた。帰りの会があり、掃除当番なのでサボらず掃除をし、寄り道をせずにまっすぐに家に帰る。明日が自分にとって山場ともいえる。…1時間目の数学。こいつさえどうにかすればあとは割かし楽だ。帰宅するや否や、仕事が休みのため家にいた母親に「どうだった?いつもよりはできた?」と聞かれソラは「まぁまぁ、いつもよりはできたよ」と微笑んで言った。自分の部屋に行き、制服から部屋着に着替える。そして数学の問題集と教科書、ルアルのノートのコピーを取り出す。机のスタンドライトをつけ問題とにらめっこ。
(「…なんとかなれば…いいなぁ」)
…その願いを抱きつつ7日後。進級できるかどうかは修了式の今日配られる成績表で分かる。
修了式が終わり、教室に戻ってくるといよいよ生徒らは騒がしくなる。「おい、お前もしかしていっつも赤点とってたから落ちるんじゃねーの?」「お前こそ!」「私…けっこう自信ないのよね…」「えー?!何言ってるの、○○ちゃんが自信ないとか私どうなっちゃうのさー!」などなどの話し声が飛び交う。
「ルアルのおかげで、なんとなーく赤点は回避できそうだぜ」
「本当に?もしこれで赤点とったら…私怒るからね?」
「大丈夫だって!…母さんにも、迷惑かけたくないしな」
「……そうだよね。ソラ君、やればできるもんね!いっつもちゃんとすればいいのになぁって私思うよ」
「うっ、まぁ…それはそれ!これはこれ!だよ」
その時、ガラリと教室の扉が開いた。担任の先生だ…手には成績表と思われる書類とプリントがある。「うわーーきちゃったよー」「成績表なんていらねーよー!」と一部の男子がはしゃぎ始めクラスの笑いをとる。そんな声は知らん顔、「さー今からお待ちかねの!成績表及び、進級試験の合否結果を配るぞー」先生は次々に出席番号1番から成績表を配布していった。緊張の一瞬。ついにソラの名前が呼ばれた。歩くたびに心臓の鼓動が早くなるのを感じた。先生の手から成績表を渡される。その時先生はボソッと呟いた。それは確かにソラの耳に届いた。ソラはちらりと成績表を席に戻る際に見る。クラスのお調子者の男子たちがそれを見てソラの周りに集まってくる。
「おいソラー、いま先生になんて言われたんだよ??もしかしてやっちまった?!」
「…いや、実はな……」
「…え。おい、まさか……」
ソラは口角をニヤリとあげて成績表をバッと男子たちに見せた。それを見た男子らは「えぇ?!」と驚く。自慢げにソラは胸を張った。
「いやぁ、赤点回避余裕でしたわ~」
「おいソラ、ふざけんなよ~なんだよその点数!」
「そういうお前どうだったの~?」
「…まだ見てない」
ソラの周りに4割の男子が集まる。大抵休み時間や授業中もうるさい奴らだ…ソラは授業中はうるさくはしないが、昼休みはその男子たちと外で遊んだり体育館で遊んだりしている。集まって何をするかというと成績表の見合いっこだ。よくある光景だ。「うわっ、あっぶねーー!めっちゃギリギリ!」「お前は相変わらずザ・ノーマルだなぁ」「やったぜ、見ろよ、俺政治学90点いった!」などと声が聞こえる。…とりあえずこの男子の中に落ちた人はいないようだ。…いやさすがに落ちる人はこのクラスにはいないだろう。落ちそうな人がいるのは今ソラの周りに集まっている人たちだけである。
先生がみんなに成績表を配り終えると手を叩いて「ほら、お前らうるさい!さっさと席に戻れー!」と言う。ソラはようやく席に戻る。
「…どうだった?あの感じからして…いい点とれたのかな?」
「おう、先生に褒められたぜ!…ルアルは安定のトップか?」
「ううん、トップではないよ」
「またまた、そんな事言って。そういう事言うやつに限って点数良いしトップなんだよな」
「…んー、でもソラ君よりはできてるかな?」
「あったりまえだろ」
笑いながらそんな会話をしていると、先生が来年度についてのプリントを配り始めた。短い春休みはいつまでか、教科書類はどんなのを買うのか、授業料について…などのプリントだ。教科書なんて早いなぁと思いながらプリントをざっと眺める。…その後の担任の先生によると今年度1年生で留年する人はいないと言う事が分かった。
成績表が配り終わった後は大掃除だ。机と椅子をいったん教室の外にだし、掃き掃除や拭き掃除が始まる。一部の人はトイレ掃除のほうにもまわされた。毎日掃除はしているとはいえ、なかなかに汚くなるものだ。
約40分後、ピカピカになった教室に机と椅子が戻され大掃除は終了。あとは帰りの会をして家に帰るだけだ。
「起立!気をつけ!さようなら」
日直の人がそういうとみんな帰る支度をした。ソラは何となく疲れたのでまっすぐ家に帰ることにした。教室を出ようとした際にあの男子たちに「打ち上げやらないか?」と誘われたのだが何だかそんな気分でもないので「すまん、今日ちょっと母さんの手伝いしないといけなくてな…悪ぃな。また春休み期間に誘ってくれよ!」と言った。男子たちはソラの家庭のことをよく知っている。なので「えー、ノリが悪いぞ!」などという言葉は一切口にしない。…今回は少し嘘をついてしまったが。
「そうか、大変だもんな。じゃあ春休み!このメンツでどっか遊ぼうぜ!」
「おう!そん時は母さんにも言って必ず行くようにする!」
「じゃあな!!」
ソラはバス時間を調べた…あと5分でバスが来る。急いで玄関を出てバス停へと向かった。何人かの生徒も急ぎ足で校門を出て分かれ道を曲がりバス停へ向かう。バス停には既に5人くらいの生徒が並んでいて、よっぽど遅く歩かない限りは間に合いそうだ…というより間に合った。早く家に帰って母親に成績表を見せてやりたい。とても嬉しい。喜んでくれるはずだ。ソラはわくわくした。あの緊張感、不安感はどこかへ消え飛んだ。
ソラは本当に歴代最高得点をたたき出してしまった。赤点ギリギリの教科は一つもない。そして平均点をみんな越している。そして何より驚きなのが、あんだけ苦手にしていた数学の点数が学年で5番目だというのだ。奇跡だ、彼はそう思った。学年で5番目、こんなの見たことがない。ましてやこれは自分の成績だ。努力が報われた。あとでメールにルアルにも教えてあげないと、とそんなことを考えながらバスに乗った。
いつも通り田舎の景色からだんだん都会の景色に変わっていく。気が付けば緑は少なく、アスファルトや建物が多くなってきた。自分の降りるバス停がアナウンスされ、ソラは停車ボタンを押した。
バス停につき定期券を運転手に見せてバスを降りる。気分がいいのでなんとなく歩き方が軽快に感じる。タイミングのいいことに今日母親は家にいる。帰ってたらすぐに成績表を見せよう。歩いて15分くらい、ソラの自宅に到着した。鍵を取り出そうとカバンを開ける…。
少年……!
その時、誰か声が聞こえた。ソラは辺りをきょろきょろするが誰もいない。頭をかしげてカバンから鍵を取り出す。
少年…かまえろ…!
まただ。一旦手の動きをやめるが、気のせいだろうと鍵穴に鍵を通し、回した……
その時、また”あの感覚”が襲い掛かってきた。そして次の瞬間地面が大きく揺れた。ものすごい轟音と共に。思わず耳を押さえた。視界がぐらりと揺れ、危うく転倒するところだった。ソラはまた周りを見渡した。…しかし誰もいない。何故?ソラは上を見た。
「…?!」
ハンマーのようなものを持った男が上から襲い掛かってくる。ソラは目を開き息をのんだ。しかし間一髪のところでその襲撃を避けた。ハンマーに力強く叩きつけられた玄関先のコンクリートはバラバラに砕け散る。
しかし誰も出てこない。母親も、近所の人も、誰も出てこない。思い出すあの男3人組の時の事。
(「…誰にも見えてもいなければ、聞こえてもいないってことか…!」)
そしてソラは気づいた。さっきの声はテュールだということに。ソラは腹に力をこめて、神経を集中させた。
…今こそ力を解き放つ時だ、ソラ。
制裁を加えろ。
「誰だか知らねぇけど、何の用だーー!」
ソラはそう叫んだ。轟音が響くのと同時に彼の周りにまばゆい光と炎が巻き上がる。ソラは謎のハンマー男を見据え狙いを定める。もう1度雄叫びをあげると光は無数の光線になり、男に向かって飛んでいく。しかしその男はまるで瞬間移動するようにいとも簡単にそれを避け、気が付けばソラの後ろに立たれていた。「…まずい。こいつはかなり強敵じゃないか…?!」男はニヤリと口角をあげその大きな腕でソラをはたいた……。
しかしそう簡単に攻撃は受けさせない。頭で咄嗟にイメージした。この光が緊急回避として役に立つことを。纏っていた光と炎が背中から鋭く伸び、はたこうとしていた腕に当たった。攻撃はまたもや間一髪のところで避けた。…見事緊急回避の成功である。自分でもよく対応できたなと心の中で賞賛する。それはテュールも同じだった。
『少年、よくかわした。今のはとてもよかった。…さて今回は割と厄介だな…。体格の割にすばしっこいと考えた。あの時の男3人のように馬鹿でもない。気をつけろ、必ず隙は見せる』
ソラは光で剣を形造り、力強く握った。
「…何しに来た」
「…ククク…”選ばれし者”…みぃつけた……ククク」
「…俺を殺しに来たのか」
「…それ以外なにがある、餓鬼」
「やっぱりか…でもそう簡単には殺させないぜ、おっさん」
「ほほう……いい度胸してるじゃねぇか…ククク、せいぜい楽しませてくれよ」
男はそういうと姿を消した、かと思えば自分のすぐ目の前にやってきた。…反射神経が問われるな、なんてことを頭の隅で思いながらソラは何とかその速さについていく。身長は自分より30㎝は違うだろう、また横幅も全く違うし、腕の太さも全く違う。どこかの世界から飛び出してきた筋肉野郎といっても過言ではない。
ソラは一旦男から離れ、剣を振り落した。光が押し寄せる津波のように、しかも鋭く男に向かって解き放たれる。勿論そんなのかわされるに決まっている。男はハンマーでそれを振り払い、瞬間移動のようなものを巧みに使い電撃を帯びたハンマーを振った。それを剣で受け止め、にらみ合う。男は依然ニヤニヤしていて正直気味が悪い。その時男が口を開けた。なんとなくやばい気がしたソラは守りの体制に瞬時に入った。そのとこは口から電撃の光線を放ったのだ。あの時の光と炎のバリアを貼り、なんとか持ちこたえたがソラはその衝撃で後ろに吹き飛ばされてしまった。男は素早く追撃に入る。まずい。雷を帯びたハンマーで思いきりソラの腹を殴った。
(「まずい……!死ぬ…!」)
すごい力が腹にかかった。かすれた声が口から洩れた。先程の衝撃と今の衝撃で更に吹き飛ばされ、地面に打ち付けられた。…もう終わった、あっけない、自分はもう死んだ…。そう思ったのだが、おかしい。生きてる。普通あんな攻撃受けたら絶対に死ぬ。骨と言う骨が砕けて、内臓が破裂して、打ち付けたその衝撃で頭が砕けて死にそうなのに…死んでいない。確かに頭を触ってみると血が出ているし、腹からも血が出ている……が全然まだ動ける。この痛みさえ引けば。
『ソラよ、君は普通の人間じゃない…といったらなんだが君は”選ばれし者”だ。まだそんなもんじゃ死なないよ。あの男3人を見たから、いとも簡単に死ぬと思ったのか?…あいつらは雑魚中の雑魚だ。気にすることはない。我がついている、必ず倒せる。さぁ立ち上がれ、追撃がくるぞ』
ソラは再び立ち上がり、気合いを入れた。そうだ、自分は不死身だと思えばいい。痛みはあるものの死なない。何でもできる。この凄い力は今しか発揮できない、なら存分に発揮しようじゃないか。
周りにまばゆい光と炎が纏い始める。少年は男に向かって猛スピードで飛んでいった。手に握られていた剣なはく、代わりに大きな光の球が手の上に輝いている。
「…太陽の弾丸!」
少年は光を前へ、男のほうへ投げこんだ。その光は大きくなりながら男に向かって超スピードで突進する。これで少し怯んでくれれば……と思ったのだがその光がガラスが飛び散るようにして消えた。
その時、また腹のあたりに何か違和感を感じた。
…男はクククと怪しく笑った。
地面が鋭い岩のように尖って少年目がけて勢いよく伸び、少年を突き刺した。
~To Be Continued…~