序章5
昨日の出来事から一日が経った。今日からは通常通り朝の9時から授業が始まるのでプロリーダは7時に起床した。まだ完全に開き切っていない瞼をこすり、頬を2回くらい叩き目を覚ます。よし、と布団から出てパジャマから制服に着替える。今日は少し寝癖がついてしまった…面倒くさい。寝癖直しのスプレーを頭に吹きかけて櫛で解かす。あとはいつも通り前髪をセットして、長い髪を2つに縛る。カバンの中身をチェックして忘れ物がないか部屋を見当たす。部屋を出て階段を降り、居間で朝食と弁当を作る。2人の姉は授業が午後からなのかいない。親は朝の6時ぐらいには既に仕事へ向かうためいない。今日は少し簡単なメニューにした。いちごジャムが乗ったトーストにスクランブルエッグ、プチトマトと昨日の残り物のおかず。弁当は冷凍食品がメインで、ご飯と余ったスクランブルエッグをつめて完成。手を合わせ、トーストを一齧り。割と広い居間でポツンと1人で朝食を食べる光景はあまりないだろうが彼女にとってそれが普通なのだった。寂しくはない。もう慣れてしまった。15分もかからず朝食を食べ終えて食器を下げ、歯を磨き、顔を洗った。バス時間まではまだ少し時間があるので新聞をざっと流し読みする。それも終えるとコートを着て、カバンと弁当を持ち、玄関へ向かう。外靴を履き、玄関先にある小さな鏡で髪が乱れていないかチェックする。プリローダはドアノブに手をかけドアを開けた。今日は昨日よりもひんやりして肌寒い。鍵をかけてロックがかかったことを確認しバス停へ向かう。
この時間は通勤ラッシュと言うこともありバスの本数もそこそこあり、乗車人数も多めだ。学校の先は山しかないように見えるがその先に町がある。そこで働いている人たちがこのバスを利用していると考えられる。またその町には病院があり老人の方の殆どがそこに行くために利用しているのであろう。バス停に着いて10分後にバスがやってきた。バスに乗り込み、座れる場所がないか確認したが今日はなさそうだ。中ほどまで入って手すりにつかまり、バスが来るまで眺めていた単語帳を再び眺める。
(「…この時間はあまり学院生いないようね…少し時間が早いのかしら」)
バスに乗り、座席を探していた時彼女は同時に学院生を探していた。1人奥の席のほうに座っている人がいたが女子であったため対象外。同じバスに乗る1年生の男子、プリローダはその人を探しているのだ。
バスはあっという間に学校に一番近いバス停に到着し、プリローダと後ろに座っていた女子生徒が降りた。彼女はわざと女子生徒の後ろをゆっくりと歩いた。というのももう1度”透視能力”を使って過去を見たかったからだ。別に先に歩いて能力を使ってもいいのだがあまり変に思われたくなかった。
例の分かれ道がはっきりと見えてきた。一緒にバスを降りた女子生徒はその分かれ道に入り、すぐそこにある学校を目指した。プリローダはそれを確認し、念のため周りに人がいないかを確認する。…誰もいるはずはない。ただ大きな一本道と緑があるだけだ。彼女は木の陰に入り、神経を集中させる。だんだんと違う景色が浮かび上がってきた。
…やはり顔は惜しくも見えないが、1年生の男子生徒と女子生徒が仲良く帰っている。突如彼らはうずくまった。そしてどこからか現れたのは…あの男3人組。そして手には大剣、しかも炎を纏っている。…間違いない、”選ばれし者”だ。男3人はニヤニヤとしながらその2人を今にも殺しそうだ。その時、プリローダは息をのんだ。また昨日と同じ圧迫されるような感覚がやってきた。そして浮かび上がっていた景色が吸い取られていくように目に飛び込んでくる。少年が叫んだ。赤い炎がはじけ飛び、矢のようなものが男3人を貫き、空から何かが降ってきて彼らを押し潰した…。そこで映像が終わった。
(「…やはりどちらも”選ばれし者のようね…。ただ男3人のほうは物語でいうなれば悪物キャラってところかしら…。」)
プリローダはもう一度あたりを見渡して誰も来ないことを確認すると木の陰から出て、校門を通り学校へ入った。上靴に履き替え教室へ向かう。まだほぼ誰も来ていないに等しい教室に入り、コートをハンガーにかけて着席する。1時間目の授業の道具をさっさと机の上にだし準備する。
(「…まだフレイヤとか、もう一人の女の人からは話を聞いていなかったけど…”選ばれし者”には2種類あるのかしら…光と闇、みたいに…。そういや、”災い”の息の根を止めろ、みたいなことを言われた記憶があるけど…もしかしてあの男3人って…”災い”の一部なんじゃ…」)
さすがよ!
どこからか声がした。プリローダは一瞬体をびくつかせたが声の主はわかっている。彼女は肘をついて寝ているふりをした。そして再び神経を集中させ、心の中で話すのだ。
…白い世界だ。虹がかかっていて妖精が飛び交う、美しい草原が見える。そこにいるのは美しい女性と自分。
「…フレイヤ、これは一体どういうこと?必ずしも”選ばれし者”が良い人とは限らないってこと?」
『その通りよ。善と悪、と言ったところね。あの男3人は悪に選ばれた。そして”災い”に加勢しようとした…』
「やっぱり…。てことはあの男子生徒が善っていったところかしら。顔が見えなくて悔しいわ」
『そうね……でももう直に見つかるんじゃない?プリローダちゃんはわずかな情報も見逃さないから、本当に凄い子だわ』
「それはどうも、フレイヤ。…一つ聞きたいんだけど、いい?」
『ええ、答えられる範囲内でなら』
「まだ、悪はいるのね?この世界に」
『…そうね、数はわからないけど…いるわ、必ず』
ありがとう、そう答えるとプリローダは寝たふりをやめた。
…フレイヤと毎日会話できるわけではないが、プリローダは去年からフレイヤと対話できるようになった。対話するのに割と神経を使うし、周りにどう見えてるか分からないので人前ではあまりしなようにしているのだが向こうから声をかけてくるときはなるべくすぐに対話を行うようにしている。たいてい話しかけてくるときは何か重要な事を話すからだ。少し気になって周りをさっと見たが読書をしたり、予習をしたりしていてプリローダのことは全く視界に入っていなさそうだった。
(「悪に選ばれた人たち、かぁ…なるほど。あれが私たちの敵ってことね」)
色々頭で考えているといよいよ騒がしくなってきた。ガラリと教室のドアを開け、笑いながら入ってくる生徒。…あぁ全く耳障りだ。勉強している人もいるのに気も遣えないのか、とプリローダは憐れんだ目で見ていたのだがそれに続いてセルバが教室に入ってきた。セルバは真っ先にプリローダのところにやってきて「おはよう、ローダちゃん」と挨拶をした。一度机に荷物を置いてコートとマフラーをハンガーにかけてからまたプリローダのところへやってくる。
「そういえばね、今日ちゃんと校門前に先生立ってたんだよ!行く途中も特に変な人に会わなかったし…よかった…」
「心配しすぎなんだよ、セルバは」
「うーん……でもやっぱり怖いじゃん…」
その男3人はもういません、なんて言えるわけなくプリローダは話を変えた。
「ほら、もうそんな男3人のことは忘れてさ、いつもみたいに話そうよ。そうね…私が最近買った小説のことでも話そうかしら。セルバが好きそうな本を見つけたのよ」
「えっ、なになに!気になる!」
プリローダはカバンから一冊の本を取り出した。タイトルは『翼の消えた鳥』とある。表紙からしてファンタジー系だろうか。青い空を見上げる1羽の鳥、空にはそれと同化するように綺麗な惑星が描かれている。そして空から舞い降りるようにして現れた神様のような人物。その人の手には羽が握られている…。
「わぁ、なんだか面白そう!読み終わったらぜひ貸してほしいなぁ…」
「今貸すよ、私これもう読んだし…」
「本当に?!ありがとう…!」
その本を受け取るや否やセルバは嬉しそうな表情をして最初の数ページをめくって読んでいる。…だんだん教室内も騒がしくなってきたなぁと思っていると担任の先生が「おはよう」と言いながら教室に入ってきた。セルバはハッとして「じゃあ私席に戻るね…!ありがとう!」と言って足早に自らの席に座った。
今日は何事もなく終わりそうだ。あるとすればこの学校内にいる”選ばれし者”にバスの中で会う事だろうか…。プリローダはとりあえずこれからの授業に気持ちを切り替えた。
***
ついにやってきてしまった、進級試験。なんで進級試験があるのか本当に謎で仕方がない、成績だけで進級できるかできないか判断してほしい。そう思いながら学校へ向かうのソラだ。時は長くも短くも感じるものだ。入学してきたのがつい先日のように思えてきた。
…あの事件の後。ルアルを家に送り届け、自分の家に帰って夕食を食べた後部屋で必死に魔法を使おうとした。頭で必死にイメージを思い浮かべながら腹の底から力を込めてみるが何も起こらない。自分にとって危機的状況だったから使えたのか、寧ろ危機的状況じゃないと使えないというのか……そう考えていた。何度か暫く試してみたが、やはり無駄だった。
事件から1週間後、そんな彼に少し動きがあった。
ソラは自分の中で「あの力は緊急事態の時じゃないと使えない」と考え、”内なる力”のことなんぞ頭にはなかった。そんなことより進級試験のことで頭がいっぱいだった。いくら成績が良くてもこの進級試験で赤点をとれば進級不可となる。ソラはどの教科も苦手だったためかなり焦っていた。珍しくその日も家に帰ってからルアルのノートのコピーを片手に勉強していた。「ソラがそんな必死に勉強している姿は受験勉強以来ね」なんて母親に言われる始末だった。23時少し前に勉強をやめ、歯磨きをして明日の準備をして布団に入る。頭の中で今日やった勉強内容を思い出しているうちに意識が遠のいていった。
…黒い闇に一つ光が見える。
その光は人の形をしている。
『久しぶりだな、少年』
光が話しかけてくる…聞き覚えのある男の声だ…。
『随分と必死になって力を使おうとしたみたいだな。なかなか難しいものだろう』
―――テュールだ。自分の”内なる力”の本体だ。
『まぁ初めは意識してできるものではなかろう。忘れた頃にふと使えるようになる、自分に危機を感じた時に使えるようになる、そんなものだよ』
そうだ、やっぱりテュールだ。光はだんだんはっきりとその姿を露わにし、あの時バスの中で見た夢の中に出てきた男をしっかりと捉えた。
『ただ…我は必要な時だけにこの力を使ってほしい。それは誰にでも言えることなのだが、我の力は一歩間違えれば全てを壊しかねない力だ、自画自賛しているつもりはないのだが…。あの時君は必死にもう1度力を使おうと頑張っていた。しかし我はそれを止めた、制御した。君は恐らくあの時と同じことをイメージしながら腹の底に力を入れ、”内なる力”を呼び覚まそうとしたことだろう。あの時我が制御していなかったら大変なことになっていた。この家全焼どころか、周りの家にも被害が及んでいたことだろう。…決して君はあの時以来1度も力が使えなくなったという事ではない。これは大事な時にだけ使ってほしいのだ。好奇心は時に悲劇を生みかねないことをよく頭に入れておくのだ。そしていらぬ心配をするな少年。君は君が思っている以上にできる子だ』
彼はそういうとどこかへ消え去ろうと方向転換をした…
『おっと!忘れるところだった。そういや少年…我々の世界についての話をしていなかったな。我々の住むところはいわば――――――』
「ソラー?起きてるー?もう7時よ、遅刻するわよー!」
母親の声でその夢は途切れた。また良いところを聞きのがしてしまった、どうしてこういいところで夢が覚めてしまうのか分からない。つくづく運がない。ただ自分はちゃんと力を使えることが確認できたので良しとしよう。これからは本格的に勉強に集中できそうだ。
あの言葉の続きが聞けたのはその3日後だ。
今度は白い世界だった。鳥が飛んでいる。虹もかかっている。向こうに宮殿のような大きなお城が見える。ソラはお城のほうへ足を運んだ。
するといつの間にいたのか隣に男が一緒に歩いているではないか。勿論、言わずともその男はテュールである。
『久々だな、少年』
「あ、はい…お久しぶりです」
『君の名前はソラであってるかな』
「はい、合ってますけど…」
さらっと名前を話したこともないのに名前を当てられて何も言えないソラ。
『いつもいいタイミングでやってくるな、君の周りの人たちは』
「…まぁ、はい…すいません」
『まぁよい。そんなことよりあれを見たまえ』
指さした方向はあの大きなお城。
『あれは我々の住んでいる場所だ。…世界は9つあってね、君のいる人間界もその1つであれば我々の住むあの場所も9つの内の1つだ』
「すごい…豪華」
『神の世界に人間は行けない、しかし君は神から使命を預かった。…世界を、我々を助けてほしいと。この人間界を救うことはできるかもしれない、しかし神の世界に行けないのにどうやって神を助けるかと思っているだろう。…その手がかりが実はあの学校に眠っているらしいのだ。あそこに虹が見えるだろう。あの虹は地上と我々の世界を結ぶ橋のようなものだ。つまりあの橋を渡れるようにすればこの世界に来ることは可能…というわけだ』
「…その虹に関しての情報が、俺の通っている高校にあって…そしてその情報を集めて神の世界に来なきゃいけないってこと…?」
『その通りだ。とても面倒なことではあるが…。ただし悪は既に動き出しているのかもしれない。君が裁きを与えたあの男3人、恐らく奴らは悪に選ばれたものだ』
「悪…?」
『そうだ。”災い”に加勢する一部の者たちと考えていいだろう』
「一部ってことは…人間の世界に既に”災い”がいるってこと?!しかもまだいるのかよ!」
『恐らくは。まだ大きな事態に至っていないから安心だが…恐らく奴らは君たちを狙うだろう』
ソラはとても責任を重く感じた。この人間界だけじゃなく神様まで救ってその上”災い”に命を狙われて……散々だ。とてもじゃないけど耐えきれない……、待てよ。ソラは考えた。今テュールは『君たちを狙うだろう』と言った。俺だけじゃない?もしかしてまたルアルも狙われる…?そもそも俺に関わってるみんなが狙われる…?ソラは目の前が真っ黒になるのを感じた。
「…君たちって……俺一人じゃないのかよ…」
『確かに、周りに被害が及ぶかもしれん。しかし我が伝えたかったのは君の他にも神のお告げを受けた人がいるということだ。』
「…え?」
『我々は”選ばれし者”と呼んでいる。君ひとりでそんな責任重大なことは押し付けないさ』
「…俺以外にも、この力を使える人がいる…ってことですか?」
『そうだ』
「…”選ばれし者”、かぁ…。まぁとりあえずは学校にあるヒントとやらを見つけてその虹の橋渡って神様のいる世界に行けばいいってことだな!…あ、いいってことですよね?」
『ははは、慣れぬ敬語は使うな少年。別に普通に話してくれて構わない』
「…すいません…、ははは…」
この夢を見たきり、今日に至るまでこのような夢は見ていない。夢を見たとしても進級試験に合格できずに泣いてる現実味のある夢だったり、空を飛んでいたら雷にぶつかってまっさかさまに落ちていく夢だったり、普通の人が見るような夢しか見ていない。
(「…はぁ…ちゃんと合格できるかな…。これで不合格で進級不可でした、とかだったら本当に笑えねぇ…。そして何よりルアルに申し訳ねぇ……。まぁ今日まで精一杯頑張ってきたし、全力尽くすのみだな!」)
ドキドキしながらバスの車内で自分を落ち着かせるように心の中で自分自身に語りかけるソラ。
後ろからの視線には全く彼は気づいちゃいない。
~To Be Continued…~