サルベージ
不意に思いついた話を膨らました結果です。気晴らし込みですのでかなり即興気味。
それを踏まえた上でご覧下さい。
本日のその土地での天候は快晴、何かと天候不順が多い中では珍しく雲一つない抜けるような青空が広がっていた。
その空の一点、黒くぽつりとシミがついたように何かが現れた。シミはどんどん大きくなり、やがてそれは人の肉眼でもどのような形か分かるぐらいの大きさになる。
一言で言えば航空機だ。しかし普通の人が思い浮かべるような旅客機や軍用機とは違っている。
全長一〇〇mになろうかという大きなボディは、二枚貝を流線型にしてシャープにした外見を持っていた。外装はカーキ色で、横には大きくロゴが入っている。『タナカ&ジャームズ航宙サルベージ』その横には『社用機』という文字列まで日本語で書かれていた。
長大な船体からは静かな駆動音と僅かな噴出熱が上がり、ジェットやプロペラが出す騒々しさは皆無だ。船体はそのまま静かにするすると高度を下げて、着陸用に四本のライディングギアを下ろし、静かに垂直に接地、着陸を果たした。
もうお分かりだろうが、これは普通の航空機ではなく、宇宙からこの土地にやって来た航空宇宙船である。
船体の着陸からさらにしばらくの時間が経過する。今度は船体の横から圧縮した気体が一瞬吹き出し、そこにあったドアが横にスライドして開け放たれた。同時にドアの下からはタラップが伸びて地面に接地する。いよいよ船員が外で活動を始めるようだ。
船から二人の人物がタラップを伝って下りる。その手際は大変良く、この手の活動に手慣れている事を示していた。二人とも宇宙空間でも活動出来る厳重な装備を着込み、手にはライフル型とピストル型の武器を持って周辺を警戒している様子だ。
二人とも装備のメットのバイザーのせいで顔を窺うことは出来ない。
周辺が完全に安全だと判断したのか、ライフルを持っていた人物が警戒を解いておもむろにヘルメットを脱いだ。
「ふう、天然の空気だ。おいジェームズ、メット取って吸ってみろよ。大気チェックでも問題なかったろ」
「だ、だが……」
「これからさらに数㎞歩くんだ、重力下でそれだと息苦しくなるぞ」
「……分かった」
最初にメットを外した人物に促され、ピストルを持った人物もメットを脱ぐ。
二人とも男性でライフルを持っていた方が東洋系の顔立ち、ピストルを持っていた方が西洋系の顔立ちをしている。二人はそれぞれタナカとジェームズという名を持っていて、この土地には仕事でやって来ていた。
メットを外したジェームズは、直後顔を歪めて自分の鼻を摘む。まるで悪臭を嗅いだようだ。
「臭いな、何だこの臭いは? 鼻の奥にまで突き抜けるようだ」
「お前さんは初めてだったよな。これが緑の香り、フィトンチッドって奴さ。天然の空気ならではの匂いだな」
「植物園には行ったことがあるが、こんな臭いじゃなかったぞ」
初めて嗅ぐ臭いに顔をしかめたジェームズは、ポーチから防塵防砂用のマスクを取り出して口と鼻を守るように覆ってしまう。それを見ていたタナカもこの臭いは慣れないとキツイだろうな、と思いつつ周囲の光景へと目を移した。
周囲一帯は廃墟だった。ビルが建ち並ぶ大通り、船が着陸した場所も四車線はある幹線道路だ。数々の看板がビルを飾り、街路樹は今も生き生きと光合成をして成長している。ただし、そこには二人以外の人影は一切なかった。
この土地としては珍しく湿気の少ないカラリと晴れた空の下、ビルが建ち並ぶ大通りにあって二人以外は全くの無人。タナカとジェームズはその理由を知ってはいたが、目の当たりにすると何らかの所感を持つようになった。
「人類地球脱出作戦から数千年は経過しているのに不気味なぐらいに傷みが無いな」
「二年前まで時元雲に包まれていたからだろうな。雲の中じゃ人間は消えちまうし、それ以外は時を止めてしまう。まあ、お陰で保存状態良好の激レアお宝を回収出来るんだからサルべージャーにとっては有り難いがな」
「不幸中の幸いってか」
二人の言葉に出てきたようにこの土地は地球であり、時元雲と呼ばれる災害に襲われていた。
見た目はただの厚い雲に見えるそれは包まれた人類を消滅させ、それ以外の生命体や非生命体の時を止めるという異様な特性を持っていた。世界中の学者を狂気あるいは驚喜させたのも束の間、その雲は全世界を覆わんばかりに広がりだした。
雲に包まれ次々と姿を消す人々、難民は溢れ、当時の世界は大混乱したそうだがここでは割愛しよう。
ともあれ、多大な犠牲と労力を持って、人類は地球全体が時元雲に覆われる前に宇宙に脱出することに成功する。その後の数千年間は人類は太陽系、さらにはその外へと開拓の足跡を残している。
そんな宇宙開拓時代の最中、地球を覆っていた時元雲が晴れたというニュースが人類圏を駆け巡る。
人類の故郷地球には避難に間に合わなかった無数の芸術品、希少図書、文化財などが時を止めて残っていた。それが回収出来る。にわかに人類圏では地球がクローズアップされるようになった。
太陽系で廃棄コロニーやジャンク回収を主な仕事にするサルベージ業者達は特に活気に湧く。地球という巨大な宝島が現れたのだから。
タナカとジェームズもそんなサルベージ業者の一つに属していた。ただし、従業員はここにいる二人という零細業者ではあったが。
「ところで、今回の仕事は確かな情報からなんだよな? ここまで来るのに亜空間高速料金、燃料費、どっちも馬鹿にならないんだぞ」
「ああ、情報屋はジュニアスクールからの友人だし、義理堅く信用できる。今回だって小口の回収でも大きく儲けられる仕事を回して貰ったんだ。この稼ぎでウチのキャンサー号をオーバーホール出来るぞ」
タナカが振り返って見上げる船は、よく見れば年季が入っているのが分かる。ところどころカーキ色の外装が剥げて、今だ上げている駆動音にもわずかに異音が混じっている。近日中にもオーバーホールが必要だと彼は考えていたのだ。
それに対してジェームズは手にしていない稼ぎであれこれ考える気はなく、肩をすくめるぐらいだ。
「そうなれば良いな。じゃあ行こうか」
「おう」
□
二人は宇宙船を離れ目的地を目指して移動を始めた。
通常なら地上移動用のバギーやトランスポーターを使うところだが、目的地までの道は時が流れるのを再開して二年で荒れ、放置された旧世界の車両も多数残されて道を塞いでいる。これら車両も専門とする業者なら垂涎の的だろうが、あいにくと今回の二人のターゲットではない。
目的地は建物が入り組んだ場所にあるため船を乗り付けるのも不可能。それらのことからタナカとジェームズの移動手段はおのずと徒歩に限られてしまった。
かつては四車線の広い幹線道路だった道を二人は歩く。足元の道路は旧世界で一般的だったアスファルトの路面。時元雲が晴れて時間の流れが再開しても人は宇宙での暮らしに慣れてしまい、定住しようという物好きは居ない。使う人が居なくなった道は急速に自然へと帰ろうとしており、ひび割れたところでは木の根が伸びて草が生い茂っていた。
人類を消すと言われた時元雲も動物、植物や細菌は管轄外だった。何故人間だけピンポイントで消えるのか? 数千年経った今でも学者達の間で大いなる謎とされていた。
もっとも、二人はそんな謎に思いをはせるより今回の仕事での儲けを考え、かかる経費に頭を悩ますのがせいぜいだ。ただ、人類だけを消した時元雲に少しだけ恨み節を言いたくはある。それは二人がそれぞれに武器を持っている理由だ。
「現住生物は周囲に無し、イノシシとかクマの影はないな」
「トラやライオンにも気をつけろ。飼育されていたものが逃げ出していて、同業連中が襲われたって話を聞いたことがある」
「昔の人間の気が知れないな。なんだって危険な猛獣を好き好んで飼うんだか」
「うーん、なんでも動物の保護だか何だかとはアーカイブではあったがな。詳しくは俺も知らん。知っているのはそんな猛獣でも殺してしまうと厳罰に処されるってことだ。ジェームズ、お前の銃はちゃんと非殺傷にしているか?」
「それは大丈夫だ。ちゃんと弾種を電撃弾にしている」
問われたジェームズが腰のホルスターをポンと叩きアピールした。そこには古色蒼然としたクラシカルなリボルバーが収まっている。それを見てタナカは呆れたような顔をした。
「今時火薬式の、しかもリボルバーなんて護身用で持っている奴も稀だぞ」
「うるさいな。オレは火薬式の反動とか硝煙の匂いとかが好きなんだ。自分の給料で買っているんだから良いだろう」
「趣味の物を仕事で使って欲しくないんだがな。骨董品で身を守るのもどうなんだ」
タナカが背負っているショックパルスを撃つ小銃型のショックガンも数世代前の中古品だが、ジェームズのものは火星に本社を置いたコルト社が復刻版として販売したパイソンだ。販売されたのは数年前でも設計は数千年前のものである。タナカとしては趣味人のコレクターアイテムにしか見えなかった。
タナカのショックガンにジェームズの電撃弾装填のパイソン。どちらにも撃った相手を殺傷する力はない。いまや希少となった地球の生物は人類圏では殺傷も密漁も禁じられている。発覚した場合は問答無用で刑に服されるようになっていた。だから身を守る武器はこのような非殺傷となっているのだ。
二人は軽口を言い合いながらも足を進めて、目的地へと順調に進んでいく。程なく二人の目にある大型の看板が見えた。
「タナカ、あの店ってここでもやっていたんだな。地球時代からの創業って聞いていたけど、ホントだったんだ」
「何を言ってやがる。あの店こそが元祖一号店だ。例の会社な、あの建物を企業の記念碑みたく移設する予定があるんだと」
「はぁ……なあ、あの店に行けばもっとお宝が手に入らないか? なにせ、元祖なんだろ?」
「馬鹿言うなよ、そんな考え誰でも持っている。時元雲が晴れて最初の半年で洗いざらいサルベージされているよ」
「そうか、地球は初めてなもんでね……はあ、そう上手いこといかないか」
ジェームズが軽く愚痴り、タナカは軽く彼の肩を叩いてさらに足を進めていく。二人は大通りから横道に入って、さらにかつての鉄道のアンダーパスを潜る。アンダーパスの最下部には水が溜まり、淀んだ水が腐臭を放ち二人とも顔をしかめた。
そこからさらに別の大通りに出る。そこにはさる大型の家電量販店の建物が今でも威容を残していた。ここもサルベージ業者にとってはターゲットになる場所で、アンティーク家電でめぼしい物はすでにあらかた持っていかれている。
さらに十分の時間が経過し、細長い建物の前に二人はいた。そこは何かの店舗だった場所でもなければ、何かの公共施設だった場所でもない。多数の住人を収める集合住宅、ようするにマンションだった建物だ。
「ここに本当にお宝が? 集合住宅だった建物だろ」
「ああ。物は住人だった人物が個人で集めていたコレクターアイテムだ。お前と同じ、趣味人って奴だな」
「はーん、この建物のどこにあるかも分かっているよな」
「問題無い、五階の一号室だ。行こう」
建物に入り、すぐさま階段の場所を探る二人。当たり前だがエレベーターは機能を停止しているため役に立たない。この手の建物探索では階段だけが各階の移動手段になる。
大手のサルベージ業者になると浮遊車両や多脚重機など充実した装備があるのだが、従業員二名の『タナカ&ジェームス航宙サルベージ』社ではそんな物は望むべくもなかった。
長年のサルベージ経験で素早く階段を見つけた二人は適度に警戒しつつ階段を上っていった。順調そのものの道程だったが、最後に難関が待ち構えていた。
階段から五階フロアへと移る直前、踊り場のところで二人は足止めを食らっていた。
「おいおい、さっきオレ達が話をしていたせいなのか? アイツがいるのは」
「知らないよ。どちらにせよアレの向こうにある扉が目的地だ。どうにかしないとお宝は手に入らない」
二人とも手に武器を持って、五階フロアの様子をそっと窺う。そこには黄色と黒の縞模様も鮮やかな大型の肉食獣、トラがいた。
幸いなことにトラは食事の後なのか横になっていて眠っている様子だ。二人とも生で見る大型生物を前に顔が強張る。けれどすぐに冷静になってチャンスはあると見ていた。この辺りは宇宙海賊と渡り合った経験からきているのだろう。
「どうする。二人でここからアイツを狙い撃つか?」
「いや、俺達の武器は対人戦をメインにしているが、大型生物を標的にしてはいない。撃ったところで効果があるかどうか」
「ショックガンのゲージを目一杯上げてやればどうだ? 中古でも高出力のやつなんだろ、ソレ」
「ダメだ。そうすると今度はショック死させてしまう。加減が分からない以上、迂闊にゲージは上げられない。そっちこそどうなんだ? 火薬式の銃に何かとっておきでもあったりしないか」
「無茶言うな。骨董品に一体何を期待している……と言いたいが、都合良く手がありやがる」
ジェームズはポーチからスピードローダーに六発一束で纏められた弾薬を取り出してみせた。
その弾薬は弾丸部分がグリーンに塗られ、一緒にポーチに入っている他の弾とは区別されているのが分かる。
「麻酔弾だ。一発あれば人なら即座におねんねしてしまうぐらいに強力な奴だ。あの馬鹿でかいネコなら数発は必要か?」
「なんでそんな代物をお前が持っている。どこで買ったんだ」
「大昔のスパイムービーに憧れて。一箱分だけアマゾンギャラクシーで買ったんだ」
「はあ……趣味人の趣味の道具に救われるって一体何なんだか。すぐにやってくれ」
それから一分としない内に六発の銃声が元マンションの廃墟に響いた。後には深い眠りに落ちてピクリともしないトラと、得意顔になっているジェームズ、何か納得のいかない顔のタナカの姿があった。
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いよいよ目的地、お宝のある扉の前に辿り着いたタナカとジェームズ。二人の前には一般的なマンションの金属扉があった。
軽く扉に目をやり施されたセキュリティを確認するタナカは全く問題無いと断じた。扉には後付けで幾つか錠前や監視カメラがあるがどれも問題にならない。宇宙で生活して先端技術の中にある二人にとってここにある錠前は化石レベルの代物でしかないのだ。
錠前のサルベージをするつもりはないので、手っ取り早くビームトーチで錠前を焼き切ったタナカは手早く中に入り、内部の様子を確認した。
一般的なワンルームマンションだったその部屋。そこは宝の山だった。
「見ろ、ジェームズ。絶景だ」
「おぉ……最高だな」
そこにあったもの、彼らにとってのお宝……それは部屋一杯にある同人誌、PCゲーム、マンガ、ラノベ、フィギュア等々いわゆるオタクグッズであった。
二人がいる場所はかつて東京は秋葉原と呼ばれた付近にあるマンション。そこを発信基地として全世界に広まったサブカルチャーの数々は、時元雲の災厄のせいで数多くを失ってしまった。
だが、時を経て無傷な書籍、ゲームの類が次々とサルベージされ、それらの品々が高値で取り引きされるようになった。それら品々はコレクターの手に渡る前に電子書籍化、データーコピーが行われ広く宇宙の人々にも発進される。この二年間は数々の作品が蘇った奇蹟の時代だったのだ。
「おいこれ、型月の同人時代の作品じゃないのか? 凄い、葉鍵の初期作品まであるぞ」
「こっちは良い感じのフィギュアが幾つもあるぞ。黒岩に金闇、ほほう元の持ち主は相当なマニアだったようだ」
歓喜の声を上げるタナカとジェームズ。後の問題はどうやってこれらのお宝を無事に船まで運ぶかだが、それを思い悩むまではあと少しの時間が必要だった。
ここはかつての秋葉原。今はなきオタク達の聖地。そして現在はサルべージャー達の悲喜交々を飲み込む楽園だった。
秋葉原が舞台でした。二人が見た大型の店はと○のあな。家電量販店はヨドバ○カメラとなっております。
しかし、この部屋を退去したした人はまさか数千年後の人に自分のオタグッズを回収されるとは夢にも思わないでしょう。