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土曜の色

作者: まさかり

リビングの時計はもう夕方の4時になっていた


今日は一日中パソコンしかやっていなかった気がする

別に引きこもりじゃないけど、休日になれば毎日のように遊びに行くタイプでもなかった。

テレビも朝からずっとつけっぱなしだったし、カーテンは閉まっていた


目が疲れてる。体もだるい。

部活も引退したし、最近ほとんど運動していなかった気がする

田舎だから人にもあまり見られないし、外に出て走ってみることにした




玄関を開けると、庭の植物たちがかなり風に揺られていた。

部屋から持ってきた音楽プレイヤーの電源を付け、上着の中からイヤホンを通すと両耳につけた

風が吹く中、両方の耳を塞いで音楽を聴いていると、世界に自分一人しかいないような気分になる。

周りが畑や田んぼで囲まれた場所でしか感じることのできない感覚だと思う


最初は軽く走り出した

準備運動も混ぜつつ、梨畑の中を頭が枝にあたらないように駆けていく

田んぼのあぜ道に出た。

小さい頃からよく目にしている、ずっとまっすぐな道だ

少し力を入れて走り出した。

久々に感じる全身の筋肉と、風を切る感じが楽しかった。

走るのはすごく単純なことだけど、一回走り出すとなかなか止まらなくなる

それはたぶん、小さい頃に同じような遊びをずっと繰り返してた感覚に似てると思う。

出来ることならこの道をずっと走っていたかったけど、すぐに疲労が押し寄せた



走って、疲れて、歩いて、また走り出して。

これをしばらく続けていたら、あまり見慣れない所まできてしまった

周りには自動車工場と民家があって、田んぼはほとんど見なくなった

音楽も10曲以上は流しながら聴いていた気がする


「おい坊主、ランニングか、偉いな」


工場のフェンスの向こう側から、まったく知らない人に声をかけられた


「あ、はい」


僕がイヤホンを外すと、声をかけたおじさんが近寄ってきた


「オジサン達いま昼休みで暇なんだよ、ちょっと俺と勝負しねえか?」


「勝負って、何するんですか?」


「俺と坊主、どっちが速いかだよ」


「いいですよ」


そう言って僕はおじさんに言われるがまま、フェンスを乗り越えて工場の駐車場に入った

知らない大人に話しかけられ、知らない場所に入るのはすごく不思議な感じだった

でも怖くはなかった。たぶんそのおじさんがちょっとだけ優しい雰囲気だからだ


「この坊主と走って勝負するから、どっちが速かったか見ててくれや」


そこには三人の、いかにも工場の人って感じの男たちが座っていた


「なんだよ洋さん、ガキとかけっこするんですか?」


三人の中で一番若そうな人がそう言うと、ちょっと笑いが起きた


「どうせお前らも暇だろ、付き合えよ」


「見てるだけっすよー」


そんな流れで洋さんと呼ばれるおじさんと僕は駐車場で競走することになった

なんでこうなったのかよく分からないけど、なんだか大人たちに混じって遊べるのはすごく貴重な経験な気がした。

洋さんは準備体操をしている。僕も緊張をほぐす意味で跳躍をした


「っしゃ、ゴールはあそこの白い線な。お前ら白い線のとこで待ってろ」


そう言うと洋さん以外の大人達は20メートルほど先まで歩いて行った


「坊主、手加減しねえぞ」


「はい、大丈夫です」


僕はあまり足が速いというわけではなかったが、遅くもなかったので中年のおじさんに負ける気はしなかった。

それより洋さんが全力で走って怪我をしないかが心配だった


「準備できましたー」


向こう側から声がしたので、僕と洋さんは構えた

転んだらどうしようとか、勝っちゃったらなんて言おうとか、そもそも僕が工場で走って誰かに怒られないかとか、色んなことを考えてしまう


「よーい、どん!」


そう言うと洋さんが走り出したので、少し遅れて僕も走り出した

この状況の意味がわからなかった。だからとりあえず全力で走った。

作業着のポッケから汚い布がはみ出しているが、洋さんは意外と速かった。

でもゴール間近で洋さんのスピードが一気に落ちてきた。

僕は抜かせると思い、一気に追い越そうとした

そしてゴールした

どっちが先にゴールしたか分からない、ほぼ同時だった


「やっべ疲れた」


洋さんはそう言って地面に倒れ込んだ


「すげえ、同時でしたよ」


若い人がそう言うと、洋さんは少し悔しそうだった

そして、工場のチャイムが鳴った


「あ、もう時間だわ、坊主また勝負しような」


起き上がった洋さんはそう言うと、僕の肩を叩いて工場のほうへ歩き出した

他の三人も速かったな坊主と言って洋さんのあとに続いて工場へ入っていった


僕は大人達の後ろ姿を見ながら、息を切らしていた










あれから一週間が経った。土曜日だ。


僕はまたこの工場に来ていた

別にまた勝負しに来たわけじゃないけど、この一週間ここでの出来事を思い出すことが多かったからだ。


しばらくまわりをウロウロしていると、ダンボールを運んでいる人の姿が見えた

洋さんだ。


僕のことを覚えているだろうと思い、フェンスの外から見ていると、僕と目が合った

その直後、洋さんは目をそらした


運んでいたダンボールを何処かに持っていくと、戻ってくることはなかった

僕にとってあの出来事はすごく大きなことだったけど

工場の人達にとっては、ただの休み時間の暇つぶしだった。

だから僕の中で洋さんはすごく大きな存在だけど

洋さんにとって僕は名前も知らないただのガキだった。


僕はどこかであの大人達の仲間になれていたような気がしていたけど

そんなことはなかった。


僕は圧倒的に経験が少なく、そして子供だった。


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