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阪上くんと保田くん(新装版)  作者: 尾仲庵次
最後の1年

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再会

『久しぶり』

 ボクは電話の受話器を握りしめて言った。

 この頃は携帯などなかったから自宅の電話を使うしかなかったのだけど、家族に会話を聞かれるのが嫌だったので外の公衆電話から電話した。

『おお。元気か?』

 保田くんは夕方の少し遅い時間なら在宅していることが多かった。

『ああ、なんとか……次の休み、暇?』

『次の休みか……家でゆっくりしようかと……』

『暇なんだな』

 会話の内容は高校時代となんら変わらない。

『まあ、そうとも言う……』

『戸塚で会わない?』

『いいよ』

 こんな感じのやり取りのあと、ボクは保田くんと会うことが多かった。


 高校を卒業しても、気持ちの中ではボクは高校生だったのである。

 楽しかった高校生活が忘れられなくて、現実が辛いと感じる時にはあの楽しかった思い出に浸りたいと思っていたのだ。


『どう? 元気にやってる?』

『おお。なんとか』

『満員電車ってきつくない?』

『きついけど、まあ仕方ないからな』

『ボクは我慢できないから遅れて行ってるよ』

『そうなんか?』

『うん。まあ、社会人になったら無理なんだろうなあ』


 会っても特に何かするわけでもない。

 どこかの喫茶店か何かに入ってとりとめのない会話をするだけなのだ。

 それにこの頃は恋愛にはさほど興味もなかった。

 19歳の春。

 どことなくそんな恋愛は自分にはまだ早いような気がしてたので興味もなかった。

 要はまだ子供だったのかもしれない。


『なんか面白いことない?』

『ない』

 ボクの問いかけに容赦ない言葉で会話を終わらせてしまう保田くん。

 いつものことなのでボクは気にもしない。

『いやさ……ほら。おもしろい漫画とかさ……』

『読まない』

『知ってる』

『知ってるなら聞かないでくれ』

『いや、もしかしたら気が変わってるかもしれないなあと思って』

『安心してくれ。変わってない』

『でも人は成長しなくちゃいけない生き物だしな』

『成長?』

『ああ。成長だ。ボクも成長したぞ。ほれ』

 ここでボクは今まで書き溜めたイラストや小説を保田くんに渡す。


『え……いや……ああ……』

 困った顔をする保田くん。

 性質(たち)の悪いことにボクはこの保田くんの表情を『喜んでいる』と勘違いしている。


 ちなみに自分では『成長した』などと言っているが、この頃のボクの小説は、高校の頃からまったく成長していない。書きたいことだけを書いた読者のことはまったく考えていない独りよがりな小説である。

 イラストの方はと言えば……

 さすがに『ヤダモン』はNHKでの放送も終わってしまい、ボクのブームは去ったのだけど、そのかわり下手くそな自前のイラストをたくさん描いていた。


 まさか卒業してまで、こんなものを押し付けられるとは保田くんも思ってなかっただろう。


 休日は……

 保田くんと会うか……

 家で本を読んでいるか……

 そんな感じで過ごしていた。


 現実に引き戻されるのは平日。

 嫌な満員電車を我慢して……

 時間をかけて専門学校に行く。


 専門学校の勉強は高校の頃とは違いなかなかきついものがあった。

 特に電気工事の実習はかなりしんどかった。

 まずボクは不器用なので、配線を綺麗に張ることができなかったし、金属管を曲げるのにはえらく苦労した。

 そしてこれらのことがうまく行かないと単位がもらえない。


 実習を行っている時間だけではこれらの技術は試験に合格するようなレベルにはならない。

 だから居残り勉強をする。


 居残りで工事の実習の勉強をし、帰りはゆうに20時を超えるということはよくあった。

 そうなると帰りも満員電車だ。


 楽しいようでしんどい……そんな毎日だった。

 学校を卒業したら、こんな毎日が待っているのだろうか……

 そんなふうに思ったらどこか笑えない毎日だった。


 時は一方にしか進まない。

 そうこうしているうちに季節は夏になっていた。

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