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阪上くんと保田くん(新装版)  作者: 尾仲庵次
出会いと学生生活

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パッとサイデリア

 家族旅行以外の旅行の思い出と言えばやはり学校で行く修学旅行だろう。


 小学校の頃はそれなりに楽しかったのだが、中学時代はろくな思い出がないので、高校の修学旅行については実に楽しみにしていた記憶がある。

 高校の修学旅行は、行先が秋田の田沢湖というところで、観光名所を回るとかそういうものではなく単純に数日間スキーを体験するというものだった。


 スキーに関しては、ボクは毎年のように家族で行っていたからその楽しさはよく分かっていた。あれの面白さは下手でもそこそこ楽しめるところである。未だにボクはハの字のボーゲンしかできないがそれでもたまにはやってみたいなあと思うことがある。

 大体、この手のスポーツというものはプロにでもならない限りは楽しんでやれればそれでいいのだ。


 新幹線に乗り、盛岡からはバスに乗って、秋田県の田沢湖に着いたのは確か夕方近くだった。

 大きなカバンにいろいろ詰め込んで一日中乗り物に乗ったボクらだったがまったく疲れは感じなかったように覚えている。今なら宿に着くなり温泉に入ってビールでも飲んだらバタンキューなのだが、当時は高校生で元気が有り余っていたのだろう。


 新幹線からバスの中に至るまでボクは保田くんと話をしていた。

 くだらないことをたくさん話して、たくさん笑った記憶がある。若い時というのは箸が転んでも面白いのだ。話の内容は忘れてしまったが、おそらく今ならさほど笑わないような気がしないでもない。

 バスの中でもとぎれることなくいろいろ話したのだが、気が付けば保田くんは調子が悪そうな顔をしていた。

『どうした??』

『いや……バスの匂いが……』

『バス??』

『おうよ。バスの匂いがどうにも……』

 確かに当時のボクらは通学時を含め、バスに乗ることは皆無だった。電車通学で駅から学校まではけっこうな距離があったが歩いていたからだ。

『大丈夫か? リバースか??』

『いや……スキップだ』

『そりゃunoだろ』

『小さいことは気にするな』

 具合が悪いと言いながらも、まったくそんな素振りではない保田くんにボクは歌を歌うことを薦めた。


 例のごとく、あまりにテンションが高くなりすぎてしまったためにボクは悪乗りをし始めたのだ。すると保田くんも悪乗りして歌いだした。

『ぱっとサイデリア――!』

 当時、新興産業というリフォーム業者のCMで、小林亜星氏が作曲したCMソングを保田くんは歌いだしたのだが、なぜその歌を歌ったのかは未だに分からない。たぶん、当人に聞いても『分からない』と答えるだろう。悪乗りしている時の行動なんて、えてしてそのようなものなのである。


 ちなみに……。

 この箇所を書くために新興産業のことを少し調べたのだが、どうやら現在は倒産してしまったとのこと。

 なんだか残念というかなんというか……。


 この時はそんなことは知らなかったから当時少し人気のあったこのCMソングをバカみたいに歌っていた。

『なんでサイデリアなの?』

『大好きな街だから離れられないんだよ。』

 保田くんが当時そんなことを言ったかどうかは不明だが、CMソングの歌詞にあるように、彼は未だに結婚もせず、実家のある大好きな街から離れられないでいる。


 バスを降りると雪の壁がボクらを出向いてくれた。

 前述したようにボクは家族で毎年のようにスキーに行っていたから、雪というものがそんなに珍しくはなかったのだが、それにしても東北の豪雪地帯の雪の凄さを目の当たりにしたときの気持ちは未だに言葉に言い表せない。


 こんなにも雪が積もるものなのか……と当時はしみじみ思ったものである。


 そんな風にボクが少し感慨に浸っているのをよそ目に保田くんは『パッとサイデリア――』と歌い続けていた。


 宿に着くとそれぞれに荷物をまとめて、テレビを見たりしつつ自由時間を楽しんだ。

 保田くんはまだ『パッとサイデリア――』と歌っていた。何か楽しいんだか今となっては皆目(かいもく)分からないが、当時はやたら笑っていたような気がする。同室には多田くんを含め何人かがいたが、アホみたいなことで笑っているボクらの中に入ってくる友人はいなかった。


 そんな中、自由時間を使ってボクらは修学旅行のしおりの日記の部分を書こうということになった。

 この日記、案外厄介でただの日記ではなく楽しかったことや印象に残ったことなどを書かなければいけないというものだった。それにしても高校生にもなってこんな小学生的なことをやらせんでも……と今になってからは思うのだが、当時は真面目にそういうこともやっていた。


 ……と言っても書くことなどそんなにない。


 当時からボクは小説の類を書いていたからそういう作文は非常に得意ですぐに終わすことができた。

 それに対して保田くんはというと、彼はこういうことはあまり好きではない。

 にもかかわらず彼は日記を完成させるのをボクと同じぐらいの早さで終わらすことができていた。

 なぜかというと簡潔な一文で一日の出来事を振り返っていたからだ。


『バスはキライだ』


 保田くんの日記の『印象に残ったところ』にはそう書いてあった。

 確かにバスの匂いがキライなのは分かるが他にもいろいろ印象に残ったことはあるのではないだろうか……そう思ったボクは保田くんにそのことを言った。

 しかし保田くんは『余計なことを言ってくれるな』というような顔をしながらボクにこう言った。

『じゃあ、パッとサイデリアか?』

『おお! いいじゃん!』

『こんなの書いてみた。』

 保田くんはボクに何かのメモ用紙のような小さな紙切れを渡した。

 ボクはその紙切れに視線を落とすと、太った丸眼鏡の男性のイラストが描かれてあった。どこからどうみても小林亜星氏であり、やたらうまかったのでボクは大笑いしてしまった。普段、ボクがイラストを描いて保田くんに渡すことはあっても保田くんが描いたイラストをボクが手に取るのは実に初めてだった。

『う……うますぎる。おい! ちょっと!!』

 ボクはそのイラストを近くにいた森くんに見せた。

 するとそのイラストは森くんから他の友人の手に渡り、それぞれに笑いをもたらしながら保田くんの元に帰った。


 保田くんという男は実におかしな男でそこまで盛り上がっているものを、恥じる必要はないのに、彼はそのとき何かを感じてそのイラストを捨ててしまったのだ。

 何が彼にそうさせたのかと言うことは今となってはよく分からないが、とにかく、あまりしつこく同じネタばかり追っていてもおもしろくないということはなんとなく分かる。だからこそ彼はそのネタを封じたのかもしれない。


 どんな笑えるものであっても旬というものは存在する。


 もしそのイラストが今存在したとしてもボクらはそんなに笑わないかもしれない。

 ただ、おもしろいおもしろくないということ以前に、小林亜星氏もこんなところでできの悪い高校生にネタにされているとは思ってもいなかっただろう。


 そんなことを考えるとニヤリと笑ってしまう自分がここにいるのが実に不思議である。


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