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阪上くんと保田くん(新装版)  作者: 尾仲庵次
出会いと学生生活
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家でゆっくり

 目に飛び込む風景がすべて新鮮で希望に満ちているという状態というのは歳をとるとなくなるのかもしれないな……と思うことがある。


 学生時代に比べると行動範囲は広くなった分、そんな景色を見れるチャンスは多くなったはずなのだけど、学生時代に感じたあの感じを感じたことはない。

 おそらくそれは感性が衰えてきているのだろう。

 以前に感動した風景も今見るとなんてことのない風景だと感じたり、あんなに夢中になったものが、なんでこんなものが好きだったんだろうと感じたり……まあ、大人になったのかもしれないのだけど、その分、人間がつまらなくなってしまったものだと思ったりもして少し複雑な気分でもある。


 高校生になりたての頃もそんなこともなかった。


 中学の頃に比べて活動範囲が少しだけ広くなったのがなんだか少し大人になったみたいで嬉しかった記憶がある。

 

 中学の頃に好きだった釣りは高校に入ってからはそんなにやらなくなった。

 そんなにやらなくなったとはいうものの、まったくやらなくなったわけでもない。

 相変わらず好きではあったのだけど、周りにそこまで釣りが好きな連中がいなかったので、あまりやらなくなったと言った方が正しい。

 この頃のボクは一人ではなにもできなかった。何をするにしても誰か友達と一緒でないと嫌だった。


 だから高校に入って真っ先にやったことは新しい友人を作ることだった。

 不思議なものでこういう新しい人間関係というものは自然発生的に出来上がったりもする。


 教室の隅で一人でぼ――っとしている保田くんにボクが声をかけるまでにはそんなに時間はかからなかった。そしてボクは保田くんと一緒に自分と同じようなおとなしそうな同級生たちのグループに入って始まったばかりの高校生活を楽しんだ。


 押しの弱い保田くんは当時から無理やり何かをやらされることが多かった。

 別に無理やり何かをやらせるということはないし、いじめのようなことをやらせるということではない。せいぜい、一緒にどこかに遊びに行くのをつきあわせるだけの話で、なんだかんだ一緒に行けば保田くんは楽しんでいたのでそこまで嫌だったのではないとは思う。


 彼は少し押せば大抵のことは引き受けてくれる。


 これに関しては、彼と同じく穏やかで付き合いやすかった多田くんと比べると違いは歴然としている。

 多田くんは自分がやりたくないことは確実に断ってきた。

 穏やかな口調の中にも意志の強さが感じられるので言う方も無理強いしないのである。しかし当時の保田くんは違った。一応嫌なことは断ってくるのだが、断り方に意志の弱さを感じるので、もう少し説得してみようとなるわけだ。


 ボクも保田くんにいろんなことをつきあわせた一人である。

 一緒にいる時間が多かったので、彼に無理強いしていたのはボクが一番多かったのだろうと思う。

 保田くんは非常に迷惑だったに違いない。


『保田くん。今日、釣り行こうぜ』

『え。今日はいいよ』

『なんでだよ』

『いや……だって家でゆっくりしてたいし……』


 基本的に『家でゆっくり……』なんて理由は、断る理由にはならないとボクは思っている。

 大体、『家でゆっくり』ってどういうことなんだろうか?

 具合でも悪いのか?

 そうじゃないだろう。

 そうであったならば学校は休むはずだし、家でゆっくりなどと言わずに病院に行くと言えばいい。

 さすがに見るからに具合が悪そうな友人を無理強いして遊びに誘うことはしない。


 つまりゆっくりできるということは暇だということである。

 

 社会人になった昨今においてはこの言葉の裏側はなんとなく分かるし、学生時代と違って無理強いはしないが、断るなら『家でゆっくり……』などとというわけのわからない理由など使わなくても『疲れがたまってるから家で寝てたい』とか言えばいいのである。

 

『家でゆっくりってことは……暇ってことだろ?』

『いや……えーと……暇ってことはないんだけど……』

『え? じゃあなんか用事があんの?』

『あるよ』

『何?』

『何って……』

『いや……だから用事って何?』

『家で……えーと……』

『じゃ、大船駅に集合ね』


 このやり取り。

 今あらためてこうやって文字にしてみると確かにボクも少々強引だとは思うが、保田くんだってたいした用事はなかったわけだ。というのも少し前まで、保田くんと出かけることがあったのだが、大人になった彼は、都合が悪い時には『家でゆっくりしたい』などという中途半端な断り方はしない。

 ちゃんと『夜勤明けだから寝たい』という立派な答えを提示してくれる。

 ボクだってちゃんとした理由があれば引くのだ。

 それを『家でゆっくり……』などというわけのわからん理由をだすからいけないのだ。

 まして、当時は働いているわけでもなかったのだから……。

 

 当時の保田くんは、ただ単に遊びに行きたくなかったのではないかと思う。


 今、気づくなよ……と突っ込まれてしまいそうだ。

 でも当時は本当に分からなかったのだ。

 だから勘弁してもらいたい。


 このように入学当時からこのように振り回され……保田くんは大いに迷惑だったに違いない。


 きっとそんな経緯もあって、断るときに明確な理由を挙げるようになったのだろう。

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