ヒステリックドライブ
内平先生という先生は白髪が目立つ初老の女性で保健室の先生だった。
彼女がボクら鉄道研究部の二人目の顧問だった。
女性が非常に少ない工業高校にあって鉄道研究部の顧問は二人も女性がいたのだけど、高校生だったボクらにとっては先生などは恋愛の対象外だったので何も感じなかった。
まして、前述の若い木下先生ならいざ知らず、内平先生は初老で白髪も混じっていたので、先生としての敬意はあったものの、女性として意識したことは一切なかった。
内平先生は少し口うるさい人だったが、それでも嫌なイメージはない。
良い所は褒めてくれるし、何か口うるさいことを言うにしても、何かと一緒に作業してくれる。
今考えると彼女には時間があったのだろう。
年齢的にもお子さんがいたとしても独立していただろうし、自宅に帰って急いで何かをしなければならないということはなかったのかもしれない。
対照的に、木下先生が何かいつもイライラしていたのは仕事と育児の両立をしながら毎日の生活をしていたので忙しかったせいなのかもしれない。そして自分の時間もなかったのだろうと思うと、彼女が部室に来なかったこともなんだかよく分かる話ではある。
そんな事情もボクが大人になったから分かることであって当時はよく分からなかった。
内平先生は良い先生だったけど、少しヒステリックになることがあった。
こんな出来事を思い出す。
文化祭の看板を描くのにポスターカラーがなくなってしまい買いに行かなければいけなくなった時の話である。
内平先生が車を出してくれることになったのだが……それを聞いた保田くんの反応はあからさまに嫌な顔をしていた。いつもは保田くんの嫌な顔に気づかないボクでさえ気づいたのだから相当な顔をしていたのだろうと思う。
『え……内平先生の運転……』
『え? なんかあんの?!』
『いや……』
『え? 何?? その感じ。ちょっと、まじで正直に言ってくれよ』
『とにかく健闘を祈る、ボクにはそれしか言えん』
保田くんはニヤニヤしながらボクに言った。
ニヤニヤしているところを見るとそんなにたいした問題でもないのだろうけど……それでも言い知れぬ不安をボクが感じたのは言うまでもない。
大体……そんな反応をされれば誰だって不安になる。
『ちょ……一緒に来てくれよ』
『いや、看板の責任者は君だ。ここは君に任せるよ』
『わけわからんこと言うな。大体、全体の責任者は部長でもある保田くんではないか』
『ん?』
『ん? じゃない!!』
『いや、ちょっと何言ってるのか分からない』
ボクは行くのが嫌になった。それで誰かほかのやつに任せようとしたが、だれも来ようとしない。
それならなんとか保田くんを一緒に行かせようとするも拒否られる始末。
そうこうしているうちに内平先生はイライラしだした。
『どうするの? もう行かなくてもいいわよ!!』
よく考えてみると高校生を相手にしているわけだし、そんなにイライラしなくてもいいようなものである。
ちなみに保田くんが嫌がった理由は車に乗って初めて分かった。
要は内平先生の運転は非常に危なっかしく、当時のボクでさえどうにかなるんではないかと思うほどの運転だったのだ。
交差点で車が停まる度に肝を冷やしながら、ボクは足りないポスターカラーを購入した。
内平先生の車にはもう二度と乗るまいと思った。




