ファーストコンタクト
手に職をつけたい。
そう言ってボクは工業高校に進学した。
だけど実はそんなかっこいい理由ではなかったことを自分自身でも理解したのは、かなり後の話である。
当時は本気でそう思っていたのだ。
自分は手に職をつけて社会に出る準備をする。その気になれば普通科の学校にも行けるし大学だって行けるけど、そんな安易な選択はしないのだ……と本気で思っていた。
まあ、確かにその気になれば普通科には行けただろう。
そしてその気になれば大学にだって行けたはずである。
高校にして大学にしても大金をはたいて、程度さえ選ばなければちゃんと入学できるのだ。
つまりもしそうやってボクが進学できたとしても、それは自分の実力ではない。
そもそも勉強があまり好きではないボクがそんなにいい学校に進学できるわけもない。
行けたとしても程度の低い学校が関の山であり、しかもそういう学校に行けるのは両親がお金を払ってくれたおかげなのである。
しかしその頃のボクはどこか、普通科に進学した中学の友人を見下していた。
中学と言う場所はボクにとっては自分を否定された場所でしかない。
自分が好きなことを『そんなことをして何になる』という目で見られ、やることなすこと『中学生らしくない』とか『普通じゃない』と言われ……ボクにとっては中学での思い出はろくなものではないのだ。
だからボクはそんな中学時代を見返してやるつもりでいた。
それで『手に職をつける』などと心にもないことを本気で言っていたのだ。
たいして実力もないくせにプライドだけは一人前だった。
ボクが中学になじめなかったことはそのプライドの高さも原因の一つであったのかもしれない。
保田くんとの最初の出会いは受験の時である。
ボクは保田くんを見て……。
『あいつ、頭良さそうだなあ』と思っていた。
工業高校の受験会場の雰囲気なんて、それはもう程度の低いものである。
何と言っても試験を受けるというにもかかわらず変形ズボンを履いてきている奴が大半だという事実はその程度の低さを物語っている。
そんな受験生の中でも真面目に試験を受けに来ているものも何人かいた。
その中の一人が保田くんだったのだ。
考えてみればそれは何かの幻想だったのだろう。
それは黒の中に白が一滴だけあればものすごく目立つということに似通っているかもしれない。
変形ズボンを履いているヤンキーたちに交じって、一人、真面目そうでおとなしそうな人間がいれば、『あいつ、頭よさそう』と思ってしまうところがボクの浅はかさだった。
ただ……頭の良し悪しでの話なら保田くんは頭が悪いわけではないと思う。
瞬時に面白いギャグを言い出したり、気の利いた話ができたりすることもあるからだ。
要は……それと学力は別物であるということだ。
学力……。
その頃のボクには頭の良し悪しは学力がすべてであった。
そういうことを言い出せばボクも頭が悪い方の部類に入る。
受験は無事に終わった。
そして合格発表の日は異様に緊張したのを覚えている。
確か、3月の寒い日だった。入学後はしょっちゅう通っていた校舎と校舎をつなぐ廊下にある掲示板に合格発表が大きく貼られていたのを覚えている。
試験を受ける前に、受験定員と受験者の数を情報として知っていたのだが、その情報によるとあと2人か3人ぐらいで、うちの学校は定員割れだった。
つまり落ちるのは2人か3人ぐらいということだった。
受験会場には空席が目立っていたから確実にこれはもう定員割れしているとボクは確信していた。
もちろんそれでも落ちてしまうことがあったら嫌だという不安はぬぐえなかった。
だからこの日は非常に緊張した。
ボクの受験番号は掲示板に貼られた合格通知に記載されていた。
なんとなく受かるような気がしていたにはいたのだがそれでも『合格』というものが形として現れるのは本当にうれしいものであり、あの時は心から喜んだのを覚えている。
合格が分かり、ボクは学校の放送室の横にある事務室に行き、入学手続きの書類などをもらった。
そして帰るときに受験の時に見かけたあの頭のよさそうな生徒を見かけた。
それが保田くんだった。
あの時はまったく見知らぬ者同士だったので、ボクは声もかけなかったのだが、彼がとても嬉しそうな顔をしていたのを覚えている。
『あいつも受かったんだな。よかったなあ。』
ボクは心の内で保田くんを祝福していた。
あの時、遠目でみていた奴が、大人になってまで付き合いを続けるとは当時のボクには到底知る由もなかった。人の縁とは異なものである。