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第七話

「大丈夫、顔を上げてくれないか。女性に頭を下げさせるなんて、男としては如何なものかと思うからね」



頭を下げたまま動けないアーシェラに、笑みを含んだ声がかけられた。

柔らかい声は、どこかで聞いた覚えのあるような気もする。少し困ったように苦笑され、アーシェラはそろそろと顔を上げた。


部屋に入ってきたのは王子ではなかった。

少しだけ崩した黒髪に、貴族が普段身に着けているモーニングコート姿。舞踏会の時のようなかっちりとした礼服ではなかったが、深い青い瞳と精悍な顔に覚えがある。舞踏会から帰る途中、城の回廊で出会った青年だった。


「貴方は、あの時の・・・」


青年は未だ動けないアーシェラの側に来ると、少女の手を取って口付けた。


「!?」


驚いてさらに固まったアーシェラに、青年は微笑みかけた。


「覚えていてくれて嬉しいよ。私はクロード。クロード・ノインだ。白百合の君」


「し、白百合の君・・・・?」


聞き覚えの無い名前にアーシェラは首を傾げる。


「君のことだ。あの時君は白百合を身に着けていた。あの時は名前も聞けなかったからね」


名前と言われ、アーシェラははっと我に返った。自分の名前は事前に伝えられているだろうが、相手が名乗ったのに自分が名乗らないわけにはいかない。


「失礼いたしました、ノイン様。私はアーシェラ・ロッテンブルクと申します」


「クロードでいい。アーシェラと呼んでも?」


「はい、お好きに呼んでください。・・・あの、すみません、手を―――・・・」


未だアーシェラはクロードに手を取られたままだった。挨拶のキスだとは分かっているが、異性慣れしていないアーシェラにとっては少々居心地が悪い。


「ああ、失礼。では座ろうか」


クロードは手を引いてアーシェラをソファに座らせ、自身も向かいに座る。


「もう少ししたらグレン王子も来るだろう。大丈夫、楽にしていればいい。私はただの伯爵だ。緊張することは無い」


そう言われても、アーシェラは落ち着かない。伯爵とはいえ、アーシェラの実家よりは家の位は上である。

アーシェラはクロードに問うことにした。


「あの、クロード様。グレン王子が一人の女性を探していらっしゃるんですよね。今日、叔母の屋敷にいらっしゃったガーランド伯爵に言われて城へと参ることになったのですが・・・」


「ああ、ガーランド伯爵は王家の遠縁にあたる人物でね。あまり気軽に出歩けない王子の代わりに件の令嬢を探していたんだ。多少強引に連れてくることになってしまい申し訳ない。今回の話はどこまで?」


「ええと、先日の舞踏会でグレン王子が出会ある女性を見初め、その方を探しているらしいという噂くらいしか・・・。あの、その方はやはり見つかっていないのですか?」


「ああ。名前も解らないし家も解らない。手がかりはガラスの靴と灰色の髪とおそらく十代後半の令嬢だということだけだ。招待客名簿を調べても該当する人間は見つからなかった。だから、アーシェラ、君が初めてだ。唯一君が手がかりに近かったらしいな」


「そう、なんですか・・・。噂の中には、極秘に婚約発表の日取りが決められているというのもあったようですが、違うのですね」


「噂とは、人が勝手に憶測で作り出す物の方が多い。根拠のない噂ほど、鵜呑みにしてはいけない。で、聞きたい。君は確かに違うんだな」


「っ違います。確かに靴は私にもぴったりでしたし、外見は似ている部分もあるかもしれませんが私はその方ではありません」


否定するアーシェラを、クロードはじっと見つめていたかと思うと、ふ、と息を吐いた。


「――そうか。良かった」


「え?」


何がですか?と聞きかけて、扉の向こうが少し騒がしくなったことにアーシェラは気づいた。

「来たかな」とクロードの呟きを聞き、アーシェラははっとして立ち上がった。


「シンデレラ!」


ノックするのももどかしいのか、一人の青年がノックもそこそこに部屋に駆け込んできた。

整った顔立ちに甘い声。

第二王子のグレン・フェザードである。その後ろにはガーランド伯爵が息をきらしてついてきていた。どうやら走ってきたらしい。



「王子!まだ本人とは・・・・」


ガーランドの言葉を無視してグレンはアーシェラの所に足早にやってきた。

アーシェラは体を強張らせ、立っていることしかできなかった。

何と言っても相手はこの国の第二王子。ロッテンブルクのような辺境の男爵家の人間がおいそれと気安く会える相手ではない。


「彼女か。伯爵」


「はい。どうですか?」


じっと王子に見つめられ、アーシェラは視線を下げた。

クロードが部屋に来たときは必死だったので思わず声を発してしまったが、少し冷静になった今。許可も得ていないのに声を発することはできない。

けれど、自分ではないというのは事実だ。

アーシェラは意を決して王子の目を見上げた。


「お初にお目にかかります。私はロッテンブルク家の娘、アーシェラ・ロッテンブルクと申します。身分も弁えず申し訳ございません。ですが、私は王子の探しているご令嬢ではありません」


「―――ということらしいですよ?王子」


「!クロード様!貴方がなぜここに・・・」


よほど慌てていたのだろう。伯爵はクロードに初めて気づいたようだった。


「王子の想い人に少々興味が湧いたものでしてね」


何やら慌てた様子の伯爵に、クロードはこともなげに答えた。


「そういう問題ではありません。貴方は仮にも――」


「ガーランド伯爵。私は貴方と同じ、ただの伯爵だが、何か問題でも?」


伯爵の言葉を遮り、有無を言わせない雰囲気だった。何かを言いたそうな伯爵も口を噤み、王子を見た。


「―――そうだな、君は違う・・・一瞬見た感じは似ている部分もある気がするが、彼女の髪はもっと濃い色だったし、瞳の色も違う」


それまでじっとアーシェラを見つめていたグレンは漸く口を開き、残念そうにため息をついた。


「すまない。君には迷惑をかけてしまった」


「い、いいえ。そんなことはありません。お気になさらないでください」


恐縮しつつ、アーシェラは首を振った。自分は王族に謝罪されるような身分の者ではないのに。


「まぁ、ずっと立っていても仕方ないでしょう。座ればどうです?王子」


「クロード、お前は・・・・・まぁいい。君も座ってくれ」


促されて、その部屋にいる全員が席についた。





アーシェラはもう用件は済んだので帰れると思っていた。なのに、まだ何か話があるのだろうか?


「アーシェラと呼んでも?」


「は、はい」


クロードに同じことを聞かれ、アーシェラは頷いた。


「君に聞きたいことがある。すでに知っていると思うが、僕はある令嬢を探している。特徴はすでに知っているとは思うが、君の身内や親戚に、君に似た容姿の女性はいないかい?」


「いいえ、申し訳ありませんが、お役に立てそうにもありません・・・」


実際アーシェラの周りにも銀髪の髪の人間はいない。北方の血を引く男爵も、髪の色はどちらかといえば灰色というより黒に近い。


「そうか・・・振り出しに戻ってしまったな」


グレンは深く椅子に座り、天井を見上げてため息をついた。


「王子。もうこれ以上探す手立てはありませんよ。名簿を確認し、条件に一致したのは彼女だけでしたから」


「すまないな、ガーランド伯。手間をかけさせた」


二人の会話を聞きながら、アーシェラはふと気になったことを口にした。


「あの、すみません。先ほどグレン様が”シンデレラ”とお呼びしていた方ですが―――・・・やはり名前ではないのですか?」


「違う。彼女は名を呼ぶなら”シンデレラ”と呼ぶよう言ったんだ。家名を聞く前に、姿を消してしまった。参加者名簿を確認して、彼女に似た容姿の女性を探していたんだが・・・・・どの家を確認しても、そんな名前の令嬢は居なかった。本名ではなかったようだ」


自ら”灰かぶり”と名乗るなど、不思議な感じだ。同じ女性として、あまり呼ばれて嬉しいものではない。


「全く・・・王子に向かって偽名を名乗るとはなんて無礼な・・・」


憤慨する伯爵を、グレンは嗜めた。


「無礼と言うほどではないだろう。だが、これだけ探して見つからないとは・・・・もう彼女には会えないのかもしれないな・・・・」


「グレン様・・・」


悲しそうなグレンを、ガーランド伯爵は気遣わしげに見やった。



「―――受付の不備か、それとも名乗ることができない事情があったのか。―――もしくは、最初から存在しない人間なのか」


それまで静観していたクロードだったが、どこかからかうような言葉に、全員の視線が向く。


「クロード!」


「だってそうではないですか?グレン王子。実際彼女を見たと言う人間は貴方一人。かなり美人な女性だったそうですが、受付の人間も近衛兵も誰一人そんな女性は見ていない」


「クロード様!それは王子に対する侮辱では!?」


「やめないか、ガーランド伯爵。クロード。女性の前だ」


一触即発な雰囲気に、アーシェラは小さくなっていることしかできなかった。グレンは嗜めたが、ガーランド伯爵は怒っているようだった。対するクロードはどこか掴みどころがない。




「諦めるのですか?グレン王子。それなら私はもう何も言いませんが」


強い視線に気圧されたように、グレンとクロードの視線がぶつかった。


「―――いや、諦めないさ。せめて、もう一度彼女に会うまでは」


「――なら、私は手伝いましょう。王子が納得いくまで」


気弱になりかけた王子に発破をかけるつもりだったのだろう。先ほどまでの雰囲気は消し去り、クロードは至極真剣な表情でグレンを見つめていた。

クロードに頷き、気を取り直したように、グレンはアーシェラに向き直った。


「すまないな、アーシェラ。後日改めて詫びを入れさせてもらおう。馬車で送らせるから少し待っていてくれ」


アーシェラは迷っていた。

恐らく自分が例の女性に直接会ったという事実を言うべきか。

けれど、確証はない。


「アーシェラ?」


訝しげなグレンの声に、アーシェラは意を決したように顔を上げた。


「あの、私、その女性にお会いしたと思います」


「何!?」


思わずグレンは身を乗り出した。


「どこで!?」


「あの夜、お城の回廊でです。青いドレスを着た、灰色の髪で青い瞳の女性ですよね」


「そうだ!彼女だ!もしかして名前を・・・」


「申し訳ございません。名前は私も聞いておりません。ですが、グレン様の仰る方が彼女であれば、確かにあの場にいらっしゃいました」


「なぜそれを早く言わなかった?」


ガーランド伯爵に言われ、アーシェラは「ごめんなさい」と謝罪した。


「確証が無かったですから・・・」


「――――――なら、やることは決まりましたね」


全員の視線がクロードに向いた。


「その女性がいるということが事実なら、探すしかないでしょう。新しい情報もアーシェラのおかげで手に入りそうだ」


「あの、それほど大したことは・・・」


アーシェラが知っていることなどほとんどない。慌てるアーシェラだが、クロードにそっと手を取られて固まる。


「王子。令嬢探し、アーシェラにも協力してもらいましょう」


「ええ!?」


慌てたのはアーシェラとガーランド伯爵だ。


「クロード様!何を仰るのですか!」


「伯爵。いつまでも貴方一人に令嬢探しをしてもらうわけにもいかないだろう?幸い私も王子に令嬢探しを頼まれている。それに、一人より二人。女性が協力者の方が都合がいい場合もある」


「クロード様!私、何もできません!」


慌てるアーシェラだったが、グレンは逡巡し、「そうだな・・・」と呟いた。


「アーシェラ。今回の件だが、事情があって僕はあまり動けない。身勝手な願いだと分かっているが、協力してくれないか?当然、無理なら断ってくれてもいい」


そうは言われたものの、王子からの願いというものを断れるはずがない。


アーシェラに残された回答は、一つしかなかった。



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