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第五話


ジュリアと同じブラウンの髪に、端正な顔立ち。昔と変わらない、森を思わせるような深緑の瞳。

五年ぶりなので大人びていて雰囲気はがらりと変わっているが、紛れも無くアーシェラの知るジルベール本人であった。


「・・・・お、お久しぶりです、ジルベール様」


す、と膝を折って挨拶をするが、一向に返事は無い。


挨拶をするのも嫌なのかしら、と思いちらりと青年を見上げると、深緑の瞳が驚いたように少し見開かれていた。


「・・・・たな・・・」


「はい?」


ぼそりと呟かれた言葉がよく聞き取れず聞き直すが、ジルベールははぐらかした。


「いや。――久しぶりだな、アーシェラ」


「お兄様。他に言うことはないのかしら?」


兄を見上げる妹と、少し顔を伏せている幼馴染をちらりと見て、ジルベールは「何を?」と言った。


「何を?じゃないでしょう!五年ぶりに会ったらびっくりするくらい美人で大人っぽくなったとか、ドレスがものすごく似合うとか、色々あるでしょう?」


「ジュ、ジュリア」


細い腰に手を当てて憤るジュリアに、アーシェラはおろおろとしてしまうが、それを止めたのは公爵だった。


「ジュリア。年頃の娘がそんなにはしたなく声を上げるものじゃない」


「でもっお父様・・・」


「ジュリア」


公爵夫人の静かな声に、ジュリアはぐっと詰まって黙った。


「ジルベール。貴方も二十二歳になったのよ。レディに対する振る舞いも学んできたでしょう?ごめんなさいね、アーシェラ」


「い、いいえ。私はそんな・・・」


公爵夫人に窘められても、ジルベールは軽く肩を竦めただけだった。対するアーシェラは、恐縮してしまう。


そこへタイミングを見計らったように、別の声が入ってきた。


「今晩は、オレガノ公爵。ジルベール様。ジュリア様。本日はお招きありがとうございます。ジルベール様、よければ留学の話を聞かせてはもらえませんか?」


どこぞの貴族だろう。

いつまでも主役たちの側に居続けてはいけないと思い、アーシェラはその場を辞しようとした。

が、ふいに手を掴まれ驚いて顔を上げた。


「――失礼。せっかく挨拶に来て頂いたが、これから彼女とダンスをする約束でして」


ええっ聞いていないわ!!?


「おや、そうでしたか。では、彼女が最初のパートナーということですね」


突然のことに驚き、とっさに反応ができなかった。

相手の貴族が笑って「お気になさらず。またの機会に是非ゆっくりとお話ししたいものです」と言うと、「夜会を楽しんでください」とジルベールが答えるのが遠くに聞こえる気がする。

貴族は公爵夫妻に話しかけられ、そちらの方を向いてしまった。

助けを求めるようにジュリアを見たが、ジュリアは別の貴族の男性に話しかけられていた。


「行くぞ」


「あっ」


さりげなく、けれど強引に手を取られ、ホールの真ん中へと連れていかれる。

今日の主役であるジルベールと、彼にエスコートされるアーシェラに多くの視線が向けられた。

呆然としていたアーシェラは、先ほどの貴族が自分を見ていたことにも気づかなかった。



多くの男女が踊っているホールを進み、目的地に着くと向い合せにさせられ、手を取られ、腰を引かれる。曲に合わせて踊りだした彼に、アーシェラはつられて動くことしかできなかった。


「ジ、ジルベール様!」


「それ」


「え?」


困ったように見上げるアーシェラを、緑の双眸が少し面白くなさそうに見下ろしていた。

アーシェラの前だからなのか、先ほどの貴族に対したものとは違い、少し砕けた口調である。


「昔みたいにジルでいいぞ。久しぶりに会った幼馴染に、えらく他人行儀じゃないか」


「そっそんなわけにはいきません。申し訳ありません、昔は無知な子供でしたから・・・」


「ふぅん・・・まあいいけど」


ぐいっと強くリードされ、アーシェラは慌ててリードについていこうとする。何故か少し怒っているような雰囲気に怯えてしまう。

たまに夜会に出ても、「連れがいますので」と言って断ったり、こっそりと目立たない様壁の花になりダンスを断ってばかりだったので、実際のところダンスは久々のことだった。

ジルベールのリードが巧みなので、何とか動きにはついていけるが、足を踏んでしまうのではとひやひやする。


「―――下手なダンスも、相変わらずシンデレラみたいだというところも、昔とは変わらないな、お前」


「っ」


何気なく言われたようなその言葉に、微かに体がぴくりと強張る。


「ご、ごめんなさい」


ステップを間違わない様必死になりながら、アーシェラは昔を思う。

五才離れているジルベールは、アーシェラにとっては「シンデレラ(灰かぶり)」と呼んでからかう意地悪な兄のような存在だった。

昔から気の弱かったアーシェラは、会う度に怯え、そんな彼女を妹のジュリアが庇ってくれていた。

ジルベールが、国を代表して隣国に留学して五年。

少年から青年となり、昔の面影を残しながらもすっかり雰囲気が変わってしまった。大人の”男性”というものを意識させられるくらいに。

昔からの苦手意識が払拭されたわけではない。むしろ増長した気がする。


昔から、多くの女性に好意を寄せられていたのは知っている。でもどうして、他の綺麗な方たちではなく灰かぶりな私なんかとダンスを踊っているのかしら・・・。

しゅんと視線を下げたアーシェラは、ジルベールが自分を見つめていたことに気付かなかった。






曲が一区切りすると、ジルベールの側に何人もの令嬢たちが寄ってきた。


「ジルベール様!お久しぶりです」


「ジルベール様、次はわたくしと踊ってくださいませ」


令嬢たちは小鳥のように次々と矢継ぎ早にジルベールに話しかける。ついでにさりげなくアーシェラににらみを利かせるのは忘れていないようである。

これ幸いと思い、アーシェラはジルベールから離れた。というより令嬢たちの勢いに流されてしまった。


「田舎者の灰かぶりのくせに、良い気になるんじゃなくてよ」


アーシェラにだけ聞こえるように呟かれた言葉に、胸が痛くなる。

逃げるようにそのままそっとホールの隅に行こうとすると、名前を呼ばれた。


「アーシェラ」


「スザンナ叔母様!」


いつの間に会場に来ていたのか。ハーウェイ子爵夫人に気付き、アーシェラは叔母の元へと向かった。


「叔母様、ひどいです!突然夜会に出席だなんて・・・」


「事前に夜会だと言えば貴女絶対嫌がるでしょう?せっかく公爵様に頂いた招待状を断るわけにはいかないでしょう。それに、ジルベール様と久しぶりに会ってダンスまで踊って頂いて良かったじゃないの」


「でも・・・」


「昔からかわれたからって、どうってことないじゃない。もう二人とも大人よ。ジルベール様は立派な方におなりじゃない」


そういう問題ではない。

けれど、アーシェラは言い返すことができなかった。









その後は、ジルベールは多くの貴族たちや令嬢に囲まれ、アーシェラと言葉を交わすことは無かった。

アーシェラも叔母が側を離れた隙に、部屋の隅に逃れた。令嬢たちに向けられる冷たい視線も痛かったからだ。

その後も何人かの青年にダンスを申し込まれたが、「申し訳ありません、疲れておりますので・・・」と失礼だと思いつつ断った。

夜会が終わり、馬車に乗った時はほっとした。


これで、しばらくは平穏な日々に戻る。

叔母に止められようとも、領地に帰ろう。

そう決めた。

ハーウェイ夫人はアーシェラの帰郷を最初は渋っていたが、疲れている様子の少女に最終的には頷いた。





そして、領地への帰郷を次の日に迎えた午後。


アーシェラは、孤児院の子供達へあげるハンカチを、一枚一枚丁寧に畳んで、袋に入れて包装していた。ハーウェイ夫人は男爵家への土産を用意するために出かけている。


「お嬢様。少しお休みになられませんか」


年若いメイドに話しかけられ、アーシェラは手を止めた。


「そうね。じゃあお茶を用意してくれるかしら」


「かしこまりました。少々お待ちください」


メイドが部屋を出ると、アーシェラはお茶を置くために机の上を片づけ始めた。ハンカチもあと十枚ほどを残すだけなので、すぐ終わるだろう。


そこに、ノックの音が響く。


「お嬢様、よろしいでしょうか」


お茶の準備ができたかと思ったが、入ってきたのはこの家の執事であった。


「何かあったの?」


「ガーランド伯爵と仰る方が、王家の使者としていらっしゃっております。お通ししてもよろしいでしょうか?」


「王家の使者?どうしてそのような方が・・・」


ハーウェイ子爵は城に勤めてはいるが、今は仕事で王都を離れている。子爵がいるなら兎も角、王家の使者がこの屋敷を訪れる理由がさっぱりわからない。

それに子爵夫人も不在である。アーシェラ一人が対応できるはずがない。


「でも、叔父様も叔母様もいらっしゃらないわ。今日のところはお断りすることはできないの?」


「それが、使者の方はアーシェラお嬢様に用があるそうなのです」


「え?」


アーシェラの動きが止まる。


「どういうこと?どうして私に・・・」


「申し訳ございません。そう申されましたので・・・如何致しましょう。旦那様も奥様も不在だということはお伝えしたのですが、どうやら急ぎの用らしいですので」


使者を待たせるわけにもいかない。

理由がわからないが、自分に用があるのならば自分で対応するしかないだろう。


「わかりました。客間にお通ししてちょうだい」


「畏まりました」


訝しみながらも、アーシェラは客人を迎えるために客間へと向かった。




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