第四話
湯浴みを終えた後化粧を施され、髪を結われ、夜会用のドレスを着せられる。
抵抗する間も無くあれよあれよという間に馬車に乗せられ、公爵家に着いた頃にはもう夜であった。
夜会への不参加を渋々ながらも許してくれていた叔母だが、今回の夜会だけは事前に知らせることなくアーシェラを連れ出した。
名前を聞いたら絶対に会いたくないと言うと分かっているので、あえて何も言わなかったのだ。それというのも、公爵家の息子、ジルベール・オレガノがアーシェラの幼馴染であり、アーシェラが苦手だと思っている人間だと知っているからだろう。
アーシェラはかなり気が重かった。
アーシェラが人前に出るのが苦手になったのは、彼が原因の一つとも言える。
男爵家が治める領地は北の方にあり、一年を通して比較的涼しく、夏の間は避暑地として利用する貴族が多い。
そこに別荘を持っていたオレガノ公爵は、年が近いこともあり息子と娘を連れて男爵家を訪ねてきた。
大人しいアーシェラとは正反対で活発な妹のジュリア。
その兄である聡明なジルベール。
ジュリアとは、彼女の明るい性格に惹きこまれるように打ち解け、アーシェラの数少ない友達として交友が続いている。
ただ、ジルベールとの初対面は正直最悪だった。
ジルベールはアーシェラのことを一目見て、「お前、シンデレラ(灰かぶり)みたいだな」と言ったのだ。
この国では、シンデレラ(灰かぶり)とは灰をかぶったような髪色の娘という意味で使われていて、小さな子供がそんな髪色の子供をからかうときに使われることもある。
金髪や栗色の髪、黒髪等はこの国に普通にいるが、灰色や銀髪はあまり多くない。北方の寒い地域に多く、ロッテンブルク男爵の先祖は北の国からの移民者だと言われている。その血を色濃く持って生まれてきたのがアーシェラで、所謂先祖返りというものだろう。
ただ、子供というのは毛色の違う子供を遠巻きにすることが多い。
子供というものは敏感だ。
幼い時から灰色の髪の色を気にしていたアーシェラに、その言葉は深く突き刺さった。
何気なく言われた言葉でも、言われた方にとってはずっと心に残るものである。
アーシェラにとってその言葉は「自分たちとは違う異邦人だ」と言われたような気がした。
ジルベールが留学して五年。
元々ジュリアより会うことは少なかったが、ジルベールに会うたびにアーシェラは陰鬱な気持ちになっていた。
時折公爵家へジュリアに会いに行ったとき、ジルベールと彼の友人にじろじろ見られるのが苦痛だった。きっと自分のいないところで「灰かぶり」と笑っていたのだろう。
彼が留学すると聞き、少し心の中でほっとしていた。
だが、いずれはこの国に帰ることはわかっていた。
あまり会いたくはなかったが、両親――男爵家の為にも、辺境の領地にいたのなら兎も角、王都にいるのに公爵家直々の招待をそう簡単に断ることはできない。
ハーウェイ夫人が用意したドレスは、淡い薄紫色のドレスに小粒のパールの装飾品。髪にはいつものようにアーシェラの好きな白百合の花。
カツン、と馬車から降りて入口を見上げると、続々と多くの貴族たちが集まっていた。
「アーシェラ!」
会場にそろそろと入ると、明るい声がすぐに聞こえた。
「ジュリア」
赤を基調にしたドレスを着た、ブラウンの髪の活発そうな雰囲気の少女がアーシェラのもとへ走ってきた。
ジュリア・オレガノ。アーシェラより一つ年下で、ジルベールの妹である。
「久しぶりね!貴女がこっちにいるというのは聞いていたけれど、お父様たちがどうしても学校を休ませてくれなかったの」
ちなみにこの国では女性は十六。男性は十八まで学校に通うのが義務とされている。
貴族と平民とでは学校は違うが、学ぶ権利は分け隔てなく与えられている。
「久しぶり。会えて嬉しいわ。公爵様の言うことは当然だと思うわ。貴女が今すべきなのは学ぶことなのよ」
「もうっっアーシェラってばお母様みたいなこと言わないでよ。でもそんな真面目なのが貴女らしいんだけどね。向こうにお父様たちがいるの。行きましょ」
ふふっと笑って、ジュリアはアーシェラを会場の中へと誘った。
ちらりと寄越される視線を気づかないふりをしつつ、ジュリアと共に会場を歩いていく。
先日の城の舞踏会でもそうだった。
あからさまに不躾な視線を向けてくる人間はあまりいなかったが、アーシェラが会場に入ると少女に多くの視線が寄越された。
髪の色が珍しいのだろう。居心地が悪く、そっと会場から目立たない場所に隠れたのだった。
だが、今回はジュリアがいる。それだけで少しだけ安心だ。
「アーシェラったらまた下向いてる。美人なんだから、自信持って顔を上げたらいいのに」
「美人なんかじゃないわ・・・皆この灰色の髪が珍しいだけよ・・・」
「綺麗な色じゃない!私は好きよ?・・・やっぱりまだお兄様の言ったことが・・・」
「そっそんなことないのよ?ただ、人前はやっぱり苦手で・・・」
「やっぱりお兄様のせいじゃない!まったくあの人は・・・」
慌てて否定するアーシェラだが、ジュリアはぶつぶつと怒っていた。
「安心して!アーシェラ。今日はお兄様が帰ってきたお披露目の夜会だけど、私が側にいるからね。お兄様が何かまた言ってきたら私がガツンと言い返してあげるから」
「だ、大丈夫だから・・・ジュリア」
話しながら会場を歩いていき、主催者である公爵夫妻の元へとたどり着いた。
多くの来場客たちが入れ替わりながら挨拶をしている。
丁度タイミングよく夫妻がアーシェラに気付き、アーシェラは淑女としての礼をとった。
「久しいな。アーシェラ」
「お久しぶりです。本日はお招き頂きありがとうございます、オレガノ公爵様」
「堅苦しい挨拶は結構よ、アーシェラ。一年ぶりくらいかしらね。男爵夫妻はお元気かしら」
「はい。お気遣いありがとうございます」
多忙な故、公爵夫妻はめったに別荘に訪れないが、来たときは夫婦そろってアーシェラの両親とお茶などを楽しんでいる。
爵位は違えど、両家は友人関係にあった。
「それにしても見違えるようになったな、アーシェラ。もう立派な淑女ではないか」
「いいえ、私なんて・・・もったいないお言葉です」
公爵に褒められ、むず痒いような気持になる。
「でしょう?お父様!お兄様も何も言えなくなるくらい綺麗になったわよね」
「ジュ、ジュリア・・・」
おろおろとするアーシェラを余所に、公爵夫妻は頷く。
「そうだな。我が家の娘になってくれれば良いのだが」
「公爵様!!」
妙な方向に話が行きそうになり、アーシェラは慌てた。
そこに、新たな声が入ってきた。
「何を勝手なことを言ってるんだ」
「あらお兄様」
アーシェラの体がびくりと強張った。
「主役が何をしてるの?ほらほら、さっさとあっちでご令嬢たちに囲まれてきたら?」
しっしと追い払うようなジュリアを気にした風も無く、青年――ジルベールがアーシェラたちの側に来た。
「いつまでも香水だらけの中でいられるか。それはそうと・・・・もしかしてアーシェラか?」
無視するわけにもいかず、アーシェラはそろりとジルベールの方に向き合った。