そうだ、温泉へ行こう(次回予告編)2
「・・・というわけで一緒に温泉に行かね?」
「はぁ!?」
バイト先の喫茶店に素っ頓狂な声が響く。
もはや授業内容がただの雑学にしか思えない学園が終わり。俺は生活費などを稼ぐために労働していた。
カウンターで洗い物しながら、温泉メンバーの最後の一人にカウンター越しにいる同僚のエプロン姿の椎名 火織を誘った。
「あんたいきなり何言ってんのよ!?」
いやぁしかしこれは見事に勘違いしてるな。笑うな俺、耐えろ俺、ここで笑って気づかれたら面白くない。
「何って宿泊券手に入ったから一緒に行かないか?って誘ってるんだけど?」
俺はさっき言ったことをもう一度告げる。うん嘘は言ってない。
「何故に私!?」
なんか口調おかしくなってないか?
「何故って一緒に行きたいからに決まってんだろ?」
「いやだからなんで――」
「だって識たち全員と面識があって一緒に行きたい相手ってお前くらいしかいないしな」
「・・・・・・」
椎名が何か言おうとしたのを遮ってネタバレ(なんか違うような気がするけどニュアンスとしては通じるから良いよネ)したら、赤くなっていた顔から温度や表情が消えた。かなり怖い。
ちょっとやりすぎたか?。
「・・・一つ訊いていい?」
「お、おう」
怒鳴られたりするもんだと思ってたから予想外の反応にどもっちまった。
「刃以外に誰が温泉に行くの?」
「えっと・・・識、真、真夜、雫、氷狸、咲夜、で俺入れて7人です」
「・・・はぁ」
能面の様な顔が崩れ脱力すると同時に俺の緊張も霧散する。
「そんなこったろうとは思ったわよ・・・なのにちょっとドキッとした自分が憎い」
最後の方はよく聞こえなかったけどまぁなんか恨み言言われてんだろうから突っ込むのはやめとこう。
「ていうかオールスターじゃない。もうそのメンバーで言ったら?なんであたしも誘うのよ?」
「いやな、雫が8人まで一緒に行ける宿泊券手に入れたんだけど、あと一人メンバーが決まらないから誰がいいかなーって考えてて、俺達全員に面識あって俺が一緒に行きたいやつって条件だとおまえが一番適任なんだよ。真の扱いにも手馴れてるしな」
「つまりあんたらのストッパーになれってことでしょ?あんた達覗いてきたら半殺しにしてあげるから安心して覗きみ来なさい?」
「いや、それ安心できないからな!?つか覗かねーよ!命は惜しいからな」
「ふぅん?本当に覗かないのかしら・・・?」
そう言って二つのエプロンの上からでも分かるくらい夢がいっぱい詰まった大きな膨らみを強調するように、腕を組み前かがみになる。
くっ!目が自然と吸い寄せられるだと!?これが男のエロ魂というやつか・・・!!
「ハッ!?」
「そんなに凝視されたら説得力はないかな~」
としたときにはもうすでに遅く椎名はニヤニヤ顔で勝ち誇っていた。
くっ、だってしかたないじゃん!俺男子高校生だよ!?いやたしかに真はいきすぎだと思うけど。でも、こんな夢がたくさん詰まった大きな膨らみが目の前にあったらつい見ちゃうんだよぉぉ!
「やっぱり半殺し要員が必要みたいだから行ってあげるわよ。えっと3日からだっけ?」
いまだニヤニヤしながらそう言ってくる。
無事に?OKもらったのに素直に喜べない。だって今の流れだと、きっと自分達は理性が負けて覗きに行くからどうか俺達を止めてください、って犯罪予告してるようなものだ。
「じゃっ楽しみにしてるわ。あ~腕が鳴るなー」
実際に腕を、つか手首や指をポキポキ鳴らしながらオーダーを取りに行くのを、俺は項垂れなががら見送ることしか出来なかった。
「いいな~温泉いいなー」
「うお!?」
いきなり後ろからダンディな渋い声を掛けられた。
振り向くとそこには無精髭が見事に似合っているナイスミドルなおっさんが居た。
つかどっから湧いてきたんだよ!危うく皿落とすとこだったじゃねーか!
「俺も行きたいなー」
「マスターは仕事あるんだからしかたないだろ、この喫茶店がつぶれてもしらねーぞ?」
うんざりしながらこの店の店長に答える。
「なぁに1日や1週間くらい休んだって大丈夫だ。ちょっと刃の給料が減るだけだ。なんの問題も無い」
「いや問題あるからな!?」
ズビシ!!
思わず仕事を中断し手の甲で思いっきりツッコミを入れる、所謂、なんでやねん、で御馴染みの基本的ツッコミだ。
「ぐふっ!ナイスツッコミだ・・・もうおまえに教えることはたぶん何も無い。そのツッコミで世界を取れ・・・!」
「たぶんって、んな自信ないのに世界を目指させるな!」
「ふん一から十まで全部教わらなければ何も出来ない、その程度の芸人だったのか?甘ったれるな!ここからさきはおまえ自身だけで切り開け!!」
「いやそもそも芸人じゃねぇからな!?」
「なんだと!?ならなぜお前はここに居るんだ?俺のお笑いの極意を教わりに来たんじゃないのか?」
「喫茶店ブラックキャットのバイトだからだよ!」
「ふんバカなやつめ、俺の店の従業員にはマスターを置いてきぼりにして、女子高生とキャッキャウフフ、な温泉に行くやつなど居ない!即ち貴様は従業員ではない!!」
「ナ・・・ナンダッテー!!・・・てふざけんなよテメー!ただの僻みじゃねーか!!」
「それの何が悪い!俺だって女子高校生が温泉でキャッキャウフフとしてるところが見たいんだよぉぉ!!」
「悪いわ!犯罪だろうが!!つーかあんた嫁さん居るだろ!?嫁さんと風呂でキャッキャッウフフしてろよ!!」
「ふっ貴様はやはり愚かだな・・・いいか欲聴け――!」
「 女子高生は別腹だ!!!!」
「やっぱただの変態じゃねーか!!」
ぜぇ・・・ぜぇ・・・
くそツッコミ疲れた。
何だこの人・・・俺の天敵って雫じゃなくて実はこいつなんじゃないのか?
「まぁ冗談は終わりにして。・・・俺も連れてってくれるんだよな?」
終わってない!?
「いやいや、終わってるぞ?何せ全部本気だからな!つまり・・・連れて行かないとお前は従業員ではないということになるな」
脅迫かよ!?つか心読むな!
「でも脅迫しても無理なもんは無理。たとえ休むことができても、宿泊券は8人、もう定員はさっきぜんぶ埋ったからな。第一嫁さんには何て言うつもりなんだ?」
「む・・・ならしかたない。刃、俺と変われ。なに、嫁は心が広いからな、一人旅くらい許してくれるさ」
「いや一人じゃねーからな!?つか誰が変わるか!」
「むぅ・・・ならば仕方ない、ついに俺のエロ百八式の封印を解く時が来たか・・・」
顎の無精髭に手を当て唸りながら馬鹿なことを言い出す変態。
もうだめだこいつ・・・はやくなんとかしたいけどできない・・・。
「おまえに今からエロ百八式の一つ盗撮式を伝授してやるからおまえはこれでオッパげふんげん・・・健康な婦女子の裸体を撮って来い」
「・・・・・・」
もう呆れて物も言えない・・・疲れたし。つか言い直したのに何の意味もねー。
「なんだ感激のあまり声も出ないのか?まぁ無理も無いエロ百八式はこの世のすべてのエロだからな」
「呆れてんだよ・・・」
はぁ・・・もうほんと疲れた・・・。
「っとそろそろじゃないか?今日も来るんだろ?」
マスターに言われて時計を見る。
7時半、たしかにもうそろそろ来る時間だな。
つか俺まだあとバイトが終わるまで2時間半もあんのになんでこんなに疲れてんだ?
この世の理不尽について考えようとしたそのとき――。
カラン、カラン。
客が入って来たことを知らせるベルとともに銀髪の小柄な少女が現れた。
まるで人形のような出来過ぎたほど整った造形。その顔が無表情なのもあり余計に人形らしく見えるが、それと同時にその在りようはとても人形には見えない。
純白のワンピースがまさしく姫のような気品と愛らしさをかもしだし、そして元来持っている芯が強く静かな月の光のような威厳もその紅い瞳には備わっている。肩にかけている鞄だけがが平凡で少し違和感があるくらいだ。
入ったて来た客――雫はだいたいこのくらいの時間にコーヒーを飲みに来る、というか俺がこの店でバイトしてるときはいつも来る。シフト変えてもなぜかバレる・・・もうあれだな一歩間違えばストーカーだよな・・・。ん?あれ?もうアウトじゃね?
・・・・・・・・・うん、考えないようにしよう。
しかし我ながら月姫とか出来すぎなくらいのあだ名をよく思いつたなぁ・・・。←思考逃避。
「そら月姫様のご到着だ。エロ百八式は帰る時伝授してやるから忘れずに来いよ」
マスターはそう呟き俺の肩を叩いてコーヒーを入れに行った。
つかあの変態思いっきり叩きやがって・・・!誰が行くか!俺だって命が惜しいんだよ!!
・・・まぁ興味はあるけどな。
雫がいつもどうり周りの視線をスルーして空いてる席に着く。
俺はそれを確認してから注文をとりに向かう。
「ご注文は?」
「・・・刃をお持ち帰りで」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
え?なに?人身売買?
「・・・・・・3億五千万円になりますがよろしいですか?」
「はい!」
「払えるのかよ!?」
つかかなりいい返事だな!?
いつもの『・・・』はどうした!?
「・・・冗談」
・・・そ、そそうだよな?目が本気だったような気がするし、財布から黒いカード出そうとしてたような気もするけど・・・気のせいだよな・・・。
「で、ご注文は?」
気を取り直して再度注文を訊く。
「・・・裏猫のお気に入り」
「いつものな」
雫がいつも頼む裏メニュー、俺のオリジナルブレンドコーヒーを予想どうり注文してきた。
しかしマスターもめんどくさい裏メニュー作りやがって・・・。店員のオリジナルブレンドをマスターじゃなくて店員に入れさせるとかやめて欲しい。
ちなみに裏メニューは飲みたいブレンドの店員に直接合言葉を言わなければいけない。俺の合言葉は裏猫のお気に入り、椎名は裏猫のうたた寝、マスターは裏猫の逸品だ。他にも裏猫のご馳走と裏猫の湧き水がある。
「・・・を裏猫の湧き水で」
「居座る気マンマンだな」
これもいつもどうり。
裏猫の湧き水、これは+200円でコーヒーが御代わり自由になる裏メニュー・・・、つまりこいつは閉店まで居座る気だということだ。
「んじゃしばらくお待ちください」
「・・・ん」
オーダーを取り終えコーヒーを入れに行く途中で椎名が旅行の最後のメンバーになったのを伝え忘れたのに気づく。
まぁコーヒー持って行ったときに言えばいいだろ。
カウンターでコーヒーを入れながら雫の方に視線を向けると鞄から文庫本をとりだして読んでいた。
今日は閉店までに何冊読み終わるのかねぇ?そんなことを考えながら淹れ終わったコーヒーを持っていく。
「お待たせしました。裏猫のお気に入りです」
「・・・ん」
コーヒーを置きテーブルから離れようとして椎名も来ることになったのをまた伝えてないのに気づく。
コーヒー入れてるとき思ったことなのになんで忘れてんだ俺は?ボケたか?
「っと、最後の一人決まったぞ」
「・・・誰?」
文庫本から顔上げ訊いてくる。
「あいつ」
ちょうど近くまで来ていた椎名を指差す。
雫は指差した方を向き「・・・火織?」とつぶやく。
「ん?呼んだ?ってか何人を指差してんのよ」
雫の呟きが聞こえたのかそんなことを言いながこっちに近寄ってくる。
「今お前も来ていいか確認してたところ」
椎名の顔が引きつってるけど、なにそんな驚いてんだ?
「え、何?まだ許可とって無かったの?」
「うい」
頷く。
はぁ~、と盛大なため息を疲れた。
失礼なやつだな。
「うん、あんたはそういうやつだよ・・・」
なんかすげー失礼なこと言われたような気がする、いやよくわかんないけど。
とりあえずなんかこう・・・あいつの俺を見る目は呆れてる、てか諦めてる。
「はぁ相変わらず苦労してるね」
「・・・もう慣れた」
なんか女子二人で分かり合ってる・・・ちょっと寂しい。
「で椎名も一緒でいいんだよな?」
寂しかったので俺も会話に参加する。
「・・・ん、火織ならいい」
「ありがとう、雫!」
がばっと雫に抱きつく椎名。人形みたいにされるがままの雫。
俺に入る隙は無かった。だが寂しくない、なぜなら目の保養になるから。
「おい!いつまでサボってんだ刃!仕事にもどらねぇとおまえが泣いて頼んだ覗きの極意
教えてやんねぇぞ!!あ、椎名と月姫さんはそののままでいいからな、むしろもっとやれ!」
大声で何てこと言ってんだあの変態は!?
「・・・・・・雫、安心してねこの変態はあたしが必ず半殺しにして覗きが出来ないようにしとくから」
「・・・・・・頼りにしてる」
まるで汚物でも見るような目でおれを見るな!つか聞こえてんだよ、このままじゃ冤罪で半殺しにされる!?
俺は限りなくリアルな未来予想に冷や汗が背中を伝うのを感じながら誤解を解きにかかる。
「いや、誤解だ!泣いて頼んでなんかいないし俺は覗くつもりなんかない!!」
「でもさっき私の胸凝視してたし・・・」
「うぐっ、・・・いやそれとこれとはべつだろ!?」
つい見ちゃうことはあってもわざわざ危険を冒してまで覗きに行くのは違うだろ。
ていうか雫が俺達の会話を聞いて「・・・胸」と恨めしそうに呟いたのが微妙に気になる、あいつも気にしたりするんだな。
「そーお?少なくとも胸をエロい目で見てくる人に言われても説得力は無いね」
・・・確かに。
いや納得してどうする俺、・・・こうなったら。
「マスター皿洗い変わりマスヨ?」
戦略的撤退。
「あ、逃げた・・・やっぱり旅館に着いたら殺っとこう」とか聞こえたような気がしたけどきっと気のせいだ。・・・あれ?おかしいな震えが止まらない・・・。
ちなみにマスターは皿洗いないなんかしてなかった。
外を見ると陽は堕ち暗くなっていた。
――今日もまた夜が来る。




