第三夜(後) いつか終る日
これはとある人間の昔話。
これはどこにでもあるようなありきたりな話。フィクションでもノンフィクションでも、どちらにでもよくあるありきたりなお話。
では定番の常套句から入っていこうか、形は大事だからね。
む~かし、むかし――。
”
その人はとある田舎村に生まれた普通で普通な人。
特に優れているような物など何もないその村で、その人は普通にすくすく過ごしていた。
ただひとつ変わったとこがあるとするならその人は『死』を実感しなかった、故に死に恐怖が無かった。
少年時代森で獣に追われ死に掛けたときもその人は目の前に迫る死を恐怖しなかった。いっしょに追われていた子供達は例外なく死を本能的に実感し恐怖していたにもかかわらずその人だけが恐怖していなかった。
やがてその人が少年から青年になるその過程で祖父が亡くなった。そこでその人は初めて『死』に触れそれをを客観的に知った。
でもどうしてだろう?
やはり実感が沸かない・・・。
なぜか自分はああならないという思いしかない。
その人は今はもういない祖父に心の中で問いかける。
――死ぬって何ですか?
そしてその人は青年になった。
特に大きな事件などもなく、平和な日々。
だがいつの世も平和は突然に消え去る。
その日は晴れでその人は狩りに出ていた。
森の中何故か今日は獲物がすくない、だからいつもより時間が掛かってしまった。
やっとのことで満足とまではいかないまでもどうにか許容できるくらいには獲物を仕留めることが出来た。
どうも今日は調子が悪いと気落ちしながら村に帰ってみると、そこは廃村と為っていっているところだった。
村人は殺され、家は焼けている。
その人は田舎に住んでいるが故によくは知らなかったが、村を襲っているのは国に連なる軍であり上の者が異教徒だ悪魔だのと、建前の上、娯楽の為に派遣された軍だった。
老若男女容赦なし。
家畜同然に――いや、家畜以下の何かのように次々と陵辱されていく人々。
小さな田舎村故に村民は皆家族同然。
そんな人々が殺されているのを
犯されているのを
辱められているのを
黙って見ていられるわけがなかった。
絶叫し、我武者羅に突っ込んでいった。我慢なんてできるわけがなかった。
不意打ち気味に一人殺した、二人殺した、でもそこまでだった。
多少心得があるとしても兵士には敵わない。何より多勢に無勢。
目の前に死が迫る、代わりに飛び出してきた両親が貫かれる。
身代わりになった親の敵を討とうとして――自身が背中を刺され、さらに四肢を貫かれ地面に縫われた。
事が終るまでその人はそのままの体勢で見せられ続けた。
好きな女をがオカサレコロサレルところも。
親友が拷問の末にコロサレルところも。
絶叫と狂気を苛まれながらすべて見ていた、見ていることしかできなかった。
――そして最後に自身が殺された。
本来なら本当なら話はここで終るはずだった、ここで終るしかなかった。
終るべきだった。
でも終れなかった。
死ぬときに死ねなかった。
”
「――――」
走馬灯。
そう呼ばれる現象がある。
死に際に観る自身の記憶。
一説では自身の救命処置として記憶を再生していると言われているらしい。
アグニス・クローバーは死に際でもないのに走馬灯を経験していた。だがそれはアグニスが死なない(死ねない)というだけで常人なら――いやたとえ人外だったとしても――軽く二桁は死んでなお御釣りが来るくらいの状況。
破壊そのものを叩きつけるような暴力の嵐。すでに視界など――いやそもそも肉体の原形などは留めていない。
最初に星が堕ちてくるのを見てから最後、視界は消え戻ってこない。
あるのはただ痛みを超え、根こそぎ壊れたような――あるいはありとあらゆる感覚をごちゃ混ぜにしたような衝撃のみ。
永遠とも一瞬とも思える破壊の暴力の嵐が過ぎ去り、雪原は血で真っ赤に染まっていた。
「――どうしてだ?」
「・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「どうしてオレを死なせない?」
しかしその結果はあべこべ。破壊の結果はさかしまにしたように奇妙だった。
破壊の限りを尽くした加害者のほうが余裕がなく肩で息をして病に冒されたかのように衰弱し、被害者は五体満足で憤怒の形相をうかべて問いかける。
「こんな回りくどい方法などする必要がない。なぜならおまえのこの『庭』にできないことは無い。この『庭』は『世界』そのもの、世界すべての可能性を内包した魔術の極致、終束域。オレに直接死をあたえればそれで済むことのはず・・・」
『世界』で起こりうる現象事象をすべて起こすことが出来る異能。
『世界』そのものから与えられたと言われる異能であり、世界の愛娘と言われるその所以にしてその証明。
幻想の箱庭。
「・・・決まって・・・んでしょ・・・?あんたが死ぬ可能性なんて世界にないのよ。言ったはずよ、絶望を教えてあげるって」
「――――な・・・に・・・?」
アリアがこの『庭』の中でできない事は誰にもできない。
それはつまり――。
「オレは――死ねない?」
今この瞬間、アグニス・クローバーを支え続けてきた希望は音を立てて崩れ去った。
まるで糸の切れた人形のようにアグニスは崩れる。その目にもはや映る希望はなく、虚ろな絶望に覆い隠され伽藍瞳になっている。
「・・・憐れなものね」
そう言ってアリアが手を翳すとアグニスが雪に埋もれていく。
「せめてそのまま夏の雪に埋もれて眠りなさい。――いつか終るその日まで」
しんしんと降り積もっていく雪。
――もう眠りなさい。
――貴方の旅路はここで終わりなのです。
――だから眠りなさい、安らかに。
まるで幼子を包みこむように雪はアグニスを覆っていく。
「しっかしギリギリだったわねー。不具合侮ってたわ・・・、まさか『庭』を崩壊寸前まで侵蝕されるなんて思わなかっ・・・た?」
「――――」
ギシ!
聞こえないはずの声に『庭』が軋む。
「――――」
『世界』が軋む。
ギシッ!
「嘘でしょ・・・?封印はたしかに成功したのよ!?」
アグニスが埋っている箇所だけ雪は黒く染まり、まるで墨汁が侵蝕していくようにアグニスを中心として拡がっていく。
「ほんっとに甘く見てた・・・!封印を侵蝕されるなんて・・・!死なないだけじゃなかったの・・・!?」
黒い雪からゾンビのように這い上がってくる――腐ってはいないが観念的にはそれはまさしくゾンビ――不死の怪物。もともとが人間ということからもよりゾンビじみている。
「――死にたい」
ぽつり。
思わずといったように零れた願い。
「死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい」
しかしてそれは呪詛に変わる。行き過ぎた願いは呪いと変わらない。あの日自分だけが死ねなかった。あの時からアグニスは自らの願いに呪われ呪って生かされてきた。
「――うるさい!!」
アリアは狂ったレコーダーを壊すようにアグニスを爆砕する。
(気持ちが悪いし気味が悪い――なんであれが生物として生き物として認識できるのかがわからない、自殺願望ならぬ他殺願望なんて救いが無いし迷惑極まりないー―そもそも死ねないという時点でそもそも生物として異常というのにその上死にたいだなんて異常が過ぎる)
だが八つ当たりで思わず爆砕したのは失態だった。
「がっ!?」
ギシ・・・ピシッ!
不死という不具合が発動され『庭』に亀裂が走り、黒い染みは一気に侵蝕が加速する。
「ああああああああああああっっっっ!!!」
アリアの身体に激痛が走る。
『世界』の不具合が侵蝕し崩壊へと導く。あたかもそれはプログラムがウイルスに侵蝕されていくように。
そしてアグニスの再生し終わると同時に『庭』のすべてを侵蝕し破壊した。
真夏の雪原は消え風景はもとの廃倉庫に戻る。
「は――はははっ・・・」
伽藍瞳のまま人形のように無理やりにぎこちなく笑う、しかしそれは当然のように引きつって盛大に失敗している。
「――ふざけるな・・・!なぜオレだけが死ねないっ!あの時もあの時も今もそしてこれからもっ!!」
歪な笑みを浮かべたまま涙し慟哭する。
その怨嗟は何処にも届かない『世界』の不具合であるが故に。
そんなことはアグニスにも分かっている。故にこれはただの八つ当たり、そして今からすることも八つ当たりにしかならない。
「・・・吸血姫、貴女は確かに契約を履行してくれた。オレはこれほどの絶望は一番最初のあの時――故郷の皆と一緒に死ねなかった・・・死に損なったとき以来だ。――だからこれは、これからはただの八つ当たりだ。おまえを殺して『世界』を――命を殺す」
倒れ付し息を荒げて苦しそうにしているアリアを見ながらそう宣言する。
そして一歩一歩幽鬼のようにふらふらとアリアに近づき手を翳す。
バチチチチチッ!とまるで千鳥の鳴き声のような音が鳴りアグニスの掌が青白い雷光に包まれる。
どんどんと電力を高めていきそれに比例して鳴き声も高まっていく。
そして――。
「――ごふっ。・・・あ?」
アグニスの背後から心臓を正確に貫いた匕首がアリアの真横に突き刺さる。
アグニスは己の胸の傷が治っていくのを忌まわしげに見てから、緩慢な動きで匕首が飛んできたであろう後方に振り向く。
そこには月光を背に黒い男が悠然と立っていた。
「おいおい。なに人のモノ勝手に始末しようとしてるんだ?押し付けられ強制されたとしても一応それは俺のだ。一言あってくれてもいいんじゃないか?そしたら許可して応援してやるよ」
気だるげに、そして気軽な足取りと口調で言いながら一歩一歩男は近づいていく。
「・・・誰かな?」
上下共に黒い服を着て腰に刀を提げている、どこか自分と同じような何かを感じる男にアグニスは問う。
「そんなことはどうでもいいだろ?自己紹介なんてものは余分だ。俺はおまえがどこの誰で何のためにここに来たのか、なんて興味ない・・・んだけど宴の発案者がノリ悪いのはなぁ・・・」
どうしよう?などと男はアリアに訊く。訊かれた方としては知ったことではないしそれどころではない。今真剣に殺される直前だし瀕死だと言っても過言じゃない状態。正直早く助けて欲しい。
(というかアンタ今私見捨てるようなこと言わなかった?)
「まぁいいか。名乗ろうが名乗るまいが結果は同じでやることも変わらないし・・・」
自分で訊いておきながらアリアのことを無視して男は独り言のように言い、アグニスを『視る』。
「へぇ・・・、本当に『死』がないんだな。しかし、俺と同種・・・?――俺らの場合なんて言えばいいんだ?――まぁ不具合に会ったのは初めてだな」
「――――」
アグニスは声が出せない。
それは自身も長年生きてきて自分以外の不具合など始めて見たからだ。それなのにこんな極東の島国にいるなんて夢想だにしなかった。
「さて、じゃあ殺ろうか」
空気が凍り、張り詰めた無音が広がる。
アグニスは強引に恐怖によって正気に戻される。
「――は」
思わず笑みが零れる。今自分が恐怖を感じたことに歓喜する。
吸血姫にさえ殺される思わなかったのに男のただの殺気で恐怖した。本能か直観かこの男は自分を殺せると悟る。
と同時に憤怒した。
たった今自分が死ぬ可能性が無いことを突き詰められておいて・・・殺される?
(オレは届かない餌を眼前にぶら下げられて走る駄馬とでも?)
「――ふざけるな」
――殺す。
ただの八つ当たりにすぎないが、確かな憎しみを携えて八つ裂きにする権利はある。
ぬか喜びをさせた代償は重い。
「風切 刃――殺刃鬼。名乗れよ、宴の始まりだ。最期くらいきっちりきめようや」
「――魔祖24祖・番外――不死者・アグニス・クローバー。最期にしてくれるというならむしろこちらからお願いするよ・・・!」
さてさて、それじゃあ・・・閉幕だ。前座の役者は奈落に落ちた、宴もたけなわ主役は遅れてやってくる!
それでは、
「殺して、魅せようか」




