おめかし
「動くなよ?」
暗い部屋の中、菊池はそう言いつつ、隣にいる金崎に言う。
金崎が暗闇の中、微かに頷くのが見える。
「ああ、わかってる」
菊池と金崎の距離、およそ一センチ。顔と顔がもうくっつきそうな距離である。
菊池はなるべく金崎の顔から顔を遠ざけながら、静かに耳を澄ます。
まだ、足音は聞こえてこない。しかし、もうすぐ「奴」はやってくる。
夏の中、ここにいるのは非常に熱い。しかし、ここにいなければならない理由がそこにはあった。
「来たぞ」
金崎がなるべく声をひそめながら、そう囁いた。
ごくりと、菊池の喉が鳴る。
カンカンカン、という誰かが階段を上る音が聞こえた。
そしてノックされるドア・・・・こんなもの、ただの形式だ。
そして・・・ドアノブをガチャガチャとされる。
数十秒後、チャラチャラという音が聞こえ、玄関のドアが開く。
そして、室内をまさぐる音が聞こえる。
このまま帰れ・・・・菊池は切実にそう願うが・・・・・
スーっという音とともに、上の押し入れを開けられる。無言で金崎が菊池をたたく。
この合図は「もう逃げよう」の合図だ。
そして、すぐさま菊池達がいる押し入れに手がかけられた
「いまだああああああああああああああ!!」
菊池はそう叫び、外へと飛び出す。
そう狭くはない室内なので、すぐに窓から外へと逃げようとするが・・・・・
「なっっ!!」
窓はきちんと締められていた。
「逃げようたってそうはいかないよ」
菊池と金崎が後ろを振り向くと、そこには50代後半の大家が立っていた。
手には包丁、もちろん、それは決して人に向けてはいけないものだが・・・・
柄と反対側の、つまりハサミでいう銀の部分がこちらに向けられていた。
金崎はすぐさま身をひるがえし、玄関へと走り出すが・・・・・
逃げる先にはもう包丁が刺さっている。
この畳の修理費は、大家から出してもらうしかない。