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第5話 ナンバーワンの五人と、空白の一人

 ギルドを出た夜、優奈は招待状を握ったまま、ずっと黙っていた。


 言いたいことが山ほどあるのに、言葉にしたら崩れる。そんな顔だった。明るい敬語の「!」が消えて、代わりに「……」が増えている。


 俺は駅前の人混みを避けながら、短く言った。


「……仕方ないか」

「えっ?」

「事前に注意しなかった俺にも原因がある。魔法を引いた時点で、こうなる可能性は高かった」


 優奈が唇を噛む。


「でも!結城くんが悪いわけじゃ……!」

「悪いわけじゃない、で済むならギルドは呼び出さない」


 優奈が、手元の招待状を見た。金属の光。そこに映る自分の顔が、情けないほど青い。


「……この状況、なんとかなるんですか⁉」

 久しぶりに「⁉」が出た。

 それだけで、胸の奥が少し痛む。優奈が“戻ってきた”証拠だからだ。怖いのに、逃げない。


 俺は立ち止まって、優奈を見る。


「……最後の手段だけどな」

「最後の手段って何ですか!?こわいです!」

「明日まで待ってくれ。アイデアがある」


 優奈の目が揺れる。


「明日……?でも、クラン担当が今夜中にって……ギルドも今夜中にって……!」

「だから“明日”にする」

「えっ、できますか!?」

「させる」


 俺はスマホを取り出し、画面を見せずに指を動かした。

 クラン担当からのメッセージに、短く返す。


『明日、ギルド支部前で。未成年につき、保護者同伴・第三者立会いで面談希望』


 送信。


 優奈が目を丸くする。


「えっ、そんなの書いたんですか!?」

「書いた」

「結城くん、強いですね……!」

「強くない。慣れてるだけだ」


 ――慣れてる理由は言わない。


 それより、明日の“最後の手段”を成立させないといけない。


「優奈」

「はい!」

「明日、知り合いを連れてくる。この場所に来てくれ」

「知り合い……誰ですか?」

「会えば分かる」


 優奈は不安そうに、でも頷いた。


「わかりました!……でも!置いていかないでくださいね!?」

「置いていかない」


 その言葉で、優奈の肩の力がほんの少しだけ落ちた。


 ――明日、それを守れるかは分からない。

 でも、守るために呼ぶ。


 “世界の格”を一段上げる人間を。


 翌日。


 学校が終わるのが遅く感じた。廊下のざわめきも、部活勧誘の声も、全部が遠い。優奈は授業中も落ち着かなくて、ノートの端をひたすら塗りつぶしていた。


 放課後、待ち合わせ場所はギルド第七支部の前。

 わざとだ。ここは監視が多い分、変な連中は動きにくい。動くなら、目立つ。


 優奈が先に来ていた。制服の上からでも分かるくらい、緊張で背筋が伸びている。


「結城くん!」

 走って近づき、息を整える間もなく言う。

「ほんとに来てくれるんですよね!?知り合い!」

「来る」

「……どんな人ですか?こわい人ですか!?優しい人ですか!?えっと、わたし、ちゃんと敬語で……!」

「お前はいつも敬語だろ」

「そうですけど!こういう時の敬語は違うんです!」


 その瞬間。


 周囲の空気が、少しだけ変わった。


 視線が集まる。ロビーへ入っていく人たちが足を止める。スマホを構える人が増える。

 ギルドの前の広場に、変な“静けさ”が広がっていく。


 優奈が俺の袖を掴んだ。


「……結城くん。なんか、見られてます!」

「見られる」


 見られるために呼んだ。


 道の向こうから、五人が歩いてきた。


 全員が装備している。

 スーツでも制服でもない。探索者用の軽装に、古典武器。杖、剣、刀、斧。

 歩き方に無駄がない。周りを見ているようで、見ていない。自分たちの“半径”だけを確保して進んでくる。


 そして――五人。


 パーティー枠は最大六人。

 なのに彼らはいつも、五人で動く。六人目の席を空けたまま。


 ネットで何度も見た。切り抜きで見た。

 配信の画面越しに見た。


 現実で見ると、怖いほど“格”が違う。


「……え」

 優奈の声が漏れる。

「えっ……あ、あの人たち……!」


 五人の中心にいる男が、こちらに向けて手を上げた。軽い合図。

 それだけで周囲がざわつく。ギルド職員まで、入口から顔を出す。


 ――シュウ。


 本名非公開。顔出しもほぼしない。

 けど、声と背丈と立ち姿で分かる。

 世界中にいる“最初の攻略者たち”の一人。

 そして、ナンバーワンクランがナンバーワンになるきっかけを作った男。


 優奈が、瞬間的に敬語のスイッチを最大まで入れた。


「は、初めまして!空下優奈と申します!よろしくお願いします!」

 深々と頭を下げる。

 そして勢い余って顔を上げるのが早い。目がキラキラしすぎている。


 シュウは笑った。薄く、だけど確かに。


「硬いな。よろしく、空下さん」

 声が落ち着いている。配信で聞いた通りだ。

 隣の四人も、俺たちを一瞥して、すぐに周囲の警戒に戻る。無言で連携しているのが分かる。


 優奈が俺に小声で言う。


「えっ……えっ……!この人、シュウさんですよね!?本物ですよね!?幻じゃないですよね!?」

「幻だったら困る」

「困ります!!」


 シュウが俺の顔を見る。


「久しぶり、ユウマ」

「……来るの早いな」

「早くしろって言ったの、お前だろ」


 優奈が、その会話を聞いて固まった。

 俺とシュウが“普通に会話している”事実を処理できていない顔。


 そして、案の定――質問が飛ぶ。


「……あの!」

 優奈が恐る恐る手を上げる。

「どうしてシュウさんは、結城くんと知り合いなんですか?」


 シュウが目を丸くした。


「え?言ってないのか?」

 俺は即座に言う。


「自分の事、あまり言いたくないから」

 言った瞬間、優奈が「えっ!?」と小さく跳ねた。

 自分のことを言いたくない、って今さらすぎるだろ、という顔だ。


 シュウは溜息をついた。


「……わかった。ユウマのことは伏せて言う」

「頼む」

「古い友人なんだよ。昔からのな」


 優奈が「古い友人……!」と、無意味に復唱する。

 目がうるさく輝いている。やめろ。余計な想像をするな。


 シュウは続けた。わざと軽く。


「ユウマに、パーティー最後の一人に入れてほしい人がいるって言われた」

「……!」

 優奈の視線が、俺とシュウの間を往復する。

「えっ!?えっ!?わ、わたしですか!?」


 俺は顔が熱くなるのを自覚した。

 こいつ、言うなって言っただろ。


「おい⁉俺の事は言うなって」

「なんでだよ!それくらいはいいだろ?」

 シュウが笑う。

 周囲の四人が、わずかに肩を揺らす。笑ってる。こいつら、笑うんだな。


 優奈が、嬉しそうに、でも不安そうに聞く。


「……わ、わたしが入ったら、守ってもらえるってことですか!?」

「守るとか守らないとかの前に」

 シュウは、空白席を見るように――実際は空を見て、視線を戻した。

「その席は、簡単に埋めない」


 言い方が短い。

 説明を切っているのが分かる。これ以上踏み込むな、という線。


 優奈は一瞬だけ口を開きかけて、閉じた。

 敬語の癖が、こういう時に役に立つ。余計な踏み込みを止められる。


「……すみません。聞かないほうがいいやつですね!」

「助かる」

 シュウが軽く頷く。


 俺は話を進めた。


「優奈を“守る枠”が必要だ。ギルドも企業も動いた。クラン招待状も来た」

「聞いた」

 シュウは笑みを消し、声の温度を落とした。

「《携行許可リュック》だろ。物流を変える。だから、狙われる」


 優奈が息を飲む。


「……わたし、そんなにすごいの引いちゃったんですか?」

「すごい、じゃなくて、危ない」

 シュウは断言する。

「強い魔法より厄介だ。強い魔法は“戦力”。これは“仕組み”を変える」


 優奈が震えながらも頷く。


「……じゃあ、わたし、シュウさんのパーティーに入れば……」

「入れない」


 シュウの即答は、優しさがないくらい早かった。

 優奈の顔が一瞬で曇る。


「えっ……」

「席の話だ」

 シュウは言葉を選んでいる。選んで、削っている。

「ユウマの気持ちは分かる。丸く収めたかったんだろ。――でも、あの席は俺の夢みたいなもんだ。誰でもいいわけじゃない」


 俺は拳を握った。

 分かっている。分かっているから頼んだ。

 それでも“最後の手段”に賭けたかった。


 優奈が、俺を見る。


「結城くん……」

 責める目じゃない。

 「それでも助けたいから呼んだんですよね?」という目だ。


 シュウが続ける。


「ただ、クランに入れることはできる」

「……クランに?」

 優奈が聞き返す。


 シュウは頷く。


「俺のクランは、攻略特化の企業だ。クラン所属になれば、ギルドの対応も、他の企業の動きも変わる。盾になる」

 そして、少しだけ笑う。

「首輪でもあるけどな」


 優奈が小さく悲鳴を上げる。


「首輪……!」

「嫌なら、拒否すればいい。……ただし拒否した瞬間から、お前は単独になる」

 シュウは淡々と言う。

「単独の未成年が《携行許可リュック》を持ってる。これ、どれだけ美味しいか分かるか?」


 優奈が青ざめる。


「えっと……やばいです!」

「やばい。めちゃくちゃやばい」


 シュウは、俺を見る。


「ユウマの友達なら、守りたい気持ちは一緒だ」

 言い切った。

「パーティーには入れられない。でもクラン所属にして、俺の監督下に置くなら、守れる」


 優奈が慌てて言う。


「えっ、監督下って……学校は!?生活は!?配信は!?わたし、まだ高校生で……!」

「生活は壊さない。壊したら目立つからな」

 シュウは合理的に言う。

「配信は条件付きで続けられる。ギルドにも俺が説明する。企業にも“触れるな”って言える」


 優奈の目が揺れる。

 助かる道だ。

 でも、自由じゃない道だ。


 俺が口を開く。


「優奈。選べ」

「えっ……」

「俺たちは“選ぶ側にいないと死ぬ”って言っただろ。今がそれだ」


 優奈がぎゅっと拳を握る。

 いつもの勢いはない。だけど、逃げない。


「……シュウさん」

 敬語で、まっすぐ。

「わたし、クランに入ったら、何を求められるんですか?」

「口を守れ。ルールを守れ。勝手に爆弾を投げるな」

 シュウは即答する。

「それができるなら、俺は守る」


 優奈が一瞬だけ俺を見る。

 そして頷いた。


「……わかりました。わたし、クランに入ります」

「即決か」

「即決じゃないです!ちゃんと怖がった上で決めました!」

 優奈が「!」を取り戻す。

「それに、結城くんが……置いていかないって言いました!だから、わたしも、逃げません!」


 シュウが小さく笑った。


「いい。……じゃあ、ギルド行くか」


 その瞬間、ギルドの入口から職員が出てきた。

 動きが早い。最初から見ていたのだろう。


「シュウ様……お越しいただきありがとうございます」

 言い方が露骨に変わっている。

 個人対応ではない、“上層案件モード”。


 優奈が小声で俺に言う。


「結城くん……ギルドの人、敬語の種類が変わりました!」

「見れば分かる」


 シュウが職員に向けて言う。


「空下優奈の件。俺が引き受ける。クラン所属で管理する。書面は今日中に出す」

「承知しました」

 職員の返答は速い。

「ただし、監視は継続となります。魔法の使用は――」

「必要な時だけ。ログは提出する」

 シュウは淡々と交渉する。

 話が早い。早すぎる。


 優奈が、俺の袖を掴む。


「結城くん……わたし、ほんとに……世界が変わっちゃった気がします」

「変わった。昨日で」

「……でも、今日で、もっと変わりました!」

「それはそう」


 ギルドの会議室へ向かう途中、広場の端で、見覚えのある制服の女子が立っていた。

 昨日の知り合い――クラン招待状を渡してきた女子高生配信者。


 彼女はスマホを下ろし、口元だけで笑った。


「……そっち取ったんだ」

 声は聞こえない。

 でも、唇の動きで分かる。


 そして、その視線は優奈じゃない。

 俺を見ていた。


 ――“裏にいるやつ”。


 嫌な予感が、背中を這った。


 シュウが歩きながら、低い声で言った。


「ユウマ」

「何」

「クランに入れて守る。……でも、これで終わりじゃない」

「分かってる」

「終わらせたいなら、次にやることは一つだ」


 シュウが、空白席を埋めるみたいに、言葉を置いた。


「――目立ち方を、こちらで決める」


 優奈が小さく息を吸う。


「目立ち方……」

「そう。バレた以上、隠れるだけじゃ勝てない。こっちが“安全な目立ち方”を作る」

 シュウの声が冷たい。

「それができるのが、クランだ」


 優奈は震えながらも、頷いた。


「……はい。わたし、頑張ります!」

 そして、いつもの調子を無理やり呼び戻す。

「結城くんも!一緒に……!」

「俺は」

 言いかけて、止めた。


 俺はクランに入るわけじゃない。

 でも、優奈をここまで連れてきたのは俺だ。

 ここから先、俺がいなくなれば、優奈はまた“単独”になる。


 その“単独”が、どれだけ危ないか。

 今なら分かる。


 ギルドのドアが開いた。

 中に入る。空気が変わる。


 そして俺は思った。


 優奈がナンバーワンクランに入る。

 それは守りになる。盾になる。


 ――同時に、世界中に名前が届く合図でもある。


(つづく)

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