表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/5

第2話 ギルドからの呼び出しと、資料の正体

 ダンジョンの外に出た瞬間、空気が軽くなった。


 さっきまで耳の奥にまとわりついていた湿気と土の匂いが、春の風に押し流される。公園では子どもが走り回っていて、犬の散歩をしている人がいて、ベンチで缶コーヒーを飲んでいる会社員がいる。


 日常だ。


 なのに、俺の胸の奥だけが、まだダンジョンの暗さを引きずっている。


 優奈のスマホ画面に表示された通知――探索者ギルド第七支部、至急来訪。


 “至急”の文字が、やけに冷たい。


「結城くん……」

 優奈が俺の袖を掴む。さっきまでの明るさが薄くなっていて、敬語は保っているのに、声の震えだけが隠せていない。

「これって、怒られるやつですよね!? え、わたしたち……なんかやっちゃいましたか!? あの飴ですか!? 飴、映してないですよね!?」


「映してない。……でも、言った」

「言っちゃいましたね!? 結城くんが!結城くんが言っちゃいました!!」


 責めてるようで責めてない。ただ、焦ってる。怖がってる。


「落ち着け。呼び出しは予想してた」

「予想してたなら先に言ってください! わたし、心の準備っていうものが――!」

「心の準備でどうにかなる相手じゃないだろ」

「そうですけど!!」


 優奈が「!」を増やしながらも、急に小声になる。


「……でも、ギルドって、怖いんです。偉い人たちですよね?」

「偉いっていうか、管理してる側だな」


 ダンジョンは出現して一年。法整備は追いついていない。だから現場の秩序は、半分ギルドが握っている。探索者の登録、危険区域の指定、救助の手配、素材の流通――全部、ギルドが絡む。


 配信者も例外じゃない。


「今日は……配信、切れてて良かったです」

「配信つけたまま行くつもりだったのか」

「行きません!!さすがに行きません!!」


 優奈は首をぶんぶん振ってから、急に真顔になった。


「……結城くん。ひとつだけ、確認してもいいですか?」

「何」

「結城くん、いなくなったりしませんよね? ……ギルドに連れていかれて、帰ってこないとか……ないですよね?」


 その言い方が妙に現実味を帯びていて、俺は一瞬だけ言葉を探した。


「大丈夫だ」

「……根拠がない“大丈夫”は、だめです!」

「じゃあ根拠を言う。俺は、やばいことは表に出す気がない」

「……やばいことって、何ですか?」

「今は答えない」

「そこが一番怖いんですけど!?」


 優奈の声が裏返る。けど、俺は言わない。言うわけにいかない。……正確には、言ったら面倒が増える。


 俺は駅前のビル群を見上げて、歩き出した。


「行くぞ。待たせると印象が悪い」

「印象!はい!行きます!」


 ギルド第七支部は、駅前の一等地にあるガラス張りのビルだった。外から見えるロビーは明るいのに、入った途端、空気が“役所”になる。受付の女性がにこやかに笑っているのに、なぜか背筋が伸びる。


 受付で通知画面を見せると、すぐに「こちらへどうぞ」と案内された。


 通されたのは、会議室。白い壁、長い机、椅子が六脚。窓はあるのにブラインドが降りていて、外の景色は見えない。


 すでに二人、待っていた。


 片方は若い男性。スーツがピシッとしていて、髪型も整いすぎている。目が笑ってないタイプだ。

 もう片方は年配の女性。落ち着いた雰囲気で、手元の端末を淡々と操作している。


「結城悠真さん、空下優奈さんでお間違いないですね」

 若い男性が言った。声は柔らかいのに、芯が硬い。

「本日は、お時間をいただきありがとうございます。探索者ギルド第七支部、配信安全管理課の――」


「えっ、そんな課があるんですか!?」

 優奈が即座に割り込む。

「あっ、すみません!ありますよね!ありますよね、そりゃ!」


 若い男性が一瞬だけ目を細めて、それから淡々と続けた。


「確認と、警告のためにお呼びしました」


 警告。単語だけで胃が重くなる。


 年配の女性が端末を置き、口を開く。


「昨日の配信、拝見しました」

「えっ……見られてたんですか!?」

「見ます。必要があれば」

「ひぃ……!」


 優奈が小さく縮こまる。


「結論から申し上げます」

 年配の女性の声は穏やかだ。穏やかなのに、逃げ場がない。

「魔法に関する情報。あれ以上、配信で言及しないでください」


 優奈が息を飲む。俺の方を見る。「やっぱり……」という目。


 若い男性が補足する。


「公にした場合、どんな影響が出るか分かりません。模倣、混乱、犯罪誘発、企業間トラブル……最悪の場合、探索者の事故も増えます」

「……わ、わかります!」

 優奈が勢いよくうなずく。

「わかりますけど!わたし、別に拡散したいわけじゃ――」


「あなたの意図は関係ない」

 若い男性が遮る。

「視聴者がどう動くかが問題です」


 優奈の口が、開いたまま止まった。言い返したいけど、言い返せない。正論だから。


 俺が口を開く。


「魔法の話を広げる気はない」

 若い男性の視線が、俺に移る。

「……あなたが発言しましたね」


「うん。俺だ」

「ではあなたが責任を持って制御してください。彼女を巻き込むのはやめなさい」


 優奈が「巻き込まれてません!」と言いかけて、途中で飲み込んだ。賢い。今は反論する場じゃない。


 俺は、静かに言った。


「今のところ、優奈以外に言うつもりはない。明かすのは最低限で、それ以上公にするわけじゃない。問題ないはずだ」


 若い男性の眉が動く。警戒が濃くなる。


「あなたはギルドの立場を軽く見ている」

「見てない。だから確認しに来た」

「確認?」

「ルールのすり合わせだ」


 俺は、椅子の背に寄りかかりすぎないように姿勢を正した。礼儀は武器だ。こういう場では。


「昨日、認識合わせのための資料を送りましたけど。見ましたか?」


 会議室の空気が、一拍遅れて止まった。


 優奈が横で「資料!?」と声にならない声を出す。俺の方を見て、口をパクパクさせる。


 若い男性が端末を操作し、眉間に皺を寄せる。

 年配の女性が「……ああ」と小さく頷き、端末を受け取った。


 画面をスクロールする指が止まるたび、彼女の表情が少しずつ変わっていく。


「……公開してよい情報……」

 年配の女性がぼそりと読んだ。


 優奈が身を乗り出す。


「えっ、えっ、何ですかそれ!?結城くん、何送ったんですか!?」


 若い男性が、端末の画面をこちらに向けないまま、淡々と読み上げ始めた。


「……魔法関連の情報。ただし効率的な魔法のランク上げの方法は、ランクA以上は人殺しを誘発するため配信での言及禁止……」

「えっ……!?」

 優奈の声がひっくり返る。

「ひ、人殺しって……どういう――!?」


「声、出すな」

 俺が小さく言うと、優奈が両手で口を押さえた。目だけで「だって!」と訴えてくる。


 年配の女性が、画面をさらにスクロールする。


「伏せる情報……①ランクA以上の魔法レベリング方法について。②魔物の中で一定以上の飛び抜けたランクは、ダンジョンの外に出ても存在を保てる……」


 優奈の目が、どんどん丸くなる。


「えっ、ちょっ……えっ!?外に出ても!?えっ!?そんなのいるんですか!?」

「静かに」

「む、無理です!無理ですよ!だって怖いじゃないですか!!」


 若い男性が、ゆっくり息を吐いた。


 さっきまでの“取り締まり”の顔が、少しだけ変わっている。

 警戒じゃない。別のもの――評価。


「……あなた、これはどこで」

「それは今はいい」

 俺は切った。

「確認したいのはそこじゃない。これで“度を越えない限り”問題ないかどうかだ」


 年配の女性が端末を置く。咳払いをひとつ。

 それだけで、会議室の空気が少しだけ柔らかくなった。


「結論から申し上げます」

 彼女の声はさっきより穏やかだ。

「この運用であれば、度を越えない限り黙認できます。こちらとしても、全面禁止は現実的ではありません」


 優奈が「えっ」と声を漏らす。

 若い男性が続ける。


「ただし条件があります。魔法に関しては固有名詞を用いないこと。入手条件の再現につながる説明は禁止。確率や当たり枠の言及も禁止。映像に写った場合は加工。守れますね?」


「守る」俺は即答した。


 年配の女性が頷く。


「こちらから正式な注意事項を送付します。以後、違反があった場合は警告では済みません」

「わかった」


 若い男性が、改めて優奈を見る。


「空下さん。あなたは配信者として、視聴者の行動に責任を持ってください」

「は、はい!もちろんです!……がんばります!」


 優奈は礼儀正しく頭を下げた。けど、頭を上げた瞬間、顔が崩れた。


「えっ……ちょっと待ってください!?」

 そして、爆発した。


「なんで許可が取れたんですか⁉ 状況が分からないんですけど⁉」

「えっ、いま怒られてましたよね!?怒られてたのに!?えっ!?」

「結城くん、資料って何ですか!?いつ作ったんですか!?いつ送ったんですか!?わたし聞いてません!!」

「それに、さっきの“外に出ても存在を保てる魔物”って何ですか!?そんなのいたら終わりじゃないですか!?」

「あと“人殺しを誘発”って何ですか!?魔法ってそんな危ないんですか!?!?」


 会議室の大人二人が、同時に目を逸らした。

 見なかったことにしたい話題なんだろう。


「空下さん」

 年配の女性が優奈に向けて、穏やかに、しかし有無を言わせない声で言う。

「その質問は、ギルドではお答えできません。――そして、配信でもしないでください」


「で、でも!」

「でも、ではありません」


 優奈が唇を噛む。明るさで押し切ろうとして、押し切れない相手だと理解している顔。


 若い男性が俺を見る。


「結城さん。あなたが空下さんを管理できますか」

 管理、という言い方が気に入らない。けど、否定しても意味がない。


「管理じゃない。……止める」

「言い換えはどうでもいい。止めてください」


 俺は「了解」とだけ答えた。


 面談はそれで終わった。会議室を出され、ロビーの光の中に戻る。さっきまでの圧が嘘みたいに、外は明るい。


 でも、優奈の顔は明るくない。


 支部の自動ドアをくぐった瞬間、優奈が俺の制服の袖を掴んだ。


「結城くん!」

「何」

「後で話すって言いましたよね!?今です!今が“後”です!」

「ここで?」

「ここで!ここじゃなくてもいいですけど!とにかく説明してください!」

「……帰り道でな」


 優奈は一歩も引かない。


「帰り道ってどこですか!?駅ですか!?公園ですか!?家までついていきます!?」

「最後のはダメ」

「じゃあ途中でしてください!途中で!お願いです!」


 俺はため息をついた。

 こうなるのは、わかっていた。


 優奈は怖がっている。けど、それ以上に――置いていかれることを恐れている。


 さっき会議室で見えた“黒塗り”の文字列が、優奈の頭の中で勝手に形になっているのがわかる。


 そして、その黒塗りの中身を、俺は知っている。


 ……知っているからこそ、言えない。


「優奈」

 俺が名前を呼ぶと、彼女はピタッと止まった。

「はい!」

「今日、ギルドが黙認したのは、俺が“危険な情報を出さない”って示したからだ」

「……資料が、その証拠ってことですか?」

「そう」

「じゃあ……結城くんは、危険な情報を“知ってる”ってことですよね?」


 優奈の声が、さっきより落ちる。敬語はそのまま。だけど「!」が減って、「?」が増える。


「……なんで、知ってるんですか?」

「……」

「結城くん。いなくならないでください」

「……」

「わたし、明るくしてますけど!ほんとは怖いんです!置いていかれるの、だめです!」


 俺は答えない。


 答えたら、優奈をもっと危ない場所に連れていく気がした。


 優奈のスマホが震える。

 今度は、ギルドからではない。見知らぬアカウントからのDMがいくつも届いている。


『さっきの飴の話、詳しく』

『裏で指示してたの誰?声出せ』

『情報買う。いくら?』

『企業の人間だけど会えますか』


 優奈が青ざめて俺を見る。


「……結城くん。これ、やばいです!やばい人たち来てます!」

「……来たか」


 俺はスマホの画面を覗き込み、静かに言った。


「これが、“広まると潰される”って意味だ」

「潰されるって……まさか、わたしたちが……?」

「それもある。……でも一番は――」


 言いかけて、止めた。

 この先は、優奈がまだ知らなくていい。


 優奈が必死に笑顔を作る。

 それが、逆に痛い。


「わ、わかりました!じゃあ……まず、どうしたらいいですか!?結城くん、指示ください!お願いです!」

「……スマホ、俺に貸せ」

「はい!……えっ、でも、わたしのスマホですよ!?貸して大丈夫ですか!?」

「大丈夫じゃないから、俺がやる」


 俺は優奈からスマホを受け取り、画面を閉じた。


 そして思った。


 もう、始まってしまった。


 優奈が配信を続ける限り、

 俺が“知っている”限り、

 俺たちは、普通の高校生活には戻れない。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ