第1話 入学式の隣の席は、配信者でした!
世界中にダンジョンが現れてから、一年が経った。
最初は災害だった。街のど真ん中に“穴”が空き、飲み込まれた人が戻らない。ニュースは連日特番で、専門家が眉間に皺を寄せ、政治家は硬い顔で会見し、ネットは嘘と本当でぐちゃぐちゃになった。
それが、いつのまにか“娯楽”になっていた。
もちろん全員がそう思っているわけじゃない。ダンジョンで身内を亡くした人もいるし、いまも行方不明者はゼロじゃない。危ない場所が危ない場所であることは、今も変わってない。
ただ――配信が、全部を変えてしまった。
ヘルメットにカメラを付けて、ライトを持って、視聴者に向かって手を振る。コメント欄が流れ、投げ銭が飛び、切り抜きが回る。スポンサーが付き、広告が入り、攻略はスポーツみたいに語られた。
ダンジョンが“日常”に溶けた時代。俺たちは、その日常の中に生きている。
俺、結城悠真は――そういうのが、嫌いだ。
嫌いというより、怖い。
そして俺は、決めている。
ダンジョン攻略は、しない。
だから入学式の朝も、俺は普通に制服のネクタイを結び、鏡の前で寝癖を直し、親に「行ってきます」と言って家を出た。高校生活なんて、たぶん、やることは勉強と部活と友達付き合いくらいでいい。
……そう思っていた。
校門をくぐった時点で、もう甘かった。
新入生の群れのあちこちでスマホが構えられている。制服姿で、いかにも“初日です!”みたいな顔をして、配信アプリの画面に向かって手を振っているやつまでいる。
「今日から高校生です!え、ダンジョン?もちろん行きますよ!放課後に!」
そんな声が聞こえて、俺は無意識に眉間に力を入れた。
……いや、わかるんだよ。配信は金になる。知名度は武器だ。ギルド登録して、探索者として稼ぐ道だってある。俺だって、理屈では理解してる。
でも、俺は行かない。
体育館で入学式が終わり、クラス発表で自分の教室に向かう。廊下の掲示板の前で人が詰まっている中、なんとか名前を探す。
一年二組。出席番号――。
俺が教室に入ると、机の上に教科書が積まれていて、窓際から春の光が差し込んでいた。まだ知らない顔ばかりのクラスメイトが、友達を作ろうと笑ったり、緊張で黙ったりしている。
俺は席を見つけて座り、ふっと息を吐いた。
――その瞬間、隣の席が引かれる音。
「お隣、失礼します!」
明るい声。しかも敬語。しかも語尾にやたら「!」が付いている感じの勢い。
見れば、俺と同じ制服の女子が、にこっと笑って座った。髪は肩くらいで、表情は朗らか。なのに目だけが妙に真剣だ。
俺が「どうも」と適当に返そうとした、その前に。
「結城くんですよね!よろしくお願いします!わたし、空下優奈っていいます!」
……空下。読み方、そらした、で合ってるか?
俺の視線に気づいたのか、彼女は即座に補足する。
「“そらした”です!空の下って書いて、空下です!」
「へえ……珍しいな」
「よく言われます!でも覚えやすいですよね!」
勢いがある。やたらとある。
――そして、その勢いは止まらない。
「早速なんですけど!放課後、ちょっとお時間もらえませんか!?お願いです!」
入学式当日。隣の席。いきなり放課後に呼び出し。
普通なら、別の意味を想像するかもしれない。
でも、この子の目は、恋とかじゃなくて“決意”だった。
「何?」と俺が言うと、彼女は一拍だけ息を吸ってから、宣言する。
「ダンジョン配信者になろうと思います!」
……あ、そっちか。
「それで、結城くんも一緒に配信者になりませんか!」
「ならない」俺は即答した。「俺、ダンジョン攻略しないって決めてる」
優奈の笑顔が、一瞬だけ固まった。
……でも、すぐに戻る。むしろ、そこで折れない。
「わかってます!だから戦わなくていいんです!」
「戦わなくていい配信者って何だよ」
「裏方です!戦い方のアドバイスだけでもいいので!」
「なおさら意味がわからない」
教室のざわざわの中、優奈は机に手をついてこちらにぐっと寄ってくる。距離が近い。
「お願いします!わたし、一人だと絶対に危ないんです!」
「危ないならやめろ」
「やめません!……やめたくないんです!」
「……」
俺は思わず目を逸らした。こういうタイプ、断りづらい。明るいのに必死で、真面目で、たぶん諦めが悪い。
「なんで俺に頼むんだよ」
「それは――」
優奈が言葉を選ぶみたいに、唇をきゅっと結ぶ。
「未来予知ができる親戚がいるんです!」
「は?」
「その人が、“入学式で隣になった人を誘えばいいことがある”って言ったんです!だからどうしても、結城くんじゃないとだめなんです!」
意味がわからなさすぎて、逆に笑いそうになった。
「じゃあ、その親戚に頼めばいいだろ。チートじゃん」
「それが……その人、関われないんです!見えるけど、介入すると外れるって!」
「都合よすぎるだろ」
「都合じゃないです!ほんとなんです!お願いです!」
優奈は頭を下げた。勢いだけじゃない。覚悟がある。
俺は、ため息をついた。
断る理由は山ほどある。俺が攻略しない理由だって、軽いものじゃない。だけど、こうやって真正面から頼まれると――“見捨てる”みたいな気分になる。
「……アドバイスだけな」
「えっ、いいんですか!?」
「条件がある」
「はい!なんでも言ってください!」
「俺はダンジョンに入らない。配信で俺のことを匂わせるな。危ないことをしそうになったら、俺が止める。止まらないなら、即やめる」
「わかりました!全部守ります!ありがとうございます!」
……軽い。軽いけど、こういう子は意外と約束を守る。守れない時は、守れない理由がある。
放課後。俺たちは学校近くの小型ダンジョンの入口にいた。
街の公園の端っこに突然できた“黒い口”。今では柵が設けられ、ギルドの簡易詰所があり、入退場のチェックまである。ここは低層しかない初心者向けで、配信者の練習場みたいになっている。
優奈はヘルメットカメラとスマホを固定し、配信アプリを立ち上げる。手つきがやけに慣れてるのが、逆に怖い。
「みなさん!こんにちは!今日から高校生です!そして放課後ダンジョンです!」
コメントが流れる。
『入学式から行くの草』
『新人きた』
『無理すんなよ』
『かわいい』
優奈は「ありがとうございます!」と笑いながら、こっそり小声で俺に言う。
「結城くん、コメント欄ってこんな感じです!こわいです!」
「見なきゃいい」
「見たいです!でもこわいです!」
「矛盾してる」
ダンジョンの中は、外より少し空気が重い。湿った岩肌、ライトに照らされる土の床。低層は一本道に近い構造で、モンスターも弱い。
……だからって、安全じゃない。
「止まって」俺が言う。
「はい!」
「次、左から来る」
「えっ!?」
優奈が慌ててライトを振ると、通路の角から小さな影が飛び出した。ネズミみたいな魔物。低層の定番だ。
「わっ……!」
「踏み込みすぎるな。距離取って、棒で牽制」
「はい!……えいっ!」
彼女は短い棍棒で叩く。ネズミが跳ね、壁に当たり、動きが鈍る。そこへもう一発。倒れた。
『うまい』
『初見にしては落ち着いてる』
『裏で誰か指示してね?』
優奈は「えへへ!」と笑うが、俺はコメントの一つに眉をひそめた。
――勘のいい視聴者は、すぐ嗅ぐ。
数体倒して、優奈の呼吸が落ち着いたころ。彼女がふと思い出したみたいに言った。
「そういえば……時々、魔法使える人いますよね!」
「……」
「企業秘密で、公表されてないらしいですけど!あれ使えるようになれば、だいぶ違うんですけどね!」
俺は、反射で口を開いてしまった。
「魔法は……飴だよ」
「……えっ?飴ですか?」
「魔法ガチャ飴。特定のモンスターを条件満たして倒すと、一定の確率で落ちる。食うとランダムで魔法が使えるようになる。当たりが出た場合だ。大半は外れだけど」
言い切った瞬間、優奈が硬直した。
配信のコメント欄も、一拍遅れて止まり――次の瞬間、洪水みたいに流れ出した。
『え?』
『企業秘密じゃね?』
『魔法って飴なの??』
『裏情報やん』
『なんで知ってんの』
『軍師おるwww』
優奈が、ぎこちなく笑ったまま、俺を見た。
「え……えっと……結城くん?」
「……」
「それ、企業秘密で隠蔽されてるはずなのに……なんで知ってるんですか!?」
声がでかい。しかも「!?」が混ざりすぎて、余計に目立つ。
「声、落とせ」
「でも!でも!だって!」
「配信で言うなって意味だ」
「わかってます!わかってますけど!……え、なんで知ってるんですか!?普通、知らなくないですか!?!?」
俺は額を押さえた。
……やった。完全にやった。
「今は進め。魔法欲しいなら、狙う相手はコボルト」
「コ、コボルトですか!?あの、犬みたいで素早いやつですよね!?」
「強さの割に当たり枠が多い。コスパ最強」
「だからなんでそこまで詳しいんですか⁉ その言い方、完全に常識みたいになってますけど!?」
優奈の敬語が崩れそうで崩れない。その必死さが余計に怖い。
「条件が再現しやすい」
「条件!?また条件ですか!?何なんですか、その条件って!」
「斥候を先に倒す。吠えさせずに残りを処理。最後にリーダー」
「斥候って何ですか!?リーダーって見分けつくんですか!?え、ちょ、待ってください!?普通そんなのわかります!?!?」
俺は言いながら、通路の先を照らす。
足音。複数。爪の音。低い唸り。
「来るぞ」
「えっ!?今!?今なんですか!?」
「今だ」
角から、影が飛び出した。コボルト。犬に似た顔、細い腕、短剣みたいな石片を握っている。
優奈が息を飲む。
「……結城くん!指示ください!」
「斥候は細い。先頭のやつ。目が合ったら吠える前に口元」
「口元!?そんなピンポイント無理です!」
「無理じゃない。踏み込まない。横に流して――今!」
優奈は震えながらも、俺の言葉通りに動いた。真正面から突っ込まない。横へ回り、棍棒を振る。狙いは口元。コボルトの頭がぶれて、吠え声が喉で潰れた。
「や、やりました!」
『おお』
『今の指示すげえ』
『完全に軍師』
次の二体が来る。優奈が慌てそうになる。
「落ち着け。吠えさせるな」
「はい!……はいっ!」
短い戦闘。息が上がる。腕が震える。けど、優奈は止まらない。
最後に残った一体。首に紐みたいなものを巻き、鉄っぽい短剣を持っている。
「それ、リーダー」
「えっ!?本当に違うんですか!?」
「違う。走り方が違う。――今」
優奈が振り抜く。リーダーが倒れ、床に転がった。
静寂。
数秒遅れて、コメント欄が爆発する。
『今の勝てるの草』
『初心者じゃないだろw』
『軍師の声聞きたい』
『飴落ちる?』
優奈は荒い呼吸のまま、膝に手をついて笑った。笑っているのに、目が少し潤んでいる。
「……結城くん」
「何」
「さっきの、魔法ガチャ飴……本当なんですよね?」
「本当だ」
「それで、条件も……」
「条件は満たした」
俺がそう言うと、優奈は反射で周囲を見回した。
「えっ!?落ちてます!?どこですか!?」
「……右奥」
自分でも嫌になるくらい自然に口から出た。
優奈がライトを向けると、コボルトの死体の陰に、透明な飴みたいなものが転がっていた。岩肌の色に紛れて、普通なら見落とす。
「えっ……えっ……!?」
優奈が拾い上げる。ライトに透けて、飴の中に文字みたいな模様が浮かぶ。
『うおおお』
『マジで飴じゃん』
『やば』
『これ映していいの?』
優奈の手が震える。興奮と恐怖が混ざった震えだ。
「結城くん……これ……」
「映すな」
「えっ!?でも、みんな見たいって!」
「見せたら終わる。お前の配信も、俺も」
「え……?」
俺の声が、少しだけ低くなったのが自分でもわかった。
「この手の情報は、広まると潰される」
「つ、潰されるって……誰にですか!?」
「……後で話す。今は配信を切れ」
優奈は口を開けたまま固まっていたが、コメント欄がさらに騒ぎ始めたのを見て、慌てて笑顔を作った。
「え、えっと!今日はここまでにします!みなさん、ありがとうございました!」
「え、あの、またやります!やる……やろうと思います!はい!」
配信が切れる。
画面が暗くなった瞬間、優奈の明るさがほんの少しだけ剥がれ落ちた。
「結城くん」
「……」
「なんで、そこまで知ってるんですか?」
さっきより小さい声。でも、さっきより重い。
「わたし、明るくしてますけど……怖いです。置いていかれるの、だめです」
俺は返事をしないまま、ダンジョンの出口の光を見た。
出口が見える。外に出れば、たぶん日常に戻れる。
――でも、もう戻れない気がした。
その時、優奈のスマホが震えた。通知。
ギルドのアカウントから、短いメッセージが表示される。
『探索者ギルド第七支部。至急来訪されたし。個別面談あり』
優奈が青ざめて、俺を見る。
「えっ……えっ!?なんで!?わたしたち、何かしました!?!」
俺は、ため息をついた。
「……嗅ぎつけられた」
そして俺は思った。
この先、俺が“いなくなる”可能性を、彼女が本気で怖がる日が来る。
――たぶん、思ったより早く。
(つづく)




