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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第十三章 まだここにあるもの

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第71話 灰の王座と、崩壊する戦術

 カルディア第3強襲打撃群の再編成はようやく形になりつつあった。


 コムネノス級陸上戦艦パレオロゴス。その周囲をリミネタイとエクイテスの小隊が輪形陣で囲み、後方では補給トレーラーと弾薬車両が作業を続けている。


「RF部隊、再編成完了。弾薬、燃料とも回復。攻撃ヘリは8機中6機が再出撃可能です」


 戦術士官がスクリーンのアイコンを追いながら報告する。


「第3強襲打撃群は再度の攻撃が可能です」


 ラムゼイ司令がうなずきかけたそのときだった。


「なんだ、あれは」


 別のオペレーターの声が割り込む。前方スクリーンの下段が切り替わり、灰原と化した旧市街地が映った。


 その一角で地面が文字どおり盛り上がっている。


「地盤の隆起では説明がつきません。構造物です。地下から何かが上がってきます」


 黒鉄色の巨塊が灰を払い落としながら姿を現し、かつて街だったものを押し潰しつつ立ち上がる。カメラは追従しきれず、映像が何度も端で切れた。


「こんなものをUDFが隠していたのか?」


 誰かの声が落ちる。ラムゼイは画面の輪郭を兵器として捉え直した。


 次の瞬間艦橋の照明が1度だけ明滅する。


「電源系統、異常?」


「違う。ノイズだ」


 通信士官がコンソールへ身を乗り出す。


「広域周波数帯に強力な不明波形。通常回線、長距離中継回線ともほぼ全域で断続的な障害が発生しています。短距離の直接回線だけはところどころ生きていますが──」


「レーダー沈黙。赤外線、レーザー測距も感度がほぼゼロです!」


 スクリーンに重ねられていた戦術表示が乱れ、ノイズに塗りつぶされていく。RF部隊の位置マーカーが消え、艦隊間リンクも1本ずつ落ちた。


「電子戦の域を超えているな」


 ラムゼイは即座に指揮を切り替える。


「各艦、アナログバックアップに移行。射撃管制を光学と目視に切り替えろ」


 命令が飛び交う。だが末端に届く前に次の波が来た。



 ベヒモスの上面装甲が分割して開き、白い蒸気の奥から影が押し出される。


 地上用無人機。2本脚にも4本脚にも見える脚部を持ち、躯体は高さ6メートルほど。頭部らしい膨らみはなく、胴体側面に光学ユニットとセンサー群が密集している。


 それが甲板から次々に跳び降り、灰と瓦礫を跳ね上げて着地した。


 上空にも別種の影が浮かぶ。胴体に砲塔を埋め込んだような機体で翼下に複数のローター。ジェットではなくプロペラ推力だ。機体下部には小型機関砲とミサイルポッド。


 空用無人機群が連続して放出され、灰色の空へ散っていく。



「未確認機群、急速接近!」


 カルディア地上部隊、リミネタイ小隊の無線が悲鳴混じりに変わる。


「馬鹿な、なにを言って──」


 回線が途切れた。


 灰の向こうから影が飛び込み、走行中のリミネタイに横から取り付く。4本脚の無人機が腰部装甲へ脚を巻きつけそのまま胴体ごと捻り上げた。機体が折れ、コクピットブロックが潰れる。


 別の個体は走っていたエクイテスの脚を下から刈り、膝関節を両側から挟み込んで砕いた。前のめりに倒れたところへ胴体から伸びたカッターアームが突き立つ。


 上空ではプロペラ無人機が攻撃ヘリへ襲いかかった。


「視認できない! レーダーが死んで──」


 灰の切れ間から黒い影が滑り込み、横合いから機関砲を浴びせる。キャノピーが砕け、ローターがバランスを失って折れた。火を吹きながら落ちるヘリの脇を無人機は速度を落とさず通り過ぎる。


 艦隊側も同じだった。


「目標捕捉できません! 光学照準も映像が乱れて狙いがつきません!」


 《パレオロゴス》の対空砲が火を噴くが、射線の外縁をなめるようにプロペラ無人機が滑る。舷側へ張りついた個体が小型の装甲貫通弾を射出した。


 爆発。装甲が剥がれ、内部構造が露出する。


「ダメージコントロール、急げ! 動力区画までは抜かれていないが配線が──」


 報告が切れた。ブリッジ窓の外を4本脚の無人機がよじ登っていく影が横切る。


「嘘だろう」


 誰かの声は甲板を揺らす爆発音に掻き消された。



 それから先はまともな意味で戦闘と呼べなかった。


 カルディア第3強襲打撃群は指揮系統を寸断され、目と耳を奪われたままベヒモスと無人兵器群に食い荒らされた。RF部隊は物量で押し切られ、小隊は分断される。攻撃ヘリは撃ち落とされ、陸上戦艦も張り付かれて砲塔を壊されやがて沈黙した。


 生還できたのは後に救助されたわずかなRFと歩兵だけだった。離脱の隊列が組まれることは1度もない。


 爆発の火柱と倒れた機体で埋め尽くされた灰原の中心でベヒモスだけが立っていた。側面の無人砲塔列は灰の向こうを見据えたまま動かない。


 もう撃つ相手がいないと告げる沈黙だった。



 戦場が沈黙してからどれだけ経ったのか。


 灰の向こう、旧市街地の瓦礫帯をもう1つの影が低く走る。


 RF-12AR《ヴァローナ強行偵察型》。


 頭部上のバイザー型センサーが灰に沈む視界を拾い、背部の大型ブースターは使わない。長く噴かせば排熱と発光で拾われる。


「見える。まだ動いてる」


 後席の偵察担当が短く言う。前席の操縦担当は返事の代わりに膝を深く落とし、瓦礫の陰へ機体を沈めた。


 前方、ベヒモス。黒鉄色の巨塊は倒れた機体と火の名残の中心に立ち、4本脚の無人機が一定間隔で巡回している。上空のプロペラ機も円を描くが数は減っていた。戦場を食い終え、戻り始めている。


「今だ。戻りの流れに紛れる」


「了解。視野、開けます」


 無線は使わない。機内の短距離回線だけで言葉を切る。


 後席が倍率を変えるとベヒモス上面装甲が継ぎ目を残して閉じかけているのが見えた。完全には噛み合わず、隙間から白い蒸気が細く抜ける。内側で何かが動く影が一瞬だけ横切った。


「内部に空間がある。開口部は無人機の出入り口だ」


「数は」


「目視できた範囲で上面に開口が3か所。側面の砲塔列は等間隔で片側に少なくとも10基以上。全部が動いているわけじゃない。見張りが混じってる」


 操縦担当は瓦礫の陰を縫い、距離を詰める。この距離でもノイズが強くまとわりつき、外の目と耳は潰される。逆に言えばこちらの小さな熱や音も遠くへ抜けにくい。


 無人機の目だけを避ければいい。


 4本脚の1機が進路を変え、瓦礫の上へ跳び乗った。横腹の光学ユニットがこちらへ向く。


「止まれ」


 後席が言う。操縦担当は即座に機体を沈め、動きを止めた。


 無人機の光学ユニットが数秒だけ角度を変えそれから巡回へ戻る。


「通った。抜ける」


 ヴァローナ強行偵察型が数十メートル前へ詰める。センサー越しにベヒモスの側面が拡大された。


 装甲の継ぎ目、砲塔の基部、蒸気の抜ける細孔。地面に接する下部には人工物らしい固定があり、周辺の地面には掘り返し跡が残っている。


「下に穴がある。元の地下構造と繋がってる可能性が高い」


「つまり」


「地下から出てきただけじゃない。今も下と繋がってる。だからあの場で止まれる」


 操縦担当はスロットルに指を置き、欲を切った。


「これ以上は?」


「無理。十分だ。会議には出せる」


 その瞬間上空のプロペラ機が旋回半径を変えた。


「来る。離脱!」


 操縦担当は迷わず背部ブースターの出力を一瞬だけ上げる。光を抑えた短い噴射で機体が跳ね、瓦礫帯を抜けて灰の中へ滑り込んだ。


 背後で空気が裂け、機関砲弾がさっきまでいた場所の瓦礫を叩き割る。


「気づかれたか?」


「断定はできない。でも目はこっちを向いた。追いが本格化する前に距離を取る」


 ヴァローナはブースターを使わずに走り、灰の縁をなぞって離脱した。


 持ち帰れる情報は多くない。それでもベヒモスの開口部、砲塔列の規模、地下と繋がる可能性。この3つだけで次の方針は変わる。


「やっぱりただの兵器じゃないな」


 操縦担当が言う。


 後席は記録を止めずに返した。


「だから見てきた。これで会議は回る」


 灰の中へヴァローナ強行偵察型は消えた。

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